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第八章 真なる聖剣

867 呪詛の王

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「能力に気づいたきっかけは、ささいなことでした。幼い頃、私は母の周りにいつも黒い蛾のようなものが飛び回っているのを見て、なんとか追い払おうと苦心していたのです。しかし、母も、母付きの侍女も、そんな蛾はいなと言うのです。そのうち、父が私をこっそり部屋に呼んで言いました。母は父を怖がっていて、その不安が私の目には見えているようだというような話です。最初、私はそのような話を信じませんでした。何しろ父は、昔からどこかおかしい人でしたからね」

 うーんまぁ、確かにブロブ殿は、控えめに言って、正気に見えないところがあるからな。
 だがまぁ未来が見えているとなると、仕方ないことだと思う。
 想像でしかないが、おそらくあの方には、今と未来が重なるように見えているのではないだろうか。
 そんな状態で、正気を保っていることのほうが難しいような気がする。

「ところが、ある日のことでした。従兄弟殿が私に向けて気持ちの悪い黒い泥のような怪物を放って来るのです。幼かった私は、泣きながら怪物を追い払おうとしましたが、怪物は私を捕まえて食べようとして来ます。その後の記憶は曖昧ですが、一緒にいた者によると、私は悲鳴を上げて気絶したそうです」

 俺達はすっかりシンとしてロスト辺境伯の話を聞き入った。
 なんともヘビーな過去だ。

「気づくと真っ暗で、枕元に父がぼんやりと立っていました。悲鳴を上げそうになる私の口をさっと封じた父は、言いました『ダメだダメだ、なっていない。このままでは運命が真っ逆さまに落っこちる。取り返しがつかない。愚か者め』と。そして私に言い聞かせたのです。お前に見えているものはお前にしか見えない。どんなに恐ろしくても、お前が自分で対処方法を考えるしかないのだ。こればっかりは他人には頼れないのだ、と」

 ロスト辺境伯の顔色が悪い。
 当時のことを思い出したのかもしれなかった。

「それからの私は、自分に見えているソレが何であるかを突き止めることと、それをどうすればいいのか、ということを考えることに全てを注いだと言っていいでしょう。やがて、私はそれがなんらかの悪意であり、怖ろしい見た目であればあるほど、相手の恨みは大きいのだ、と理解するに至ったのです。私はこれを呪詛と呼ぶようになりました」
「呪詛、ね」

 勇者は少し面白そうな顔をしてその話を聞いている。
 いや、楽しそうに聞くような内容ではないと思うんだが。
 あ、もしかして、あの死鬼リッチのことを思い出しているのか? 
 他人の苦しんだ過去の話をそんな顔で聞いていると、誤解されるぞ。

「お父さま。それでは、その、お父さまの従兄弟の方は、お父さまを恨んでいた、と?」
「ああ。当時、私は知らなかったが、先代の領主だった叔父上は、本来の跡継ぎであった父の血統に領主を戻すとして、私を跡継ぎに指名していた。そのせいで、従兄弟殿は、私に恨みを抱いていたようだ。その後、それを理解した私は、今度は従兄弟殿の長子を次の領主とすると約束をすることで、恨みをやわらげた」
「面倒くさいな」

 勇者が顔をしかめつつ、そう感想を漏らした。
 まぁでも、跡継ぎ問題は、貴族だけじゃなく、庶民でもよくある問題なんだよな。
 下手すると血みどろの争いが起きるんで、子どもに引き継ぐ財産があるような家は、総じて跡継ぎ問題で苦労しているようだ。

 しかしロスト辺境伯は、その跡継ぎについてのゴタゴタを聞くと、立場的に、かなり恨みを買っていただろうから、他人の恨みが見えるというのは、きつかっただろうな。

「そうして、私が自分の能力をある程度理解し、利用することも覚えた頃だった。城の地下の噂を聞いたのは」

 話がいよいよ本題に入って来た。

「当時は私は単なる領主の親族であり、城に住んではいなかった。跡継ぎ問題で少々気まずい思いもあったので、ほとんど城には近づかないようにしていた、ということもある。ただ、城の地下には偉大な者が住んでいるというものと、怖ろしい化け物が棲んでいるというものと、全く違う噂を聞いて、好奇心を抱いてはいた。そこで、領主になってすぐに、噂を確かめるために地下に降りたのだ」

 あ、なんとなく話が見えて来た。
 城の地下にはアドミニス殿がいるが、俺達が訪ねるまで、アドミニス殿はドラゴンの呪いを一身に受けていたはずだ。

「地下には、濃密な闇が渦巻いていて、光すら何も照らすことが出来ないありさまだった。一歩降りるたびに呼吸が苦しくなり、まるで闇色の水のなかに沈んでいくようであった。それでも、意地だけで私は地下へと降りた。すると、そこに想像したこともないようなおぞましい化け物がギラギラと目を光らせていたのだ。その全身から毒を振り撒き、カチカチと牙を鳴らして、私をじいっと見つめていた。私は、転げるように地下から逃げ出すと、大急ぎで地下への通路を封鎖させたのだ」

 うわあ。
 そうか、それはとんでもない災難だったな。
 正直、生きたドラゴンも気を失いそうな威圧感があったが、あの気配が全て呪いとして押し寄せて来たとしたら? ……想像したくもない。

 今はすでにアドミニス殿に掛けられたドラゴンの呪いは解かれているが、アレが実際に見えていたとしたら、常識的に考えれば、そりゃあ、封印するよな。
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