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第八章 真なる聖剣
887 課題の終わり
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草を採取するために土を掘ってみてわかったが、この土地の土は、しっとりとしていて、同時にふんわりとした感触だった。
デリケートな草ということなので、あの蔦の魔物が、わざわざこの土地を形成する土を管理しているのだろう。
普通なら、採取したはいいが、結局育たずに枯れてしまうタイプの植物だと思われる。
ただ、相手はあのアドミニス殿なので、なんらかの方法で育ててしまうのだろうな。
鉢植えを木箱に入れてがっちりと固定する。
これで少々動いても鉢植えは無事なはずだ。
「とりあえず目的は終わったぞ」
「さすが師匠、仕事が早い!」
お前の「さすが師匠」ほど価値のない褒め言葉を聞いたことがないぞ。
同じことを繰り返されると、たとえ褒め言葉でも段々腹が立って来るのは不思議なものだ。
なんというか、聞いた途端に殴りたくなるんだよな。
まぁさすがに、褒めただけで殴るのは酷い話なので、実行はしないが。
「ダスター、この子達、また眠ってしまう」
メルリルが、島で護り育てられている、ほのかな黄金の光を灯す花にそっと触れる。
ほわりと、光が散るように花びらが落ち、小さな珠がぷっくらと膨らむと、メルリルの手をすり抜けて大地の外へとダイブした。
種が水のなかへと沈む前に、うねうねと蔦がうごめきキャッチする。
あれは、食べているのか、それとも単に保管しているだけなのか。
もしくは、若葉いわく甘い特別性の魔力、とやらを吸い上げているのかもしれない。
さすがに種の行方までは追うことが出来なかった。
空を一部切り取っていた霧の壁が薄れ始める。
月が森の木々の向こうへと姿を隠そうとしていた。
月の光が薄れると共に、島に咲き誇っていた黄金の灯火のような花々もその全てが結実を終えて散り、後には、弱々しい葉っぱのみが残る。
なかには、葉っぱごと枯れてしまうものまであった。
思わず、自分が採取した草を確認したが、幸いなことに枯れてはいないようだ。
まだ若い個体だったのかもしれない。
「あっ」
「こいつ!」
ふいを突かれた形だった。
下のほうでうごめいていたはずの蔦が、金色の種を持っていた聖女を襲ったのだ。
いや、正確に言うと、別に害意はなかったのかもしれない。
まるで吸い寄せられるように種を持つ手元に迫った。
「種を手放せ!」
言うなり、俺も自分が持っていた金色の種を地面に落とす。
今回の課題は花をつける草を土ごと根っこから採取というだけで、種を持って帰れとは言われていない。
場所が場所だけに、不測の事態は避けるべきだった。
俺と聖女が手放した種を追って、蔦が下へと戻る。
若葉はとっくに種を手放していたので、蔦に襲われることはなかったようだ。
というか、若葉を襲っていたら、蔦のほうが危険だっただろう。
個人的には、この無害な魔物達にダメージを与えたくない。
蔦達は、種の収穫を終えると、また元のように湖全体にゆっくりと広がって行き、同時に水が引き始める。
「ダスター。水脈の位置が少し変わった。……みたい?」
メルリルが首をかしげながらそう報告してくれた。
「水を地下から汲み上げて地下へと戻すときに、同じ場所じゃなくて、違う場所へ戻しているのかもしれないな。地下がどんな風になっているのかわからないが、水の通る洞穴のような場所が、複雑に広がっているのかもしれない」
水脈がズレてしまう理由としては、そのぐらいしか推測出来ない。
もしかすると、もっと別の事情があるかもしれないが、地面の下のことなど、地上の俺達にわかるはずもなかった。
とりあえず、この蔦の魔物が関係していることは間違いないだろう。
