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第八章 真なる聖剣

973 それはそれ、これはこれ

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 フォルテの視界に、ティーセットや軽食類を乗せたワゴンを運んでいる女性の姿が映った。
 明らかにこの部屋に向かっているようだ。
 マズい。
 なんとしても泣き止ませないと……。

「人が来る。メルリル、王女さまを連れてあっちの簡易厨房に行こう」
「わかった」

 俺の意を汲んで即座にうなずき、アリアン王女の手を取って、ゆっくりと話しかけながら奥へと導くメルリル。
 アリアン王女も落ち着いて来ているようだ。

「し、師匠……」

 俺はテーブルに出してあったカップ類をまとめて持つと、情けない顔をしている勇者に声を掛ける。

「適当に人払いをしてもらえ。頼んだぞ」
「うっ、わかった」

 メルリルの開けてくれた小さな扉から、簡易厨房へと入り込む。
 使った食器類は桶に入れて、沸かした湯を注いで丁寧に布で洗うのが貴族風らしい。
 俺は使った食器類をとりあえず桶に入れておいた。
 ついでだから湯も沸かそう。

「失礼いたします」

 しばらくすると、フォルテが見た通りの、もてなし用の軽食を運んで侍女が入室して来る。
 
「それはそのままそこに置いて行ってくれ。後は自分達でやる」
「えっ?」

 上品な雰囲気の侍女が、きょとんとした顔で勇者を見た。
 そしてさっと頬を染めてうつむく。

「大事な話の途中なんだ。しばらく人払いを頼む」
「あ、はい」

 勇者の指示に得心がいったという風にうなずいて、すんなりと侍女は部屋を辞した。
 あの様子だと、待機部屋で秘密の打ち合わせを行う貴族は多いのだろう。
 特に疑問は持たなかったようだ。

 簡易厨房のほうでは、アリアン王女さまが調理用のストーブを物珍しそうに眺めている。
 さっき泣いたのが嘘のように、すっかり燃える火に夢中だ。
 やけどしないようにな。

「このお部屋は、下働きの方々がお使いになる場所ですよね? 私、なかに入れてもらうのは初めてです」
「本当は入ってはいけないのでしょう? ここに入ったことは内緒にしてください」

 俺はアリアン王女にそう頼んだ。

「約束、ですね」

 アリアン王女は真剣な顔で俺に言う。

「はい。約束です。していただけますか?」
「わかりました。必ず約束を守ります」

 何か重要な使命を託された騎士のような真剣さでそう誓うと、アリアン王女は急に不安そうな様子になる。
 
「ファイランお兄さまは私に怒っているのですか?」
「実は、勇者さまも約束をしていて、それを破ることが出来ないので、あんな風に言ったのです」
「約束、ですか?」

 俺はアリアン王女にうなずいた。

「そうです。勇者さまの約束相手は神さまなのです」
「神さま……」
「たくさんの人を助ける力をもらう代わりに、二度と元の名前は名乗らないという約束です」
「まぁ……」

 アリアン王女の目に再び涙が溜まる。

「私、お兄さまに約束を破らせてしまったのでしょうか?」
「ここには勇者さまと一緒に神さまと約束をした仲間しかいませんから、大丈夫ですよ。ほかの人の前で神さまに捧げた名前を口にしないようにしてあげてください」
「わかりました」

 アリアン王女は、コクリと真剣な顔でうなずいた。
 どうやら、ちょっと雑な説明ながらも、納得してくれたようだ。
 ただ、何分子どもなので、どこまで覚えていてくれるかは怪しいが、まぁルフより二、三歳小さいぐらいか?
 ルフの妹よりは上かな?
 案外とこのぐらいの年頃はしっかりしているものだ。
 覚えていてくれることを、それこそ神に祈るしかないだろう。

「師匠、師匠、もう邪魔者は行ったぞ。出て来てくれ」

 勇者が扉をあまり激しく音を立てないように、コンコン小突いて呼び掛けて来る。
 こいつのほうが、アリアン王女よりも遥かに子どものように感じるぞ。

「わかった。王女さまには一応説明したから、もう泣かせるなよ?」
「お、俺は泣かせてなど……」
「お兄さま……いえ、勇者さま」

 アリアン王女が勇者の言い訳にやや被り気味に呼びかける。

「ん? どうしたアリアン……じゃなかった、王女さま」

 勇者の他人行儀な言葉に、やっと気持ちを立て直していたアリアン王女がとても悲しそうな様子になった。

「親しい間柄が消えてなくなった訳じゃないんだろ? 他人がいないときぐらい親しく呼んでやれよ、勇者さま」

 勇者は俺を見て、アリアン王女を見ると、何か葛藤しているような様子になり、それから、ハァとため息を吐いて、表情をやわらかくして膝を突き、アリアン王女と視線を合わせる。

「悪かった。でも、今後はもう従兄としては会えないんだ。そのことを誰もお前に言わなかったんだな」

 アリアン王女は小さくうなずく。

「勇者さまは、民をお救いになるんですか?」
「この国の民だけじゃない。この世界に生きる人達が、幸せになれるように力を尽くす。それが俺のやるべきことだ」

 なかば自分に言い聞かせるかのように、勇者はアリアン王女に告げる。

「わかりました。アリアンはもう泣きません。勇者さまが立派にお役目を果たせますように、祈っています」

 健気な言葉に、勇者もうなずいてみせた。
 しかしアリアン王女はすぐに不安気な表情になり、チラチラと俺達を見渡す。

「で、でも、一緒にいるのがお仲間の方達だけのときには、少しぐらい遊んでいただいてもいいですか?」
「え……」

 戸惑っている勇者に、俺とメルリル、それに聖女とモンクも、一斉に無言でうなずいて見せたのだった。
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