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第八章 真なる聖剣
956 旅立ちは混沌として
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「ちょっと聖剣の素材を取りに行くだけであろう? ミュリアはここで待っていてもいいのではないかね?」
「そうですよ。勇者さま方なら問題なく必要なものを持って帰って来られますわ」
ロスト辺境伯と奥方さまが聖女の引き止めに全力だ。
聖女はもうすっかりそんな両親に慣れたのか、にこにこ笑いつつも何も言わない。
完全に無視するつもりのようである。
さすがに気の毒だから、一応何か言ってあげよう?
「父上、母上、見苦しいですぞ。ミュリアにはミュリアの果たすべきお役目があるのです。無事を祈って送り出すのが民の手本となるべき貴族の勤めでありましょう」
すごく立派なことを言っているのが、ロスト辺境伯の長男だ。
将来この領地を継ぐ予定である。
長らく後継者が兄弟間でふらふらしていた辺境領の後継者問題だが、今後は今の当主の一族で繋いで行くとのこと。
あと、勇者が後で大聖堂に、後継者は大聖堂の聖なる位に就けず、能力を安定させる手伝いだけするように提言すると息巻いていた。
「政治に口出ししないのが建前の大聖堂が、領地の政を危うくするのはおかしいだろ」
とのことだ。
俺も全く同意である。
勇者にはぜひ頑張って欲しい。
聖者さまはきっと賛成してくれると思うんだが、大聖堂の実権を握ってるのは聖者さまじゃなくて導師さまらしいからなぁ。
俺は前の導師さまを思い出して背中がひんやりするのを感じた。
殺意を向けられたときには恐ろしかったな。
とんでもない魔力操作の力を持っていた。
まぁ俺が怒らせたのが原因なんだが、あいつも俺を怒らせたし、仕方ないだろ。
というか、勇者を自分の意のままに操って手駒にしようとしてたみたいだし、ほんとろくなもんじゃなかった。
今の導師さまはどんな方なんだろう。
いい御方だといいな。
聖者さまは尊敬出来る方なんだけどなぁ。
ふうと俺は大聖堂でのいざこざを思い出してため息を吐く。
結局のところ、人は権力を得たり、得たいと思ったりすると、よほどの心の強さがないと、簡単に堕落するということだろう。
その立場になったことがない俺には理解出来ない強い誘惑があるんだろうな。
ぜひ今の導師さまには誘惑に負けないように頑張って欲しい。
そうそう、権力の誘惑と言えば、地下に眠っていた呪いの件だが。
春になって、ロスト辺境伯の元に血族の代表が挨拶に次々と訪れたなか、一人、顔を見せなかった人がいるらしい。
なにやら、他人に姿を見せられない病に罹ったとか……。
怪しい。
呪物ってのは解呪されると、込められた怨念が術を使った本人を害すると言われている。
怪しいよなぁ……。
とは言え、その辺の追求や処罰はロスト辺境伯自身の問題だ。
それとなく聞いたときには、あまり波風が立たないように、対話を行って、穏当に蟄居していただくとか言っていた。
ロスト辺境伯は呪いが目に見えるとのことなので、その相手を見れば呪いの影響かどうかすぐわかるよな。
疑惑ではなく確信を持って処断出来るだけ、やりやすいだろう。
俺がつらつら考えている間に、ロスト辺境伯一家と、勇者達……というか、主に聖女との一時のお別れは済んだようだ。
俺は基本的に従者という立場なので、そいういう挨拶的なものは勇者達に任せておけばいいので気楽である。
そう、思っていたら、なぜかロスト辺境伯一家とアドミニス殿師弟がこっちへとやって来た。
「ダスター殿、冬の間は我が領民のため、そして城に暮らす我らのため、たいへんな働きをしてくださったと聞いておる。これまでの旅の道中も、あなたがいなければ娘も無事ではいなかった、と」
「えっ、いえ、そんな大したことはしていません。た、ただの冒険者ですから」
