762 / 885
第八章 真なる聖剣
867 呪詛の王
しおりを挟む
「能力に気づいたきっかけは、ささいなことでした。幼い頃、私は母の周りにいつも黒い蛾のようなものが飛び回っているのを見て、なんとか追い払おうと苦心していたのです。しかし、母も、母付きの侍女も、そんな蛾はいなと言うのです。そのうち、父が私をこっそり部屋に呼んで言いました。母は父を怖がっていて、その不安が私の目には見えているようだというような話です。最初、私はそのような話を信じませんでした。何しろ父は、昔からどこかおかしい人でしたからね」
うーんまぁ、確かにブロブ殿は、控えめに言って、正気に見えないところがあるからな。
だがまぁ未来が見えているとなると、仕方ないことだと思う。
想像でしかないが、おそらくあの方には、今と未来が重なるように見えているのではないだろうか。
そんな状態で、正気を保っていることのほうが難しいような気がする。
「ところが、ある日のことでした。従兄弟殿が私に向けて気持ちの悪い黒い泥のような怪物を放って来るのです。幼かった私は、泣きながら怪物を追い払おうとしましたが、怪物は私を捕まえて食べようとして来ます。その後の記憶は曖昧ですが、一緒にいた者によると、私は悲鳴を上げて気絶したそうです」
俺達はすっかりシンとしてロスト辺境伯の話を聞き入った。
なんともヘビーな過去だ。
「気づくと真っ暗で、枕元に父がぼんやりと立っていました。悲鳴を上げそうになる私の口をさっと封じた父は、言いました『ダメだダメだ、なっていない。このままでは運命が真っ逆さまに落っこちる。取り返しがつかない。愚か者め』と。そして私に言い聞かせたのです。お前に見えているものはお前にしか見えない。どんなに恐ろしくても、お前が自分で対処方法を考えるしかないのだ。こればっかりは他人には頼れないのだ、と」
ロスト辺境伯の顔色が悪い。
当時のことを思い出したのかもしれなかった。
「それからの私は、自分に見えているソレが何であるかを突き止めることと、それをどうすればいいのか、ということを考えることに全てを注いだと言っていいでしょう。やがて、私はそれがなんらかの悪意であり、怖ろしい見た目であればあるほど、相手の恨みは大きいのだ、と理解するに至ったのです。私はこれを呪詛と呼ぶようになりました」
「呪詛、ね」
勇者は少し面白そうな顔をしてその話を聞いている。
いや、楽しそうに聞くような内容ではないと思うんだが。
あ、もしかして、あの死鬼のことを思い出しているのか?
他人の苦しんだ過去の話をそんな顔で聞いていると、誤解されるぞ。
「お父さま。それでは、その、お父さまの従兄弟の方は、お父さまを恨んでいた、と?」
「ああ。当時、私は知らなかったが、先代の領主だった叔父上は、本来の跡継ぎであった父の血統に領主を戻すとして、私を跡継ぎに指名していた。そのせいで、従兄弟殿は、私に恨みを抱いていたようだ。その後、それを理解した私は、今度は従兄弟殿の長子を次の領主とすると約束をすることで、恨みをやわらげた」
「面倒くさいな」
勇者が顔をしかめつつ、そう感想を漏らした。
まぁでも、跡継ぎ問題は、貴族だけじゃなく、庶民でもよくある問題なんだよな。
下手すると血みどろの争いが起きるんで、子どもに引き継ぐ財産があるような家は、総じて跡継ぎ問題で苦労しているようだ。
しかしロスト辺境伯は、その跡継ぎについてのゴタゴタを聞くと、立場的に、かなり恨みを買っていただろうから、他人の恨みが見えるというのは、きつかっただろうな。
「そうして、私が自分の能力をある程度理解し、利用することも覚えた頃だった。城の地下の噂を聞いたのは」
話がいよいよ本題に入って来た。
「当時は私は単なる領主の親族であり、城に住んではいなかった。跡継ぎ問題で少々気まずい思いもあったので、ほとんど城には近づかないようにしていた、ということもある。ただ、城の地下には偉大な者が住んでいるというものと、怖ろしい化け物が棲んでいるというものと、全く違う噂を聞いて、好奇心を抱いてはいた。そこで、領主になってすぐに、噂を確かめるために地下に降りたのだ」
あ、なんとなく話が見えて来た。
城の地下にはアドミニス殿がいるが、俺達が訪ねるまで、アドミニス殿はドラゴンの呪いを一身に受けていたはずだ。
「地下には、濃密な闇が渦巻いていて、光すら何も照らすことが出来ないありさまだった。一歩降りるたびに呼吸が苦しくなり、まるで闇色の水のなかに沈んでいくようであった。それでも、意地だけで私は地下へと降りた。すると、そこに想像したこともないようなおぞましい化け物がギラギラと目を光らせていたのだ。その全身から毒を振り撒き、カチカチと牙を鳴らして、私をじいっと見つめていた。私は、転げるように地下から逃げ出すと、大急ぎで地下への通路を封鎖させたのだ」
うわあ。
そうか、それはとんでもない災難だったな。
正直、生きたドラゴンも気を失いそうな威圧感があったが、あの気配が全て呪いとして押し寄せて来たとしたら? ……想像したくもない。
今はすでにアドミニス殿に掛けられたドラゴンの呪いは解かれているが、アレが実際に見えていたとしたら、常識的に考えれば、そりゃあ、封印するよな。
うーんまぁ、確かにブロブ殿は、控えめに言って、正気に見えないところがあるからな。
だがまぁ未来が見えているとなると、仕方ないことだと思う。
想像でしかないが、おそらくあの方には、今と未来が重なるように見えているのではないだろうか。
