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第八章 真なる聖剣
913 勇者の師として
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「戦い方は悪くなかった。相手の動きはちゃんと見ていたし、弱点を見抜いて攻撃する勘もいい。問題はムラッ気だな」
「そこは私も気になりました。しかし、勇者の瞬発力は、あの気質のおかげもあると思うのです」
「確かにそれは言えるかもなぁ」
狩りから戻ると、聖騎士が狩り場での様子を聞きたがったので説明してやった。
しかし、あれだな、聖騎士のほうが俺よりもよっぽど師匠としてちゃんとやってるな。
「二人共、俺が聞いてるところでそういう話を平気でやるよな。まぁいいけど」
俺達の話し合いを聞きながら勇者がブツブツ言っている。
「お前はそいつを吊るすという大事な役割があるだろうが」
城の解体場には、魔物用の解体場所もあって、設備が整っているのはいいんだが、黒鋼熊は死体でも体毛が危険なので、メインの作業を勇者にさせているのだ。
あいつなら魔力による強化で針金のような毛も刺さらないからな。
周囲では、厨房の担当者がハラハラしながら様子を見ている。
黒鋼熊の解体など経験したことがないということだったので、何度か経験のある俺とメルリルが説明して、利用方法を検討しつつ作業を勧めているところだ。
とりあえず毛皮は剥いで利用するのは決定しているが、それ以外について、喧々囂々と議論が続いている。
内臓周りは腸が破れていることもあって使えないが、それでも虫除けや魔物避けに加工することが可能とのことで、そういう加工が得意な村落に送ることが決まった。
問題は骨や爪と、汚染されていない肉で、骨や爪を実用品に加工するか、工芸品として販売用に回すかで揉めているようだ。
そして肉は、灰と一緒に土中に埋めて魔力抜きをするとの主張に、時間がかかりすぎるので、灰と一緒に煮て、一気に魔力抜きをしようという意見が出ているのだ。
それぞれの意見の主張元は、厨房と食料保管の長なので、お互いにプライドが高く、妥協しないせいで、なかなか話が進まない。
まぁそれはそれとして、処理は進めないといけないので、一応吊るし解体を行うことは決まった。
その吊るしを、勇者一人に任せたのだ。
一般人だと十人ぐらいで吊り上げる必要があるが、勇者なら一人で吊り上げられるからな。
大変効率的なのだ。
「こいつを引っ張って来たのも俺なんだぞ」
「それだけお前が頼りになるってことだろうが」
「むう。明らかに乗せようとして言ったことがわかるのに、褒められて嬉しい」
「お前のそういうところはいいと思うぞ。嬉しいことは素直に喜ぶことが大事だ。ひねくれてしまうと、気持ちに柔軟さがなくなる。そうなると思考も固まって、面白みのない人間になるからな」
「狩りのときはさんざん叱りとばされたのに、今はこうやって褒めてくれる。師匠はそういうところ上手いよな」
失礼な。
俺がわざと勇者を掌の上で転がしているかのように言うのはやめろ。
そのときそのときに適切な指示を出しているだけだし、褒めるべきところを見つけたらとりあえず褒めているだけだ。
「黒鋼熊だけじゃなくて、普通の獣や鳥も、それに冬場の貴重な野草も採取して来ていただいて、感謝に堪えません。ほんに勇者さま方は立派な方々ですなぁ。うちの末の姫さまが聖女として同道してらっしゃるんだから、当たり前だろってうちのかみさんなんかは言うんですが、本当ですなぁ。女のそういうところにはかないませんや」
「古来、男は女に敵わないものさ」
「違いない!」
血なまぐさい作業場に、笑い声が沸き起こる。
少し異様な光景だが、冒険者として活動しているときにはよくあったことだ。
冒険者は、冒険の華やかな部分のみが語られるが、その本質は、泥臭い作業部分にある。