俺は全く心の準備をしていなかったので、まともな受け答えが出来ずに、ようやくそれだけ言うことが出来た。
突然そんなことを言い出すのは止めて欲しい。
「ならばただの冒険者のダスター殿。これは領主としてではなく、娘を想う愚かな親の頼みとして聞いて欲しい」
ロスト辺境伯とその奥方が揃って頭を下げた。
「どうか娘をよろしくお願いいたします」
俺は心のなかでダラダラ冷や汗を流しつつ、なんとか失礼にならないように、ロスト辺境伯夫妻を押し留める。
「いえ、お世話になるのはどちらかというとこっちのほうです。ミュリア……さま、聖女さまには、助けられてばかりで。聖女さまがいらっしゃらなければ、俺は今ここに立っていることは出来なかったでしょう。そのような恩人を助けないほど俺も恩知らずではありませんよ。言われなくとも、聖女さまはこの身に代えましてもお守り申し上げます」
「そのように言ってくださりありがとうございます。どうぞ今後もよろしく」
いやいや、俺じゃなくて勇者に言うことだからな。
まぁ勇者にはもう言った後みたいだが。
「父上。あまりそういうことをなさると、ご迷惑ですよ」
ロスト辺境伯の後継者である長男が困ったように父親に言い聞かせ、俺に一礼した。
本来このご長男は、将来の領地の統治のために、小さな集落を自ら治めて、実地で学んでいたらしい。
ところが、招かれた年越し祭のあれこれを見て、勇者や末の妹に両親が迷惑を掛けていると判断して城に残ってくれたのだ。
ありがたいことである。
俺は、その次代のロスト辺境伯殿に、すっかり覚えてしまった正式な貴族に対する礼をして、感謝の意を伝えた。
長男殿は苦笑いをしつつ手を振ってくれる。
今のうちに出立しろということのようだ。
「それではしばしの別れを」
勇者が魔導馬車に乗り込みつつ最後の挨拶をして別れを締めくくった。
「種だけじゃなく、苗も貰って来てもいいんだぞ?」
「皆さま、どうかお元気でいってらっしゃい!」
アドミニス殿がちゃっかりと、そしてルフが元気に別れの言葉を掛けてくれる。
それに苦笑と「行って来る」と挨拶を返しつつ、俺達はこの大陸の最南端にある、メルリルの故郷、森人の森へと旅立ったのだった。
「そうですよ。勇者さま方なら問題なく必要なものを持って帰って来られますわ」
ロスト辺境伯と奥方さまが聖女の引き止めに全力だ。
聖女はもうすっかりそんな両親に慣れたのか、にこにこ笑いつつも何も言わない。
完全に無視するつもりのようである。
さすがに気の毒だから、一応何か言ってあげよう?
「父上、母上、見苦しいですぞ。ミュリアにはミュリアの果たすべきお役目があるのです。無事を祈って送り出すのが民の手本となるべき貴族の勤めでありましょう」
すごく立派なことを言っているのが、ロスト辺境伯の長男だ。
将来この領地を継ぐ予定である。
長らく後継者が兄弟間でふらふらしていた辺境領の後継者問題だが、今後は今の当主の一族で繋いで行くとのこと。
あと、勇者が後で大聖堂に、後継者は大聖堂の聖なる位に就けず、能力を安定させる手伝いだけするように提言すると息巻いていた。
「政治に口出ししないのが建前の大聖堂が、領地の政を危うくするのはおかしいだろ」
とのことだ。
俺も全く同意である。
勇者にはぜひ頑張って欲しい。
聖者さまはきっと賛成してくれると思うんだが、大聖堂の実権を握ってるのは聖者さまじゃなくて導師さまらしいからなぁ。
俺は前の導師さまを思い出して背中がひんやりするのを感じた。
殺意を向けられたときには恐ろしかったな。
とんでもない魔力操作の力を持っていた。
まぁ俺が怒らせたのが原因なんだが、あいつも俺を怒らせたし、仕方ないだろ。
というか、勇者を自分の意のままに操って手駒にしようとしてたみたいだし、ほんとろくなもんじゃなかった。
今の導師さまはどんな方なんだろう。
いい御方だといいな。
聖者さまは尊敬出来る方なんだけどなぁ。
ふうと俺は大聖堂でのいざこざを思い出してため息を吐く。
結局のところ、人は権力を得たり、得たいと思ったりすると、よほどの心の強さがないと、簡単に堕落するということだろう。
