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第八章 真なる聖剣

980 森の少年

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 俺達は最上級ではないが、そこそこの金持ちが泊まる宿を取った。
 俺達が勇者一行であると知ると、いつものようにこっちの要望も聞かずに一番いい部屋をあてがわれる。
 これがあるので、最上級の宿に泊まれないのだ。
 どんだけ金が掛かるかわからないからな。

 金持ち向けの宿は、客にうるさいことは言わない。
 たとえ毛布に包まれて、気を失っている子どもを連れ込んでも、にっこりと微笑んで部屋まで案内してくれた。
 ……まぁ逆に怖いけどな。

 こういう宿の一番いい部屋というのは、一つの階を丸々使ってる部屋がほとんどだ。
 寝室が複数あり、使用人部屋なども完備されている。
 ようするに貴族用の部屋なんだろう。
 子どもは、聖女が傷を癒やしている間に気を失ってしまったらしい。
 とりあえず女性陣が世話を引き受けて寝室へと連れて行った。
 そして、世話が終わっても、メルリルはそのまま寝台に付き添っているようだ。

「男の子でした」
「そっか。なら、女性に無防備な裸を見られたことは内緒にしておこう」

 聖女の報告に、俺はせめてもの情けとして言った。
 汚れた体をお湯で清めたりもしたらしいので、気づかれる可能性は高いが、わざわざ口にしなければ、恥ずかしい思いをせずに済むかもしれない。

「むう。師匠! あれはどういうことだ? ミホムでは異種族を差別する者は軽蔑されるし、奴隷も禁じられている。それなのに、子どもにあのような辱めを与えるとは、野盗のたぐいと同じではないか!」

 勇者が耐えかねたというふうに俺に詰め寄った。
 だいぶ世間を知った勇者だが、まだまだ純粋なところがある。
 俺はそういうのは嫌いじゃないが、世間を渡るときには、あまりよくない気質と言えるだろう。
 とは言え、世間ずれした勇者ってのもなぁ……。

 俺はなんとも言えない気持ちで勇者を見た。
 おそらくその気持が態度に表れていたのだろう。
 勇者が少し情けない顔になった。

「まぁ土地ごとの事情というものもある。この街の冒険者は、熱の山周辺の異種族や森人の森の森人との小競り合いを繰り返していてな。それに大手の冒険者ギルドにはそれぞれパトロンがいて、そのパトロンの指示でキツイ仕事を安価な報酬で行わざるを得ない場合もある。そういう不満や苛立ちのはけ口として、弱者へ暴力を振るう奴が多いんだ。俺も昔ここで冒険者として活動していたが、あまりの待遇の悪さに移籍したからな」
「……確かに人それぞれ事情があるだろう。だが、自分の事情を他人に押し付ける輩は、俺は嫌いだ」

 勇者はこの地の冒険者事情をそう切って捨てる。
 そんな勇者の態度に、俺はむしろ爽快な気分になって笑ってしまった。

「それでいいさ。間違っていることを間違っていると言える奴がいないと。世の中はよくならないからな」
「むう……やっぱりさっきの奴ら、後腐れなく始末したほうがよかったんじゃ?」
「いや、それは勇者の考え方じゃないからな? 悪いというだけで切り捨ててしまうようになれば、いずれちょっとした悪も許せなくなる。滅ぼさずにそのたびに対処するのは手間がかかるが、根気よく正していかなければ、根本的な解決は出来ないぞ」

 俺の言葉を、勇者はしばし噛みしめるように黙ったが、しばらくしてうなずいた。

「わかった。師匠が言うならそうする」

 いや、俺が言うからじゃなくって、自分の意思で決めるべきなんだが……。
 まぁ今はそれでいいか。

「ダスター、子どもが目を覚ました」

 そんな話をしているうちに子どもが目覚めたようだ。
 メルリルが寝室から俺を呼ぶ。
 怖がられるかもしれないが、とりあえず全員でぞろぞろと寝室へと向かう。

 寝室に入ると、ぶかぶかのローブを着た男の子が、寝台の上で壁を背に縮こまっていた。

『大丈夫よ。ダスターはいい人だから』

 メルリルが森人の言葉で子どもに言っている。

『冷え冷えとした空から日が沈み、優しく抱きしめる夜が訪れよう。はじめまして、こんばんは』
『えっ?』

 男の子は、びっくりしたように俺を見た。

『僕たちの言葉を話せるの?』
『ああ。俺の師は森人だったんだ。よろしくな。俺はダスター』
『……あの、冷たくても美しい夜を歓迎します。僕の名はミディ。森に住む者です』

 おずおずと、男の子は自己紹介をしてくれる。
 さて、落ち着いたら何か食べさせて、それから事情を聞かないとな。
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