868 / 885
第八章 真なる聖剣
973 それはそれ、これはこれ
しおりを挟む
フォルテの視界に、ティーセットや軽食類を乗せたワゴンを運んでいる女性の姿が映った。
明らかにこの部屋に向かっているようだ。
マズい。
なんとしても泣き止ませないと……。
「人が来る。メルリル、王女さまを連れてあっちの簡易厨房に行こう」
「わかった」
俺の意を汲んで即座にうなずき、アリアン王女の手を取って、ゆっくりと話しかけながら奥へと導くメルリル。
アリアン王女も落ち着いて来ているようだ。
「し、師匠……」
俺はテーブルに出してあったカップ類をまとめて持つと、情けない顔をしている勇者に声を掛ける。
「適当に人払いをしてもらえ。頼んだぞ」
「うっ、わかった」
メルリルの開けてくれた小さな扉から、簡易厨房へと入り込む。
使った食器類は桶に入れて、沸かした湯を注いで丁寧に布で洗うのが貴族風らしい。
俺は使った食器類をとりあえず桶に入れておいた。
ついでだから湯も沸かそう。
「失礼いたします」
しばらくすると、フォルテが見た通りの、もてなし用の軽食を運んで侍女が入室して来る。
「それはそのままそこに置いて行ってくれ。後は自分達でやる」
「えっ?」
上品な雰囲気の侍女が、きょとんとした顔で勇者を見た。
そしてさっと頬を染めてうつむく。
「大事な話の途中なんだ。しばらく人払いを頼む」
「あ、はい」
勇者の指示に得心がいったという風にうなずいて、すんなりと侍女は部屋を辞した。
あの様子だと、待機部屋で秘密の打ち合わせを行う貴族は多いのだろう。
特に疑問は持たなかったようだ。
簡易厨房のほうでは、アリアン王女さまが調理用のストーブを物珍しそうに眺めている。
さっき泣いたのが嘘のように、すっかり燃える火に夢中だ。
やけどしないようにな。
「このお部屋は、下働きの方々がお使いになる場所ですよね? 私、なかに入れてもらうのは初めてです」
「本当は入ってはいけないのでしょう? ここに入ったことは内緒にしてください」
俺はアリアン王女にそう頼んだ。
「約束、ですね」
アリアン王女は真剣な顔で俺に言う。
「はい。約束です。していただけますか?」
「わかりました。必ず約束を守ります」
何か重要な使命を託された騎士のような真剣さでそう誓うと、アリアン王女は急に不安そうな様子になる。
「ファイランお兄さまは私に怒っているのですか?」
「実は、勇者さまも約束をしていて、それを破ることが出来ないので、あんな風に言ったのです」
「約束、ですか?」
俺はアリアン王女にうなずいた。
「そうです。勇者さまの約束相手は神さまなのです」
「神さま……」
「たくさんの人を助ける力をもらう代わりに、二度と元の名前は名乗らないという約束です」
「まぁ……」
アリアン王女の目に再び涙が溜まる。
「私、お兄さまに約束を破らせてしまったのでしょうか?」
「ここには勇者さまと一緒に神さまと約束をした仲間しかいませんから、大丈夫ですよ。ほかの人の前で神さまに捧げた名前を口にしないようにしてあげてください」
「わかりました」
アリアン王女は、コクリと真剣な顔でうなずいた。
どうやら、ちょっと雑な説明ながらも、納得してくれたようだ。
ただ、何分子どもなので、どこまで覚えていてくれるかは怪しいが、まぁルフより二、三歳小さいぐらいか?
ルフの妹よりは上かな?
案外とこのぐらいの年頃はしっかりしているものだ。
覚えていてくれることを、それこそ神に祈るしかないだろう。
「師匠、師匠、もう邪魔者は行ったぞ。出て来てくれ」
勇者が扉をあまり激しく音を立てないように、コンコン小突いて呼び掛けて来る。
こいつのほうが、アリアン王女よりも遥かに子どものように感じるぞ。
「わかった。王女さまには一応説明したから、もう泣かせるなよ?」
「お、俺は泣かせてなど……」
「お兄さま……いえ、勇者さま」
アリアン王女が勇者の言い訳にやや被り気味に呼びかける。
「ん? どうしたアリアン……じゃなかった、王女さま」
勇者の他人行儀な言葉に、やっと気持ちを立て直していたアリアン王女がとても悲しそうな様子になった。
「親しい間柄が消えてなくなった訳じゃないんだろ? 他人がいないときぐらい親しく呼んでやれよ、勇者さま」
勇者は俺を見て、アリアン王女を見ると、何か葛藤しているような様子になり、それから、ハァとため息を吐いて、表情をやわらかくして膝を突き、アリアン王女と視線を合わせる。
「悪かった。でも、今後はもう従兄としては会えないんだ。そのことを誰もお前に言わなかったんだな」
アリアン王女は小さくうなずく。
「勇者さまは、民をお救いになるんですか?」
「この国の民だけじゃない。この世界に生きる人達が、幸せになれるように力を尽くす。それが俺のやるべきことだ」
なかば自分に言い聞かせるかのように、勇者はアリアン王女に告げる。
「わかりました。アリアンはもう泣きません。勇者さまが立派にお役目を果たせますように、祈っています」
健気な言葉に、勇者もうなずいてみせた。
しかしアリアン王女はすぐに不安気な表情になり、チラチラと俺達を見渡す。
「で、でも、一緒にいるのがお仲間の方達だけのときには、少しぐらい遊んでいただいてもいいですか?」
「え……」
戸惑っている勇者に、俺とメルリル、それに聖女とモンクも、一斉に無言でうなずいて見せたのだった。