汲み上げた水を島の上で育てている花に与えるために浄化、あるいは栄養を付与しているのだとしたら、その恩恵にあの集落の人達も預かっているということになる。
「この魔物はそっとしておこう。せっかく豊かな環境を作ってくれているんだ。少しぐらい人間がおこぼれに預かったとしても、気にはしないだろうしな」
「その考え方はおもしろいですね」
聖女が微笑んで言った。
「魔物の力を借りるなんて、大聖堂にいた頃には思いもしませんでした」
「師匠は考え方が柔軟なんだ。俺も、最近は少しわかって来たような気がする。完全に悪いものや完全に善いものってのは存在しないんだ。どんな存在も悪さや善さをうちに秘めている。結局のところ、俺達は人間の都合でものごとを判断するしかない」
「すごいな、お前は」
聖女の言葉を受けて自分なりの考えを告げた勇者に、俺は少し笑いながら言った。
「俺なんかそんな難しいことは考えたこともなかったよ。まぁ基本は好きか嫌いか、だな」
「好きか嫌いか……か。確かにそうだな」
勇者が明るい声で俺の言葉を復唱した。
「シンプルで俺向きだ!」
「う……」
勇者に他意はないのはわかっているが、なんとなく、勇者にとやかく言っていながら、俺もまた単純であると突きつけられたような気がする。
むむっ、違うぞ、ちゃんと考えているからな。
好きか嫌いかというのは、その考えた結果を元に判断しているんだからな!
言葉にするのはみっともないので言わないが、勇者と同列に並べられると、自分が情けない男になったような気がして来るのが不思議だ。
だって考えてみろ、勇者はまだ若くて、これからいくらでも世界を学んでいけるが、俺はもうものの考えかたが固まっちまっている。
その状態で、まだ考えの浅い勇者と同じだと言われてしまったら……傷つくだろ?
「ふう、とりあえず帰るか。時間が時間だし、話してあった通り、集落の納屋を貸してもらって休もう」
「はい! 藁で寝床を作るんですよね。楽しみです!」
俺が集落に戻ることを告げると、聖女が無邪気な発言をした。
ふう、なごむなぁ。
デリケートな草ということなので、あの蔦の魔物が、わざわざこの土地を形成する土を管理しているのだろう。
普通なら、採取したはいいが、結局育たずに枯れてしまうタイプの植物だと思われる。
ただ、相手はあのアドミニス殿なので、なんらかの方法で育ててしまうのだろうな。
鉢植えを木箱に入れてがっちりと固定する。
これで少々動いても鉢植えは無事なはずだ。
「とりあえず目的は終わったぞ」
「さすが師匠、仕事が早い!」
お前の「さすが師匠」ほど価値のない褒め言葉を聞いたことがないぞ。
同じことを繰り返されると、たとえ褒め言葉でも段々腹が立って来るのは不思議なものだ。
なんというか、聞いた途端に殴りたくなるんだよな。
まぁさすがに、褒めただけで殴るのは酷い話なので、実行はしないが。
「ダスター、この子達、また眠ってしまう」
メルリルが、島で護り育てられている、ほのかな黄金の光を灯す花にそっと触れる。
ほわりと、光が散るように花びらが落ち、小さな珠がぷっくらと膨らむと、メルリルの手をすり抜けて大地の外へとダイブした。
種が水のなかへと沈む前に、うねうねと蔦がうごめきキャッチする。
あれは、食べているのか、それとも単に保管しているだけなのか。
もしくは、若葉いわく甘い特別性の魔力、とやらを吸い上げているのかもしれない。
さすがに種の行方までは追うことが出来なかった。
空を一部切り取っていた霧の壁が薄れ始める。
月が森の木々の向こうへと姿を隠そうとしていた。
月の光が薄れると共に、島に咲き誇っていた黄金の灯火のような花々もその全てが結実を終えて散り、後には、弱々しい葉っぱのみが残る。
なかには、葉っぱごと枯れてしまうものまであった。
思わず、自分が採取した草を確認したが、幸いなことに枯れてはいないようだ。
