上 下
764 / 885
第八章 真なる聖剣

869 語り継がれるべきこと

しおりを挟む
「し、しかし、そんな魔法使いが、なぜ我が城に? そう言えば先代のお抱え鍛冶師がどうとうかと、おっしゃっていましたか?」

 ロスト辺境伯は、お茶をぐいっと一気飲みすると、興奮したように矢継ぎ早に問いかけて来た。
 俺は勇者に視線を向けるが、勇者は手で、俺に行けと指示する。
 何が俺には無理だ、だ。
 話す前から諦めるな!

「ご城主さま。卑しい身で、直接口を開くことをお許しいただけますか?」

 仕方ないので、俺が直接話すこととなった。
 聖女までペコペコ頭を下げるので仕方ない。

「もちろんだとも。勇者殿が、共に苦難を分かち合った仲間とおっしゃったのだ。その言葉を無視したりはしない。何よりも、貴殿は我が客である。客として迎えた相手を身分で侮るようなことはせぬ」
「ありがとうございます」

 なるほど、ロスト辺境伯は身分差にあまりこだわりがない人物のようだ。
 もちろん、身分の低い使用人と直接口を利いたりはしないだろうが、使用人達からの評判もよかったしな。

「俺は見ての通り、もともとは冒険者なので、いろいろな立場の方と仕事をしています。そのおかげで、物事をわかりやすく説明することには、それなりに自信があります」
「ほう。それはありがたい。どうも話の全体が私には見えなくてな」

 ロスト辺境伯の立場からしてみればそうだよな。
 この方からしてみれば、娘と過ごしたいだけの話なのに、勇者がくっついて来るわ、鍛冶師見習いの少年を紹介されるわ、地下を塞いだことについて責められているような状況で、嫌な思い出を語らざるを得なくなって、精神的な消耗も大きいだろう。
 その上に地下に存在するのは呪いではなく、とんでもない魔法使いと来た。
 訳がわからなくなるのは当然だ。

「俺達が、少し話を急ぎすぎたようです。ときの経過を無視してバラバラに話をまとめようとしてしまったので、なおさら話がわかり辛くなったのです。俺達が経験したことを、実際に起きた順番で説明させていただきます」
「うむ」
「一年半ほど前でしたか、俺達はこのお城に滞在させていただきました」
「あのときは、私も少し焦りがあって、対応がよくなかったと反省している。いろいろあったが、お互いに遺恨なく、今後はよろしくお願いしたい」
「ありがたいお言葉です。こちらこそ、少々急ぎであったために、せっかくの親子の時間を短くしてしまい、申し訳なく思っておりました」
「うむ。ご配慮痛み入る」

 勇者や聖女がなんだかキラキラした目で俺を見ている。
 いや、今の段階はお互いにいろいろあったけど、恨みっこなしにしましょうって話をしているだけだぞ?
 アドミニス殿について何の説明もしていないからな?

「それで、改めまして、あのときに俺達に何が起こって、領外に出てしまったのか、ということをご説明いたします」
「よろしく頼む」

 たかだか冒険者に丁寧に対応してくれて、いい人じゃないか。
 やっぱり人とはある程度腹を割って話さないと、人柄なんかわからないものだよな。

「先程、ミュリアさま……お名前を呼ばせていただく栄誉を賜っておりますが、お嫌なら称号で呼ばせていただきますが?」

 聖女と呼ばれるのが嫌かもしれないと思って、あえて名前で呼んでみた。
 平民の所業ではないが、このぐらい寛容な人なら行けるんじゃないだろうか?

「うむ、もちろんだ。苦楽を共にした仲間であれば、ミュリアが助けられたことも多いのであろう? そのような相手と名で呼び合うのは当然だ」

 聖女が可愛らしい笑顔でうなずいている。
 あ、ロスト辺境伯がそんな聖女を微笑ましげに見ているぞ。
 ほのぼのとした、いい光景だな。

「それでは、失礼してミュリアさまとお呼びします。先程ミュリアさまがおっしゃっていた、幼い頃に発見した地下への秘密の通路に、ミュリアさまは滞在中に俺達を導いてくださいました。そこでお会いしたのが、アドミニス・ファイナル・ロスト殿です」
「ま、待て! その名は、かつての魔王の名。この王国では、口に出すのは少々憚られる名であるぞ」

 俺の説明に、ロスト辺境伯が慌てたように言う。

「その通りです。しかし、本人を前にして、その名を呼ばないというのは却って失礼でしょう。かつて魔王と呼ばれ、その後、この地の領主として封じられたアドミニス殿は、今もご存命なのです」
「……」

 ロスト辺境伯はしばし無言になり、目をつむり額に手を当てた。
 そしてハッとしたように目を開けると、俺に頭を下げる。

「すまない。少し、なんというか、動揺してしまって……」
「いえ、当然のことです。何しろ千年は昔の人物です。歴史上の偉人であり、世界を揺るがした……邪悪とも言われた方ですからね。まぁいきなりまだ生きてると言われても、信じられない話ですよね」

 俺をじっと見つめていたロスト辺境伯だが、やがて、重い息を吐いた。

「本当の、こと、なのだな?」
「はい。それと、少々、愚考することもございまして」
「こうなったら遠慮などいらぬ。思ったことは全部言って欲しい」
「は。その、先代までは、あの方、アドミニス殿の存在を、この地の領主となる方はご存知であったのではないかと思うのです。それがなぜか今代の、ご城主さまには引き継がれていないのではないか、と」

 俺が常々疑問に思っていたことを思い切って尋ねると、ロスト辺境伯はうなずいた。

「先代領主殿は、突然亡くなったのだ。幸いにも、次代の指名は成されていて、皆が既に納得済みであったから、引き継ぎは滞りなく行われたが、本来口伝のように語り継がれなければならないものに取りこぼしがあったやもしれないとは、思っていた。本来は、実子が継ぐものだから、親は子に幼い頃から必要なことは教えて行く。それが、私の代では途切れてしまったのだ」

 なるほど。
 ずっとおかしいとは思っていたんだ。
 城の地下などという、領主の近くにアドミニス殿がいて、領主がそれを知らないということが起きるはずがない。
 先代が早逝したことと、跡継ぎが実子ではなかったことで、引き継ぎがうまく行われなかったんだな。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。