明らかにこの部屋に向かっているようだ。
マズい。
なんとしても泣き止ませないと……。
「人が来る。メルリル、王女さまを連れてあっちの簡易厨房に行こう」
「わかった」
俺の意を汲んで即座にうなずき、アリアン王女の手を取って、ゆっくりと話しかけながら奥へと導くメルリル。
アリアン王女も落ち着いて来ているようだ。
「し、師匠……」
俺はテーブルに出してあったカップ類をまとめて持つと、情けない顔をしている勇者に声を掛ける。
「適当に人払いをしてもらえ。頼んだぞ」
「うっ、わかった」
メルリルの開けてくれた小さな扉から、簡易厨房へと入り込む。
使った食器類は桶に入れて、沸かした湯を注いで丁寧に布で洗うのが貴族風らしい。
俺は使った食器類をとりあえず桶に入れておいた。
ついでだから湯も沸かそう。
「失礼いたします」
しばらくすると、フォルテが見た通りの、もてなし用の軽食を運んで侍女が入室して来る。
「それはそのままそこに置いて行ってくれ。後は自分達でやる」
「えっ?」
上品な雰囲気の侍女が、きょとんとした顔で勇者を見た。
そしてさっと頬を染めてうつむく。
「大事な話の途中なんだ。しばらく人払いを頼む」
「あ、はい」
勇者の指示に得心がいったという風にうなずいて、すんなりと侍女は部屋を辞した。
あの様子だと、待機部屋で秘密の打ち合わせを行う貴族は多いのだろう。
特に疑問は持たなかったようだ。
簡易厨房のほうでは、アリアン王女さまが調理用のストーブを物珍しそうに眺めている。
さっき泣いたのが嘘のように、すっかり燃える火に夢中だ。
やけどしないようにな。
「このお部屋は、下働きの方々がお使いになる場所ですよね? 私、なかに入れてもらうのは初めてです」
「本当は入ってはいけないのでしょう? ここに入ったことは内緒にしてください」
俺はアリアン王女にそう頼んだ。
「約束、ですね」
アリアン王女は真剣な顔で俺に言う。
「はい。約束です。していただけますか?」
「わかりました。必ず約束を守ります」
何か重要な使命を託された騎士のような真剣さでそう誓うと、アリアン王女は急に不安そうな様子になる。
「ファイランお兄さまは私に怒っているのですか?」
「実は、勇者さまも約束をしていて、それを破ることが出来ないので、あんな風に言ったのです」
「約束、ですか?」
俺はアリアン王女にうなずいた。
「そうです。勇者さまの約束相手は神さまなのです」
「神さま……」
「たくさんの人を助ける力をもらう代わりに、二度と元の名前は名乗らないという約束です」
「まぁ……」
アリアン王女の目に再び涙が溜まる。
「私、お兄さまに約束を破らせてしまったのでしょうか?」
「ここには勇者さまと一緒に神さまと約束をした仲間しかいませんから、大丈夫ですよ。ほかの人の前で神さまに捧げた名前を口にしないようにしてあげてください」
「わかりました」
アリアン王女は、コクリと真剣な顔でうなずいた。
どうやら、ちょっと雑な説明ながらも、納得してくれたようだ。
ただ、何分子どもなので、どこまで覚えていてくれるかは怪しいが、まぁルフより二、三歳小さいぐらいか?
ルフの妹よりは上かな?
案外とこのぐらいの年頃はしっかりしているものだ。
覚えていてくれることを、それこそ神に祈るしかないだろう。
「師匠、師匠、もう邪魔者は行ったぞ。出て来てくれ」
勇者が扉をあまり激しく音を立てないように、コンコン小突いて呼び掛けて来る。
こいつのほうが、アリアン王女よりも遥かに子どものように感じるぞ。
「わかった。王女さまには一応説明したから、もう泣かせるなよ?」
「お、俺は泣かせてなど……」
「お兄さま……いえ、勇者さま」
アリアン王女が勇者の言い訳にやや被り気味に呼びかける。
「ん? どうしたアリアン……じゃなかった、王女さま」
勇者の他人行儀な言葉に、やっと気持ちを立て直していたアリアン王女がとても悲しそうな様子になった。
「親しい間柄が消えてなくなった訳じゃないんだろ? 他人がいないときぐらい親しく呼んでやれよ、勇者さま」
勇者は俺を見て、アリアン王女を見ると、何か葛藤しているような様子になり、それから、ハァとため息を吐いて、表情をやわらかくして膝を突き、アリアン王女と視線を合わせる。
「悪かった。でも、今後はもう従兄としては会えないんだ。そのことを誰もお前に言わなかったんだな」
アリアン王女は小さくうなずく。
「勇者さまは、民をお救いになるんですか?」
「この国の民だけじゃない。この世界に生きる人達が、幸せになれるように力を尽くす。それが俺のやるべきことだ」
なかば自分に言い聞かせるかのように、勇者はアリアン王女に告げる。
「わかりました。アリアンはもう泣きません。勇者さまが立派にお役目を果たせますように、祈っています」
健気な言葉に、勇者もうなずいてみせた。
しかしアリアン王女はすぐに不安気な表情になり、チラチラと俺達を見渡す。
「で、でも、一緒にいるのがお仲間の方達だけのときには、少しぐらい遊んでいただいてもいいですか?」
「え……」
戸惑っている勇者に、俺とメルリル、それに聖女とモンクも、一斉に無言でうなずいて見せたのだった。
1
お気に入りに追加
9,276
あなたにおすすめの小説
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。