そんな状態で、正気を保っていることのほうが難しいような気がする。
「ところが、ある日のことでした。従兄弟殿が私に向けて気持ちの悪い黒い泥のような怪物を放って来るのです。幼かった私は、泣きながら怪物を追い払おうとしましたが、怪物は私を捕まえて食べようとして来ます。その後の記憶は曖昧ですが、一緒にいた者によると、私は悲鳴を上げて気絶したそうです」
俺達はすっかりシンとしてロスト辺境伯の話を聞き入った。
なんともヘビーな過去だ。
「気づくと真っ暗で、枕元に父がぼんやりと立っていました。悲鳴を上げそうになる私の口をさっと封じた父は、言いました『ダメだダメだ、なっていない。このままでは運命が真っ逆さまに落っこちる。取り返しがつかない。愚か者め』と。そして私に言い聞かせたのです。お前に見えているものはお前にしか見えない。どんなに恐ろしくても、お前が自分で対処方法を考えるしかないのだ。こればっかりは他人には頼れないのだ、と」
ロスト辺境伯の顔色が悪い。
当時のことを思い出したのかもしれなかった。
「それからの私は、自分に見えているソレが何であるかを突き止めることと、それをどうすればいいのか、ということを考えることに全てを注いだと言っていいでしょう。やがて、私はそれがなんらかの悪意であり、怖ろしい見た目であればあるほど、相手の恨みは大きいのだ、と理解するに至ったのです。私はこれを呪詛と呼ぶようになりました」
「呪詛、ね」
勇者は少し面白そうな顔をしてその話を聞いている。
いや、楽しそうに聞くような内容ではないと思うんだが。
あ、もしかして、あの死鬼のことを思い出しているのか?
他人の苦しんだ過去の話をそんな顔で聞いていると、誤解されるぞ。
「お父さま。それでは、その、お父さまの従兄弟の方は、お父さまを恨んでいた、と?」
「ああ。当時、私は知らなかったが、先代の領主だった叔父上は、本来の跡継ぎであった父の血統に領主を戻すとして、私を跡継ぎに指名していた。そのせいで、従兄弟殿は、私に恨みを抱いていたようだ。その後、それを理解した私は、今度は従兄弟殿の長子を次の領主とすると約束をすることで、恨みをやわらげた」
「面倒くさいな」
勇者が顔をしかめつつ、そう感想を漏らした。
まぁでも、跡継ぎ問題は、貴族だけじゃなく、庶民でもよくある問題なんだよな。
下手すると血みどろの争いが起きるんで、子どもに引き継ぐ財産があるような家は、総じて跡継ぎ問題で苦労しているようだ。
しかしロスト辺境伯は、その跡継ぎについてのゴタゴタを聞くと、立場的に、かなり恨みを買っていただろうから、他人の恨みが見えるというのは、きつかっただろうな。
「そうして、私が自分の能力をある程度理解し、利用することも覚えた頃だった。城の地下の噂を聞いたのは」
話がいよいよ本題に入って来た。
「当時は私は単なる領主の親族であり、城に住んではいなかった。跡継ぎ問題で少々気まずい思いもあったので、ほとんど城には近づかないようにしていた、ということもある。ただ、城の地下には偉大な者が住んでいるというものと、怖ろしい化け物が棲んでいるというものと、全く違う噂を聞いて、好奇心を抱いてはいた。そこで、領主になってすぐに、噂を確かめるために地下に降りたのだ」
あ、なんとなく話が見えて来た。
城の地下にはアドミニス殿がいるが、俺達が訪ねるまで、アドミニス殿はドラゴンの呪いを一身に受けていたはずだ。
「地下には、濃密な闇が渦巻いていて、光すら何も照らすことが出来ないありさまだった。一歩降りるたびに呼吸が苦しくなり、まるで闇色の水のなかに沈んでいくようであった。それでも、意地だけで私は地下へと降りた。すると、そこに想像したこともないようなおぞましい化け物がギラギラと目を光らせていたのだ。その全身から毒を振り撒き、カチカチと牙を鳴らして、私をじいっと見つめていた。私は、転げるように地下から逃げ出すと、大急ぎで地下への通路を封鎖させたのだ」
うわあ。
そうか、それはとんでもない災難だったな。
正直、生きたドラゴンも気を失いそうな威圧感があったが、あの気配が全て呪いとして押し寄せて来たとしたら? ……想像したくもない。
今はすでにアドミニス殿に掛けられたドラゴンの呪いは解かれているが、アレが実際に見えていたとしたら、常識的に考えれば、そりゃあ、封印するよな。
1
お気に入りに追加
9,276
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
転生したら守護者?になり称号に『お詫び』があるのだが
紗砂
ファンタジー
ある日、トラックに轢かれ死んだ都木涼。
そんな都木の目の前に現れたのは転生神だと名乗る不審者。
転生神)『誰が不審者じゃ!
わしは、列記とした神で…』
そんな不審……痛い奴……転生神のミスにより記憶があるまま転生してしまった。
転生神)『す、スルーしたじゃと!?
しかもミスしたなどと…』
しかもその世界は、なんと剣と魔法の世界だった。
ステータスの職業欄は何故か2つあるし?つきだし……。
?って何だよ?って!!
転生神)『わし知らんもん。
わしはミスしとらんし』
そんな転生神によって転生させられた冒険者?のお話。
転生神)『ほれ、さっさと読ん……』
コメディー&バトルファンタジー(のつもり)スタートです!
転生神)『何故無視するんじゃぁぁ!』
転生神)『今の題は仮じゃからな!
題名募集中じゃ!』
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。