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第八章 真なる聖剣

859 冬の食料事情

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 俺が酒場で情報収集した翌日。
 鍛錬が終わっても聖女が俺達と合流しなかったので、モンクとルフを残して一度狩りに出た。
 冬場は、獲物が獲れる期間は短いので、天候がいい日は出来るだけ食料調達にいそしみたいのだ。
 酒場で仲良くなった使用人のおっちゃんや厨房のおやっさんとはすっかり打ち解けて、獲物を楽しみにしているが、もし獲れなくても気にするなと言ってもらえた。

 勇者などは逆に「絶対獲って来るからな!」と、張り切ってしまったが。

「全然見つからないぞ」
「お前がうるさいからだ」

 勇者が張り切るとろくなことはない。
 鍛錬でだいぶコントロール出来るようになったとは言え、もとの魔力の桁が違うのだ。
 ちょっと感情が高ぶると、周辺に影響を及ぼしてしまう。
 メルリルなど「精霊メイスが酔っ払ったみたいになっちゃってて……」と、申し訳無さそうにしていた。
 
 俺達がそんな風にグダグダやっている間に、聖騎士がなにやら引きずって来た。

「鹿の魔物でしょうか?」

 大人二人分ぐらいの大きさの、白と茶のブチの鹿だ。

「よく狩れたな。これは幻鹿と呼ばれている鹿の魔物だ。保有魔力は少なめなんで、魔力抜きがわりと楽なんだ」
「と、いうことは食べられますか?」
「少し手間をかければ大丈夫だ。けっこう人気なんだぞ。なかには珍味として魔力を残したまま食べる地方もあるぐらいだ」
「うそだろ」

 聖騎士に獲物について説明していると、勇者がげんなりとした顔で呟いた。
 以前死にかけて以来、魔物を食べることには抵抗があるようだ。
 魔物食に関しては、魔力のない大多数の人間にとっては、ちょっと腹を下したりする刺激的な食べ物、で済む場合が多い。
 まぁ基本、魔力抜きをするんだが、こういう、魔力が肉にはあまりない魔物の場合は、ビリッとしたしびれが全身を駆け抜ける感じが、刺激的でいい、という物好きがいたりするのも本当だ。

「しかしこいつは、風景に溶け込んでしまうという特性があって、なかなか狩れない魔物なんだ。お手柄だぞ、クルス」
「ありがとうございます」

 聖騎士は嬉しそうにしている。
 勇者が悔しそうにしているのに気づいた聖騎士は、「私は勇者の騎士なので、勇者が狩ったのと同じですよ。それとも部下の活躍を受け入れられないほど狭量なのですか?」などと珍しく煽っていた。

 ああいや、あれは煽ってるのではなくて、本気でそう思っているんだな。
 勇者もそれを理解しているので、言い返すことも出来ない。

 ということで、その日は大物が獲れたので、午後早くに戻って厨房のおやっさんに喜ばれた。
 幻鹿ぐらいの魔物なら、土に半日程度埋めておくだけで魔力抜きも出来るし、肉の量もたっぷりあるので、冬ごもりの間の食料事情が大きく改善されたこととなる。

 ちなみに大きな鹿の魔物を担いで城へと戻る聖騎士を見つけた子ども達が、「勇者さま!」「さすが勇者さまだ!」などと言いながらつきまとっていた。
 勇者の悔しさがいや増したようだ。

「明日は俺が獲る!」
「明日はなしだ」
「なんでだよ!」
「あの雲の色と位置を見てみろ。ああいうときには翌日は雪が降る」

 俺達の話を聞いていた使用人の男が、「そろそろ雪が積もる時期になったのかもなぁ」などと言っていたので、勇者が焦りだす。
 狩りで挽回するチャンスがなくなるとでも思っていたんだろう。
 面白いからそのままにしておいた。

 部屋に戻ると、聖女とモンク、そしてルフが出迎えてくれる。

「寒かったでしょう? あたたかいものを持って来ていただきますね」

 と、聖女。
 茶なら自分で淹れられるから断ろうかと思ったが、たまには客人としての振る舞いも大事だろうと思って頼んだ。
 聖女が嬉しそうなのでよしとしよう。

「両親とゆっくりと過ごせているか?」

 さすがに気になるのか、勇者が尋ねる。

「はい。おかげさまで。あ、あの。みなさんをお迎えしての晩餐会は明日行うそうです。お待たせして申し訳なかったとお父さまもおっしゃっていました」
「それはよかった」
「はい。それと、冬越しのこともそれとなく話したのですが、お父さまもお母さまも、もう決まっていたことのような態度でしたので、わたくし達がどうこう言う余地はなかったように思えます」
「まぁ貴族なら普通のことだな。だいたい申し出た時点で、断られることなど考えてもいないからな」

 勇者の言葉には、辛辣さも垣間見えるが、聖女は特に気にする様子はなかった。
 勇者の口の悪さにはすっかり慣れたようだ。

 やがて、部屋にあたたかいスープと、卵をたっぷり使ったキッシュが届けられる。
 キッシュという料理は大公国発祥で、卵と乳を使うので、あまり我がミホム王国では食べることは出来ない。
 ミホムには、牛を養っている牧場がほとんどないのだ。
 山羊からも乳は絞れるが、量が少なく、加工したものが出回ったりはしていない。

「牛を育てているのですか?」

 俺は料理を運んで来た侍女に尋ねた。

「ええ、まだ番が二組いるだけなんですけどね」

 少しだけ誇らしげに、侍女は答えてくれる。
 ふむ、これはもしかすると、客人があまり気を使わなくても、冬越しの食料ぐらいはあるという、やんわりとした主張なのだろうか?
 まぁでも、スープもキッシュも大変美味しかったので、明日はきちんとお礼を言わなくてはな。
 勇者にしっかりと言い聞かせておこう。
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