上 下
778 / 885
第八章 真なる聖剣

883 小さな丘の上に降り立つ

しおりを挟む
 茂みは、よくある灌木のたぐいのように見える。
 いわゆる藪というやつだ。
 細い枝が複雑に絡み合い、小さな生き物に隠れ家を提供する上に、そういう生き物向けの実をつけたりするので、小鳥や野ネズミなどがうろうろしていることが多い。
 人間もベリーなどにはお世話になっている。
 じっと身を潜ませるのにも最適なので、なんだかんだ言って、冒険者にとっては有益な植物と言えるだろう。

「少し、枝が太いか」

 灌木は細い枝がカゴ状に絡み合っているものが多いのだが、今回見つけたものは、どちらかというと、太い蔦のたぐいに似ている感じがした。
 トゲも生えていない。
 緑に見えたのは、葉っぱではなく、蔦の表面を覆っている毛のようなもので、触れてみると少し硬い。
 毒があるといけないので、頑丈な革手袋越しだが、なんというか植物的ではない硬さだ。

「メルリル、これ、毒があるかどうかわかるか?」

 一応確認してみると、メルリルはそっと、いつもの古語のような言葉の歌を口ずさむ。
 風もないのにざわざわと茂みが揺れ、まるでメルリルと茂みが対話をしているように見えた。
 いや、実際に対話をしているのかもしれない。

「ええっと、毒と言えるような作用はないみたいなんですけど、魔力が高いですね。一種の魔物と言ってもいいかもしれません」
「植物系の魔物か」

 植物系の魔物は、変異することは少ないが、その土地に大きな影響を与えるものが多い。
 これもそのたぐいのものだろう。

「でも師匠、これが湖と関係しているようには見えないな」

 勇者がそう意見を述べる。
 魔物なら斬ろう、とならないのは成長を感じさせた。

「どうかな? 水脈に何らかの影響を与えているのは確かだし、もう少し調べてみる。アルフ達は、手分けして周辺に変わったところはないかチェックしてみてくれ」
「わかった」
「はい!」

 俺とメルリルは引き続き不思議な茂みのほうを、勇者達は周辺を調べることにした。
 毒はないと言っても魔物であるなら、普通の植物とは違う能力を持っているはずだ。
 メルリルが対話をしつつ、俺が詳しく調べる。

 この植物の魔物は、特に獲物を捕らえるために動いたりはしないようだ。
 特徴と言えば、独特の形で、茂みが真ん中だけ盛り上がっていて、そこは蔦ではなく、地面となっている。
 ようするに、中心部分だけ、地面に蔦が潜り込んで広い範囲を持ち上げているという形だ。
 それによく見ると、灌木の下部分は地面がかなり下がっていた。
 まるで蔦が地面を掘って、穴を開け、そこに寝床を作って横たわっているようにも見える。

「普通、魔物というのは大量の魔力を必要とするから、それを生き物を捕食することで補おうとするものだ。こいつは、その代わりに水のなかの魔力を濾し取って吸い上げているのかもしれないが、本当にそれだけで、この大きさの茂みを維持出来るのか?」
「でも、飢えは感じない。今は眠っているみたいだけど」
「眠っている?」
「うん。おそらく、この子は夜行性だと思う」

 メルリルの言葉は、アドミニス殿の言った、夜に月の光を浴びて咲く花のことを思い起こさせた。

「よし」

 俺は茂みをかき分けて中央部分に進んだ。
 硬い蔦は俺が踏んだぐらいではびくともしない。

「なるほど島だな」

 中央に近づくと、そこが丘のような大地になっていることがわかる。
 遠目から見ると、小さな丘の周りに藪があるというような風景にしか見えないが、どうやらこの植物の魔物が、真ん中に、外側から削った大量の土を集めているようだった。

