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第八章 真なる聖剣

933 聖剣の産声

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 吟遊詩人との語らいからこっち、城の人間の俺を見る目がおかしい。
 若い女性の使用人達が、数人で笑い合いながら手を振って来たり、城の兵士が、握手を求めて来たりと、かつて経験したことのない状況に陥っていた。
 あの野郎、あれだけ釘を刺したのに、なにかとんでもない盛った話を広めやがったな!

 まだ若い吟遊詩人の顔を思い浮かべて、心のなかで悪態をつく。
 ただ、若い女性が手を振って来たりすると、メルリルがギュッと抱きついてくれるのはちょっと嬉しかった。
 森人の女性は平野の女性よりも慎み深いので、あまり人前でくっついたりしないのだが、メルリルに嫉妬してもらえる程には愛されていると思っていいのだろう。

 いや、うぬぼれかもしれないけどな。
 何しろ、メルリルはたいそう美しいし、少し年下だ。
 俺にふさわしいかと問われれば、全力で肯定しにくいところもある。
 そもそもが恩人であり、行く当てのないメルリルの身元引受人でもある俺に、メルリルは大きな恩義を感じていて、それを愛情と勘違いしている、ということは、いかにもありそうな話なのだ。

 そういう話をすると、「私を信用していない」とメルリルに怒られるので、あまりそういう風に考えないようにはしているが、ときどき、ふと考えてしまうのは仕方ないだろう。
 メルリルは俺にはもったいなさすぎる女性である。

 まぁ俺の日常のちょっとした変化はともかくとして、冬越しの日常は、基本単調なものだ。
 だからこそ、冬越し時期には貴族は吟遊詩人や旅芸人なんかを城に滞在させる訳だが、俺達の場合は、そういうイベントに頼らなくても、冬越しの間に大切な予定があった。
 そう、勇者の聖剣作りだ。
 別に俺達が作る訳ではないが、アドミニス殿からちょくちょく呼び出しがあるのである。

 本格的な聖剣作りが始まってしばらくすると、剣身が完成したという連絡があり、勇者が呼び出された。
 一人で行けばいいと思っていたが、全員で来て欲しいとのことだったので、またぞろぞろと訪れる。
 ちなみに、地下工房への入口は、城の脇に別に作ることとなったようだ。
 ルフは師匠であるアドミニス殿から、そこに掲げる看板を作るようにという課題を出されていた。
 大変だな。

 工房に到着すると、何やら光を発する抜身の剣が、適当な拵えの柄に装着されて置いてあった。
 剣と柄のバランスの悪さに、ものすごい違和感がある。

「とりあえず握ってみろ」

 アドミニス殿は前置きなしにそう勇者に言った。
 勇者の眉がぴくりと動く。
 反抗的な気持ちになった証拠である。
 だが、さすがにグッとこらえた。
 大人になったなぁ。

「この柄でいいのか?」
「魔道回路をちょっといじってみた」
「言葉が通じないんだが!」

 あ、せっかく我慢したのにキレそうになってるぞ。

「オーダーで武器を作るときに、たまにバランス調整をすることがある。そういうこと、ですか?」

 とりあえず、勇者の怒りを宥めるためにも、アドミニス殿にそう尋ねてみた。

「うむ、うむ? まぁ似たようなものか。……どうも剣身が繊細すぎて、あまり強く魔道回路で縛りたくない。勇者殿に直接剣と語らってもらいたい」
「剣と語らうだ?」
「もちろん実際に話が出来る訳ではないぞ? ……そういうのがいいならそういう風にしてもいいが、そうなると剣自身の判断と勇者殿の判断で、使い勝手が……」
「意思がある剣とか使えるか!」
「おお、認識が一致したな」

 アドミニス殿がニコニコしている。
 いかん、何やらあの人今気分がハイになっているっぽいぞ。
 話が通じない人になっている。
 というかこれってよく職人にあるあれだな、没頭状態だ。

「貴様、いい加減に……」
「アルフ、とにかく言われた通りにその剣を試してみては?」

 こういう状態の職人とはまともな会話は不可能だ。
 テンションが戻るまで待つしかない。

 俺は勇者を宥めつつ、とりあえず言われた通り剣を持つように促した。
 勇者はまたムッとした顔になったが、何かを我慢するように一瞬目をつむり、息を大きく吐き出すと、アンバランスな剣に手を伸ばす。

 そして、しっかりと簡素な柄を握り込んだ。

「っ!」

 勇者の目が見開かれる。

「おい! 大丈夫か?」

 さすがに不安になって声を掛けた。
 魔力が、剣だけでなく、勇者の体内でまでも不思議な渦を描いて絡まっていく。
 さながら、壁を這う蔦の成長を、一瞬で見ているようだ。
 ちょうど、メルリルの緑の道が、そういう感じだな。

「っ……これは、なん……だ?」

 不安定に輝いていた剣身が、フッと光を失う。
 そして、その剣の腹部分に繊細な模様が浮かび上がった。
 幾度か目にしたことのある、勇者の魔法紋、祝福の徴と似ているように思う。

 ふわりふわりと花が開くように、黄金の光、青銀の光が咲いて行く。
 二つの光は絡み合い、今度は空中に文様を描き始めた。

「おお、実に美しいな」

 アドミニス殿がのんきな感想を漏らす。

「まさかこんなことになるとは……」

 ちょっと待った。
 今の後半の言葉はどういうことだ?
 アドミニス殿の予想外のことが起こっているってことなのか?

 何を言うにも、何をするにも全てが遅すぎた。
 空中に描かれた光の模様は、キラキラと輝きながら全てを染めて行く。

「ああ……」

 心に何かが触れる。
 生きていくうちに擦り切れていった大切な何かが、まるで誰かの手で編まれるように織り直されていく。

「とても、温かい、光?」

 聖女が不思議そうに飛び回る光の花の一つをその手に包み込む。
 最も唖然としていたのは、誰あろう、使い手たる勇者だった。

 剣の放つ光に包まれて、ガクガクと、細かく体を震わせている。
 額に脂汗のようなものが浮いていた。
 何かを考えたいのだが、咄嗟に何も浮かばない。
 ただ、光だけがこの場所を満たしていた。
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