828 / 885
第八章 真なる聖剣
933 聖剣の産声
しおりを挟む
吟遊詩人との語らいからこっち、城の人間の俺を見る目がおかしい。
若い女性の使用人達が、数人で笑い合いながら手を振って来たり、城の兵士が、握手を求めて来たりと、かつて経験したことのない状況に陥っていた。
あの野郎、あれだけ釘を刺したのに、なにかとんでもない盛った話を広めやがったな!
まだ若い吟遊詩人の顔を思い浮かべて、心のなかで悪態をつく。
ただ、若い女性が手を振って来たりすると、メルリルがギュッと抱きついてくれるのはちょっと嬉しかった。
森人の女性は平野の女性よりも慎み深いので、あまり人前でくっついたりしないのだが、メルリルに嫉妬してもらえる程には愛されていると思っていいのだろう。
いや、うぬぼれかもしれないけどな。
何しろ、メルリルはたいそう美しいし、少し年下だ。
俺にふさわしいかと問われれば、全力で肯定しにくいところもある。
そもそもが恩人であり、行く当てのないメルリルの身元引受人でもある俺に、メルリルは大きな恩義を感じていて、それを愛情と勘違いしている、ということは、いかにもありそうな話なのだ。
そういう話をすると、「私を信用していない」とメルリルに怒られるので、あまりそういう風に考えないようにはしているが、ときどき、ふと考えてしまうのは仕方ないだろう。
メルリルは俺にはもったいなさすぎる女性である。
まぁ俺の日常のちょっとした変化はともかくとして、冬越しの日常は、基本単調なものだ。
だからこそ、冬越し時期には貴族は吟遊詩人や旅芸人なんかを城に滞在させる訳だが、俺達の場合は、そういうイベントに頼らなくても、冬越しの間に大切な予定があった。
そう、勇者の聖剣作りだ。
別に俺達が作る訳ではないが、アドミニス殿からちょくちょく呼び出しがあるのである。
本格的な聖剣作りが始まってしばらくすると、剣身が完成したという連絡があり、勇者が呼び出された。
一人で行けばいいと思っていたが、全員で来て欲しいとのことだったので、またぞろぞろと訪れる。
ちなみに、地下工房への入口は、城の脇に別に作ることとなったようだ。
ルフは師匠であるアドミニス殿から、そこに掲げる看板を作るようにという課題を出されていた。
大変だな。
工房に到着すると、何やら光を発する抜身の剣が、適当な拵えの柄に装着されて置いてあった。
剣と柄のバランスの悪さに、ものすごい違和感がある。
「とりあえず握ってみろ」
アドミニス殿は前置きなしにそう勇者に言った。
勇者の眉がぴくりと動く。
反抗的な気持ちになった証拠である。
だが、さすがにグッとこらえた。
大人になったなぁ。
「この柄でいいのか?」
「魔道回路をちょっといじってみた」
「言葉が通じないんだが!」
あ、せっかく我慢したのにキレそうになってるぞ。
「オーダーで武器を作るときに、たまにバランス調整をすることがある。そういうこと、ですか?」
とりあえず、勇者の怒りを宥めるためにも、アドミニス殿にそう尋ねてみた。
「うむ、うむ? まぁ似たようなものか。……どうも剣身が繊細すぎて、あまり強く魔道回路で縛りたくない。勇者殿に直接剣と語らってもらいたい」
「剣と語らうだ?」
「もちろん実際に話が出来る訳ではないぞ? ……そういうのがいいならそういう風にしてもいいが、そうなると剣自身の判断と勇者殿の判断で、使い勝手が……」
「意思がある剣とか使えるか!」
「おお、認識が一致したな」
アドミニス殿がニコニコしている。
いかん、何やらあの人今気分がハイになっているっぽいぞ。
話が通じない人になっている。
というかこれってよく職人にあるあれだな、没頭状態だ。
「貴様、いい加減に……」
「アルフ、とにかく言われた通りにその剣を試してみては?」
こういう状態の職人とはまともな会話は不可能だ。
テンションが戻るまで待つしかない。