「こうなると、登ってみるしかないよな」

 とは言え、登るための足がかりとなるものがなにもない。
 中央の丘の側面は、削ったように垂直で、手がかりとなる部分もないのだ。

「フォルテ」
「ピャッ?」

 半分寝ていたフォルテを起こす。

「翼を貸してくれ」
「ピュイ!」

 俺のなかに溶け込むようにフォルテが入り、背に、本来持たないはずの翼を感じる。
 ふわりと体を浮かせると、丘のてっぺんに降り立った。
 丘の上は、ふかふかの土がふんわりと盛り上がり、そこに淡い緑の葉っぱが揺れている。
 周囲の茂みを形成している蔦とは、明らかに種類が違う植物だ。

「メルリル。ここに周囲の茂みの植物とは違う種類の葉っぱがあって、やっぱりこの季節に青々としているんだが、どういう植物かわかるか?」
「ちょっと待って」

 俺の呼びかけに、メルリルは茂みの外側からふいに姿を消し、いきなり俺の傍らに姿を現した。
 風に乗ったんだろう。
 しかし、巫女メッセリの術というものは、魔法とは全く違うな。
 自分の魔力を使わないからか、全く察知が出来ない。
 森のなかで森人の集落がほかの勢力を寄せ付けない理由がよくわかる。

「……これ、普通の植物ではないけど、魔物と言っていいのかわからない。あえて言えば、精霊の宿る植物? あの、ミャアが大事にしていた聖地の花に似ている」
「むっ……」

 メルリルからの情報を受けて、俺はまだ一体化しているフォルテの視界を使ってみる。
 この不思議な丘の上に育っている植物には、独特の魔力が宿っているのが俺にもわかった。
 そして、確かに、それが魔物とは違う在り方を示していることもなんとなく理解出来る。

「不思議だ。植物なのに、閉じている。まるで、鉱物のように魔力を結晶化しているように見える」
「ダスターの目って不思議。とてもよく見えるのね」
「いや、俺からすればメルリルのほうが不思議だが……とりあえず下りるか」
「うん」

 俺達は、丘から下りて茂みの外側に戻る。
 俺達が丘にいる間、どうも茂みのほうから不穏な気配がしたのだ。
 攻撃的というよりは、嫌がっているような感じだ。
 もともと、攻撃的な魔物ではないのだろう。

「あれがそうかな?」
「可能性は高いと思う。でも、湖ではない……よね?」
「うーん。とりあえず夜を待つしかないか。幸い、今夜は月の力が強い夜だ。目的のものかどうか、すぐに結果が出るだろう」

 俺は、一見すると普通の地形にしか見えない、小さな丘と、その周囲をぐるりと囲む茂みを眺めた。
 あの茂みは地面を掘っているから、そこに水が溜まれば小さな湖ぐらいは出来るかもしれない。
 しかし、どういう理屈でそんなことになるのか、今の所さっぱりわからないな。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~

中島健一
ファンタジー
[ルールその1]喜んだら最初に召喚されたところまで戻る [ルールその2]レベルとステータス、習得したスキル・魔法、アイテムは引き継いだ状態で戻る [ルールその3]一度経験した喜びをもう一度経験しても戻ることはない 17歳高校生の南野ハルは突然、異世界へと召喚されてしまった。 剣と魔法のファンタジーが広がる世界 そこで懸命に生きようとするも喜びを満たすことで、初めに召喚された場所に戻ってしまう…レベルとステータスはそのままに そんな中、敵対する勢力の魔の手がハルを襲う。力を持たなかったハルは次第に魔法やスキルを習得しレベルを上げ始める。初めは倒せなかった相手を前回の世界線で得た知識と魔法で倒していく。 すると世界は新たな顔を覗かせる。 この世界は何なのか、何故ステータスウィンドウがあるのか、何故自分は喜ぶと戻ってしまうのか、神ディータとは、或いは自分自身とは何者なのか。 これは主人公、南野ハルが自分自身を見つけ、どうすれば人は成長していくのか、どうすれば今の自分を越えることができるのかを学んでいく物語である。 なろうとカクヨムでも掲載してまぁす

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ
ファンタジー
兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。 本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。 俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。 どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。 だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。 ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。 かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。 当然のようにパーティは壊滅状態。 戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。 俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ! === 【第16回ファンタジー小説大賞】にて一次選考通過の[奨励賞]いただきました

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。