まだ若い個体だったのかもしれない。
「あっ」
「こいつ!」
ふいを突かれた形だった。
下のほうでうごめいていたはずの蔦が、金色の種を持っていた聖女を襲ったのだ。
いや、正確に言うと、別に害意はなかったのかもしれない。
まるで吸い寄せられるように種を持つ手元に迫った。
「種を手放せ!」
言うなり、俺も自分が持っていた金色の種を地面に落とす。
今回の課題は花をつける草を土ごと根っこから採取というだけで、種を持って帰れとは言われていない。
場所が場所だけに、不測の事態は避けるべきだった。
俺と聖女が手放した種を追って、蔦が下へと戻る。
若葉はとっくに種を手放していたので、蔦に襲われることはなかったようだ。
というか、若葉を襲っていたら、蔦のほうが危険だっただろう。
個人的には、この無害な魔物達にダメージを与えたくない。
蔦達は、種の収穫を終えると、また元のように湖全体にゆっくりと広がって行き、同時に水が引き始める。
「ダスター。水脈の位置が少し変わった。……みたい?」
メルリルが首をかしげながらそう報告してくれた。
「水を地下から汲み上げて地下へと戻すときに、同じ場所じゃなくて、違う場所へ戻しているのかもしれないな。地下がどんな風になっているのかわからないが、水の通る洞穴のような場所が、複雑に広がっているのかもしれない」
水脈がズレてしまう理由としては、そのぐらいしか推測出来ない。
もしかすると、もっと別の事情があるかもしれないが、地面の下のことなど、地上の俺達にわかるはずもなかった。
とりあえず、この蔦の魔物が関係していることは間違いないだろう。
汲み上げた水を島の上で育てている花に与えるために浄化、あるいは栄養を付与しているのだとしたら、その恩恵にあの集落の人達も預かっているということになる。
「この魔物はそっとしておこう。せっかく豊かな環境を作ってくれているんだ。少しぐらい人間がおこぼれに預かったとしても、気にはしないだろうしな」
「その考え方はおもしろいですね」
聖女が微笑んで言った。
「魔物の力を借りるなんて、大聖堂にいた頃には思いもしませんでした」
「師匠は考え方が柔軟なんだ。俺も、最近は少しわかって来たような気がする。完全に悪いものや完全に善いものってのは存在しないんだ。どんな存在も悪さや善さをうちに秘めている。結局のところ、俺達は人間の都合でものごとを判断するしかない」
「すごいな、お前は」
聖女の言葉を受けて自分なりの考えを告げた勇者に、俺は少し笑いながら言った。
「俺なんかそんな難しいことは考えたこともなかったよ。まぁ基本は好きか嫌いか、だな」
「好きか嫌いか……か。確かにそうだな」
勇者が明るい声で俺の言葉を復唱した。
「シンプルで俺向きだ!」
「う……」
勇者に他意はないのはわかっているが、なんとなく、勇者にとやかく言っていながら、俺もまた単純であると突きつけられたような気がする。
むむっ、違うぞ、ちゃんと考えているからな。
好きか嫌いかというのは、その考えた結果を元に判断しているんだからな!
言葉にするのはみっともないので言わないが、勇者と同列に並べられると、自分が情けない男になったような気がして来るのが不思議だ。
だって考えてみろ、勇者はまだ若くて、これからいくらでも世界を学んでいけるが、俺はもうものの考えかたが固まっちまっている。
その状態で、まだ考えの浅い勇者と同じだと言われてしまったら……傷つくだろ?
「ふう、とりあえず帰るか。時間が時間だし、話してあった通り、集落の納屋を貸してもらって休もう」
「はい! 藁で寝床を作るんですよね。楽しみです!」
俺が集落に戻ることを告げると、聖女が無邪気な発言をした。
ふう、なごむなぁ。
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