上 下
726 / 885
第八章 真なる聖剣

831 疲れたら休むのも大事

しおりを挟む
 結局のところ、聖女の祖父であるブロブ爺さんは、俺達のためにロスト伯宛に一筆書いて渡してくれた。

「人間誰しも泣き所はあるものよ」

 と、ニヤリと笑いながら。
 ほんと、それ怖いから止めてください。
 ルフなんて、爺さんがいなくなった途端、すっかり当てられて熱を出してしまったじゃねえか。

「この熱は、心身の疲労を体内で処理しようとして、負荷がかかりすぎた結果ですね。わたくしも少しサポートしますけど、体内で処理出来る部分は処理してもらったほうが、身体が負荷に強くなるので、癒やしの魔法は少しだけです。今は眠るのが一番ですよ」

 ケガや呪詛だけでなく、病気にも明るい聖女が、やさしく微笑みながらそう言ったので、ルフは真っ赤になりながら「はい……」と、消え入りそうな声で答えて、すぐに寝てしまった。
 いろんなことがあったからなぁ、そりゃあ子どもには負担が大きすぎたわ。
 俺ももっと気をつけておくべきだったな。

「むう、ルフには悪いことをした。もっと見ておいてやるべきだった」

 俺の考えと似たようなことを口にしたのは勇者だ。
 うん、頼もしくなって来たな。

 勇者には、この一行のリーダーであるという認識は一応頭にはあるらしいんだが、リーダーたらんとする自覚がなかったんだよな。
 最近は仲間達に気を配れるようにもなってきたようだし、変わらないようでも、きっちり成長していると感じられる。

「ルフのことを考えると、もう一泊ぐらいしたほうがいいか?」

 俺がそう提案すると、聖女はうなずく。

「そうですね。この後も長旅になりますし、休めるところでは休んだほうがいいでしょう」

 心身のケアの専門家でもある聖女の意見に反対する者もなく、俺達は、いつの間にか、すっかり俺達担当になっているノルフェイデさんにその旨を伝えた。
 すると、ノルフェイデさんは、嬉しそうにすぐに了承してくれる。

「以前もお伝えしたと思いますが、ここは皆さんの家も同然です。いつ訪れてもかまいませんし、いつまで過ごしてもよろしいのです。むしろずっといてくださると、聖者さま始め、ここに住む者達が喜びますわ」
「あの……」

 そのとき、普段は滅多に他人に話しかけない聖騎士が、珍しくノルフェイデさんに声をかけた。

「なんでしょう?」

 ノルフェイデさんはにっこりと笑って、聖騎士に言葉を促す。

「以前、私共が預けた馬達は、元気でしょうか?」

 どうやら馬のことが気になったようだ。
 そう言えば、山越えするからと、ここに預けて行ったんだったな。

「はい。ここには騎士の方も多いので、立派な厩舎や馬場もあります。皆様方からお預かりした馬達は、大切にお世話させていただいています」
「……そうか」
「クルス」

 どこかホッとしたような聖騎士だったが、その背に勇者が言葉を投げた。

「氣になるなら会いに行ってやれ。ええっと、お前の馬の……なんだっけ? ネイ?」
早足ネイズです」

 勇者の呼び間違いに素早く修正を入れる。
 そう言えば、騎士は自分の愛馬に名前をつけるんだったか。
 ノルフェイデさんは、微笑ましそうに聖騎士と勇者のやりとりを見ていたが、「それなら今から会いに行かれますか? 今の時間なら馬場にいるでしょう」と言ってくれた。

「そうだな。よし、俺も付き合おう。俺の馬も一緒にいるんだろ?」
「ええ、もちろんです」

 勇者が珍しく気を使う。
 いや、あの顔は、自分も楽しみにしている感じだな。
 なんだかんだ言って、勇者も自分の愛馬に会いたいのだろう。

「それでは」
「行って来る!」

 二人がそう言って、部屋を出ようとするのへ、俺はふと思い出して、聖騎士に尋ねた。

「ミハルには、会ってやらないのか?」

 ミハルは、東方の央国の生まれで、いろいろあって聖騎士の弟子になった少女だ。
 今は、ここ大聖堂の正面の橋の前に広がる、門前町にある道場の内弟子となり、騎士を目指して修行している。

「今会うと甘えが出てしまうかもしれません。本人も中途半端な姿を見せたくはないでしょう。今回は会わずにいようと思います」

 聖騎士はそう言って微笑んだ。
 まぁ言いたいことはわかるが、馬にはいそいそと会いに行ったのに、弟子には会いに行かなかったとか、知られたら拗ねるんじゃないか?
 ミハルという少女は、騎士を目指すと言いつつも、その感性は普通の女の子だった。
 恨まれても知らんからな。

 さて、ルフが寝て、勇者と聖騎士が馬場に行ってしまって、現在部屋にいるのは、俺以外は全員女性という気まずい状態だ。

「ピャ」
「いや、別にお前の存在を忘れた訳じゃないぞ?」
「ダスター?」

 俺の様子に何かを感じたのか、メルリルがすっと寄って来た。

「ああいや、久々に時間のかかる焼き菓子でも作ってみようかと思ってな」
「素敵。私も手伝う」
「そうだな、助かる」

 ちらりと聖女とモンクを見ると、お気に入りのクッションを抱えて、リラックスした状態で、話をしている。

「調理場にいる」

 そう伝えると、二人共、嬉しそうに応援してくれた。
 むむっ、期待されているとなると、力の入ったものを作らないとな。

 出港前に市場で購入した、すっぱみのある果実を使うことにした。
 大聖堂には水が潤沢にあるので、食材を水で洗うという贅沢も出来る。
 一個一個丁寧に水洗いした。
 
「それ、とてもすっぱい果物だけど、お菓子に使って大丈夫?」

 メルリルが不安そうに見るが、笑って安心させる。
 そのメルリルには、小麦粉を適量計って、目の細かいザルを使ってふるいにかけるように頼み、その間にすっぱい果物の皮を細かく削ぎ落とす。
 さわやかないい香りが漂い、メルリルもにっこりと笑った。

 削いだ皮をそのまま、卵や砂糖と混ぜる。
 かなりの贅沢だな。
 その間に鍋に湯を沸かし、鍋に入れた小さな容器にバターを入れて溶かしておく。
 皮を剥いた果実の実のほうを、布に包んで絞り、溢れ出た果汁は溶けたバターに混ぜた。
 その間に、俺が作っておいた卵と果物の皮などのどろっとした材料に、メルリルが振り分けた、細かい小麦を混ぜて行ってもらう。

「綺麗に混ざった」

 嬉しそうにそう告げるメルリルを褒め倒し、その上から溶けたバターと果汁を混ぜたものをゆっくり垂らしながらさらに混ぜる。
 あとは金属の型に入れて焼くだけだ。
 焼けたものの表面に、さらに果汁を薄く塗り、干しナツメを薄切りにしたものを乗せて、出来上がり。

 出来上がった頃には、聖騎士や勇者も戻って来ていて、匂いに目覚めたらしいルフも交えて、少し苦味のあるお茶と合わせて食べてもらった。

 ルフが「何かお祝いごとですか?」と聞いて来たのはちょっと可笑しかったが、全員に好評だったようだ。
 ちゃっかり、フォルテと若葉も要求して来たので、久々に全員でのお茶となった。
 たまにはこういう時間も必要だな。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。