獲物を解体したり、得意先に顔つなぎをしたり、技能を持つ人間に教えを請うてさまざまな技能を身に着けたり、目に見えない部分で頑張ったことが、結局は評価に繋がるのだ。
勤めに馴染めない、社交性のない者が冒険者になると思われがちだが、本当は逆で、なんでも出来て、誰とでも交流出来る人間が、一番冒険者に向いているとすら言える。
そういう意味では、勇者は一番冒険者に向いていないタイプの人間だな。
「師匠、今俺に冷たい目を向けただろ、値踏みするような。やっぱり今日の働きが悪かったから見捨てるつもりなんだな?」
おっと、値踏みしていたのがバレてしまった。
こいつ本当に勘は無駄に鋭いよな。
「大丈夫だ。森で言っただろ。あのとき魔法を使う決断が出来たことは評価する、と」
「そ、そうか」
褒めると途端に照れるのは、実は自分に自信がないからなんだろうな。
勇者としての才能も実力も間違いないんだが、どうもメンタル面が安定しないところがある。
おそらくその部分は、自覚があるんだろう。
だから俺なんかに師事して、心の安定を保っているのだ。
あと、なぜだか知らんが、偉そうにしている相手が嫌いっぽいからな。
まぁ俺も好きじゃないが、それは身分の高い相手との付き合いが苦手なだけであって、個人に対してどうこう思ってはいない。
そういう意味では、俺はちょっとスレた大人の嫌な部分を持っているんだと思う。
ただ、勇者の権威に対する嫌悪感は、もっと感情的な部分から出ているようだ。
俺に師事したことと、権威嫌いは、実は根っこの部分では繋がっているんじゃないかと思っている。
まぁ根本的には不器用なんだと思うんだが、そういうのはなかなか変えられないし、変えてはいけない場合も多い。
勇者がこの先、個人で国や大聖堂と対等にやりあうつもりなら、上手くコントロールしなければならない部分だ。
俺は師匠として、教えられる限りの技術的なことはもはや教え切ったと言っていい。
後は、なんとかして、一人で歩き出す最初の一歩を踏み出させてやらなきゃならんのだろうな。
「そこは私も気になりました。しかし、勇者の瞬発力は、あの気質のおかげもあると思うのです」
「確かにそれは言えるかもなぁ」
狩りから戻ると、聖騎士が狩り場での様子を聞きたがったので説明してやった。
しかし、あれだな、聖騎士のほうが俺よりもよっぽど師匠としてちゃんとやってるな。
「二人共、俺が聞いてるところでそういう話を平気でやるよな。まぁいいけど」
俺達の話し合いを聞きながら勇者がブツブツ言っている。
「お前はそいつを吊るすという大事な役割があるだろうが」
城の解体場には、魔物用の解体場所もあって、設備が整っているのはいいんだが、黒鋼熊は死体でも体毛が危険なので、メインの作業を勇者にさせているのだ。
あいつなら魔力による強化で針金のような毛も刺さらないからな。
周囲では、厨房の担当者がハラハラしながら様子を見ている。
黒鋼熊の解体など経験したことがないということだったので、何度か経験のある俺とメルリルが説明して、利用方法を検討しつつ作業を勧めているところだ。
とりあえず毛皮は剥いで利用するのは決定しているが、それ以外について、喧々囂々と議論が続いている。
内臓周りは腸が破れていることもあって使えないが、それでも虫除けや魔物避けに加工することが可能とのことで、そういう加工が得意な村落に送ることが決まった。
問題は骨や爪と、汚染されていない肉で、骨や爪を実用品に加工するか、工芸品として販売用に回すかで揉めているようだ。
そして肉は、灰と一緒に土中に埋めて魔力抜きをするとの主張に、時間がかかりすぎるので、灰と一緒に煮て、一気に魔力抜きをしようという意見が出ているのだ。
それぞれの意見の主張元は、厨房と食料保管の長なので、お互いにプライドが高く、妥協しないせいで、なかなか話が進まない。