俺は勇者を宥めつつ、とりあえず言われた通り剣を持つように促した。
勇者はまたムッとした顔になったが、何かを我慢するように一瞬目をつむり、息を大きく吐き出すと、アンバランスな剣に手を伸ばす。
そして、しっかりと簡素な柄を握り込んだ。
「っ!」
勇者の目が見開かれる。
「おい! 大丈夫か?」
さすがに不安になって声を掛けた。
魔力が、剣だけでなく、勇者の体内でまでも不思議な渦を描いて絡まっていく。
さながら、壁を這う蔦の成長を、一瞬で見ているようだ。
ちょうど、メルリルの緑の道が、そういう感じだな。
「っ……これは、なん……だ?」
不安定に輝いていた剣身が、フッと光を失う。
そして、その剣の腹部分に繊細な模様が浮かび上がった。
幾度か目にしたことのある、勇者の魔法紋、祝福の徴と似ているように思う。
ふわりふわりと花が開くように、黄金の光、青銀の光が咲いて行く。
二つの光は絡み合い、今度は空中に文様を描き始めた。
「おお、実に美しいな」
アドミニス殿がのんきな感想を漏らす。
「まさかこんなことになるとは……」
ちょっと待った。
今の後半の言葉はどういうことだ?
アドミニス殿の予想外のことが起こっているってことなのか?
何を言うにも、何をするにも全てが遅すぎた。
空中に描かれた光の模様は、キラキラと輝きながら全てを染めて行く。
「ああ……」
心に何かが触れる。
生きていくうちに擦り切れていった大切な何かが、まるで誰かの手で編まれるように織り直されていく。
「とても、温かい、光?」
聖女が不思議そうに飛び回る光の花の一つをその手に包み込む。
最も唖然としていたのは、誰あろう、使い手たる勇者だった。
剣の放つ光に包まれて、ガクガクと、細かく体を震わせている。
額に脂汗のようなものが浮いていた。
何かを考えたいのだが、咄嗟に何も浮かばない。
ただ、光だけがこの場所を満たしていた。
若い女性の使用人達が、数人で笑い合いながら手を振って来たり、城の兵士が、握手を求めて来たりと、かつて経験したことのない状況に陥っていた。
あの野郎、あれだけ釘を刺したのに、なにかとんでもない盛った話を広めやがったな!
まだ若い吟遊詩人の顔を思い浮かべて、心のなかで悪態をつく。
ただ、若い女性が手を振って来たりすると、メルリルがギュッと抱きついてくれるのはちょっと嬉しかった。
森人の女性は平野の女性よりも慎み深いので、あまり人前でくっついたりしないのだが、メルリルに嫉妬してもらえる程には愛されていると思っていいのだろう。
いや、うぬぼれかもしれないけどな。
何しろ、メルリルはたいそう美しいし、少し年下だ。
俺にふさわしいかと問われれば、全力で肯定しにくいところもある。
そもそもが恩人であり、行く当てのないメルリルの身元引受人でもある俺に、メルリルは大きな恩義を感じていて、それを愛情と勘違いしている、ということは、いかにもありそうな話なのだ。
そういう話をすると、「私を信用していない」とメルリルに怒られるので、あまりそういう風に考えないようにはしているが、ときどき、ふと考えてしまうのは仕方ないだろう。
メルリルは俺にはもったいなさすぎる女性である。
まぁ俺の日常のちょっとした変化はともかくとして、冬越しの日常は、基本単調なものだ。
だからこそ、冬越し時期には貴族は吟遊詩人や旅芸人なんかを城に滞在させる訳だが、俺達の場合は、そういうイベントに頼らなくても、冬越しの間に大切な予定があった。
そう、勇者の聖剣作りだ。
別に俺達が作る訳ではないが、アドミニス殿からちょくちょく呼び出しがあるのである。
本格的な聖剣作りが始まってしばらくすると、剣身が完成したという連絡があり、勇者が呼び出された。
一人で行けばいいと思っていたが、全員で来て欲しいとのことだったので、またぞろぞろと訪れる。