その立場になったことがない俺には理解出来ない強い誘惑があるんだろうな。
ぜひ今の導師さまには誘惑に負けないように頑張って欲しい。
そうそう、権力の誘惑と言えば、地下に眠っていた呪いの件だが。
春になって、ロスト辺境伯の元に血族の代表が挨拶に次々と訪れたなか、一人、顔を見せなかった人がいるらしい。
なにやら、他人に姿を見せられない病に罹ったとか……。
怪しい。
呪物ってのは解呪されると、込められた怨念が術を使った本人を害すると言われている。
怪しいよなぁ……。
とは言え、その辺の追求や処罰はロスト辺境伯自身の問題だ。
それとなく聞いたときには、あまり波風が立たないように、対話を行って、穏当に蟄居していただくとか言っていた。
ロスト辺境伯は呪いが目に見えるとのことなので、その相手を見れば呪いの影響かどうかすぐわかるよな。
疑惑ではなく確信を持って処断出来るだけ、やりやすいだろう。
俺がつらつら考えている間に、ロスト辺境伯一家と、勇者達……というか、主に聖女との一時のお別れは済んだようだ。
俺は基本的に従者という立場なので、そいういう挨拶的なものは勇者達に任せておけばいいので気楽である。
そう、思っていたら、なぜかロスト辺境伯一家とアドミニス殿師弟がこっちへとやって来た。
「ダスター殿、冬の間は我が領民のため、そして城に暮らす我らのため、たいへんな働きをしてくださったと聞いておる。これまでの旅の道中も、あなたがいなければ娘も無事ではいなかった、と」
「えっ、いえ、そんな大したことはしていません。た、ただの冒険者ですから」
俺は全く心の準備をしていなかったので、まともな受け答えが出来ずに、ようやくそれだけ言うことが出来た。
突然そんなことを言い出すのは止めて欲しい。
「ならばただの冒険者のダスター殿。これは領主としてではなく、娘を想う愚かな親の頼みとして聞いて欲しい」
ロスト辺境伯とその奥方が揃って頭を下げた。
「どうか娘をよろしくお願いいたします」
俺は心のなかでダラダラ冷や汗を流しつつ、なんとか失礼にならないように、ロスト辺境伯夫妻を押し留める。
「いえ、お世話になるのはどちらかというとこっちのほうです。ミュリア……さま、聖女さまには、助けられてばかりで。聖女さまがいらっしゃらなければ、俺は今ここに立っていることは出来なかったでしょう。そのような恩人を助けないほど俺も恩知らずではありませんよ。言われなくとも、聖女さまはこの身に代えましてもお守り申し上げます」
「そのように言ってくださりありがとうございます。どうぞ今後もよろしく」
いやいや、俺じゃなくて勇者に言うことだからな。
まぁ勇者にはもう言った後みたいだが。
「父上。あまりそういうことをなさると、ご迷惑ですよ」
ロスト辺境伯の後継者である長男が困ったように父親に言い聞かせ、俺に一礼した。
本来このご長男は、将来の領地の統治のために、小さな集落を自ら治めて、実地で学んでいたらしい。
ところが、招かれた年越し祭のあれこれを見て、勇者や末の妹に両親が迷惑を掛けていると判断して城に残ってくれたのだ。
ありがたいことである。
俺は、その次代のロスト辺境伯殿に、すっかり覚えてしまった正式な貴族に対する礼をして、感謝の意を伝えた。
長男殿は苦笑いをしつつ手を振ってくれる。
今のうちに出立しろということのようだ。
「それではしばしの別れを」
勇者が魔導馬車に乗り込みつつ最後の挨拶をして別れを締めくくった。
「種だけじゃなく、苗も貰って来てもいいんだぞ?」
「皆さま、どうかお元気でいってらっしゃい!」
アドミニス殿がちゃっかりと、そしてルフが元気に別れの言葉を掛けてくれる。
それに苦笑と「行って来る」と挨拶を返しつつ、俺達はこの大陸の最南端にある、メルリルの故郷、森人の森へと旅立ったのだった。
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