まぁそれはそれとして、処理は進めないといけないので、一応吊るし解体を行うことは決まった。
その吊るしを、勇者一人に任せたのだ。
一般人だと十人ぐらいで吊り上げる必要があるが、勇者なら一人で吊り上げられるからな。
大変効率的なのだ。
「こいつを引っ張って来たのも俺なんだぞ」
「それだけお前が頼りになるってことだろうが」
「むう。明らかに乗せようとして言ったことがわかるのに、褒められて嬉しい」
「お前のそういうところはいいと思うぞ。嬉しいことは素直に喜ぶことが大事だ。ひねくれてしまうと、気持ちに柔軟さがなくなる。そうなると思考も固まって、面白みのない人間になるからな」
「狩りのときはさんざん叱りとばされたのに、今はこうやって褒めてくれる。師匠はそういうところ上手いよな」
失礼な。
俺がわざと勇者を掌の上で転がしているかのように言うのはやめろ。
そのときそのときに適切な指示を出しているだけだし、褒めるべきところを見つけたらとりあえず褒めているだけだ。
「黒鋼熊だけじゃなくて、普通の獣や鳥も、それに冬場の貴重な野草も採取して来ていただいて、感謝に堪えません。ほんに勇者さま方は立派な方々ですなぁ。うちの末の姫さまが聖女として同道してらっしゃるんだから、当たり前だろってうちのかみさんなんかは言うんですが、本当ですなぁ。女のそういうところにはかないませんや」
「古来、男は女に敵わないものさ」
「違いない!」
血なまぐさい作業場に、笑い声が沸き起こる。
少し異様な光景だが、冒険者として活動しているときにはよくあったことだ。
冒険者は、冒険の華やかな部分のみが語られるが、その本質は、泥臭い作業部分にある。
獲物を解体したり、得意先に顔つなぎをしたり、技能を持つ人間に教えを請うてさまざまな技能を身に着けたり、目に見えない部分で頑張ったことが、結局は評価に繋がるのだ。
勤めに馴染めない、社交性のない者が冒険者になると思われがちだが、本当は逆で、なんでも出来て、誰とでも交流出来る人間が、一番冒険者に向いているとすら言える。
そういう意味では、勇者は一番冒険者に向いていないタイプの人間だな。
「師匠、今俺に冷たい目を向けただろ、値踏みするような。やっぱり今日の働きが悪かったから見捨てるつもりなんだな?」
おっと、値踏みしていたのがバレてしまった。
こいつ本当に勘は無駄に鋭いよな。
「大丈夫だ。森で言っただろ。あのとき魔法を使う決断が出来たことは評価する、と」
「そ、そうか」
褒めると途端に照れるのは、実は自分に自信がないからなんだろうな。
勇者としての才能も実力も間違いないんだが、どうもメンタル面が安定しないところがある。
おそらくその部分は、自覚があるんだろう。
だから俺なんかに師事して、心の安定を保っているのだ。
あと、なぜだか知らんが、偉そうにしている相手が嫌いっぽいからな。
まぁ俺も好きじゃないが、それは身分の高い相手との付き合いが苦手なだけであって、個人に対してどうこう思ってはいない。
そういう意味では、俺はちょっとスレた大人の嫌な部分を持っているんだと思う。
ただ、勇者の権威に対する嫌悪感は、もっと感情的な部分から出ているようだ。
俺に師事したことと、権威嫌いは、実は根っこの部分では繋がっているんじゃないかと思っている。
まぁ根本的には不器用なんだと思うんだが、そういうのはなかなか変えられないし、変えてはいけない場合も多い。
勇者がこの先、個人で国や大聖堂と対等にやりあうつもりなら、上手くコントロールしなければならない部分だ。
俺は師匠として、教えられる限りの技術的なことはもはや教え切ったと言っていい。
後は、なんとかして、一人で歩き出す最初の一歩を踏み出させてやらなきゃならんのだろうな。
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