ちなみに、地下工房への入口は、城の脇に別に作ることとなったようだ。
ルフは師匠であるアドミニス殿から、そこに掲げる看板を作るようにという課題を出されていた。
大変だな。
工房に到着すると、何やら光を発する抜身の剣が、適当な拵えの柄に装着されて置いてあった。
剣と柄のバランスの悪さに、ものすごい違和感がある。
「とりあえず握ってみろ」
アドミニス殿は前置きなしにそう勇者に言った。
勇者の眉がぴくりと動く。
反抗的な気持ちになった証拠である。
だが、さすがにグッとこらえた。
大人になったなぁ。
「この柄でいいのか?」
「魔道回路をちょっといじってみた」
「言葉が通じないんだが!」
あ、せっかく我慢したのにキレそうになってるぞ。
「オーダーで武器を作るときに、たまにバランス調整をすることがある。そういうこと、ですか?」
とりあえず、勇者の怒りを宥めるためにも、アドミニス殿にそう尋ねてみた。
「うむ、うむ? まぁ似たようなものか。……どうも剣身が繊細すぎて、あまり強く魔道回路で縛りたくない。勇者殿に直接剣と語らってもらいたい」
「剣と語らうだ?」
「もちろん実際に話が出来る訳ではないぞ? ……そういうのがいいならそういう風にしてもいいが、そうなると剣自身の判断と勇者殿の判断で、使い勝手が……」
「意思がある剣とか使えるか!」
「おお、認識が一致したな」
アドミニス殿がニコニコしている。
いかん、何やらあの人今気分がハイになっているっぽいぞ。
話が通じない人になっている。
というかこれってよく職人にあるあれだな、没頭状態だ。
「貴様、いい加減に……」
「アルフ、とにかく言われた通りにその剣を試してみては?」
こういう状態の職人とはまともな会話は不可能だ。
テンションが戻るまで待つしかない。
俺は勇者を宥めつつ、とりあえず言われた通り剣を持つように促した。
勇者はまたムッとした顔になったが、何かを我慢するように一瞬目をつむり、息を大きく吐き出すと、アンバランスな剣に手を伸ばす。
そして、しっかりと簡素な柄を握り込んだ。
「っ!」
勇者の目が見開かれる。
「おい! 大丈夫か?」
さすがに不安になって声を掛けた。
魔力が、剣だけでなく、勇者の体内でまでも不思議な渦を描いて絡まっていく。
さながら、壁を這う蔦の成長を、一瞬で見ているようだ。
ちょうど、メルリルの緑の道が、そういう感じだな。
「っ……これは、なん……だ?」
不安定に輝いていた剣身が、フッと光を失う。
そして、その剣の腹部分に繊細な模様が浮かび上がった。
幾度か目にしたことのある、勇者の魔法紋、祝福の徴と似ているように思う。
ふわりふわりと花が開くように、黄金の光、青銀の光が咲いて行く。
二つの光は絡み合い、今度は空中に文様を描き始めた。
「おお、実に美しいな」
アドミニス殿がのんきな感想を漏らす。
「まさかこんなことになるとは……」
ちょっと待った。
今の後半の言葉はどういうことだ?
アドミニス殿の予想外のことが起こっているってことなのか?
何を言うにも、何をするにも全てが遅すぎた。
空中に描かれた光の模様は、キラキラと輝きながら全てを染めて行く。
「ああ……」
心に何かが触れる。
生きていくうちに擦り切れていった大切な何かが、まるで誰かの手で編まれるように織り直されていく。
「とても、温かい、光?」
聖女が不思議そうに飛び回る光の花の一つをその手に包み込む。
最も唖然としていたのは、誰あろう、使い手たる勇者だった。
剣の放つ光に包まれて、ガクガクと、細かく体を震わせている。
額に脂汗のようなものが浮いていた。
何かを考えたいのだが、咄嗟に何も浮かばない。
ただ、光だけがこの場所を満たしていた。
1
お気に入りに追加
9,276
あなたにおすすめの小説
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。