720 / 885
第八章 真なる聖剣
825 本来の目的へ
しおりを挟む
勇者はしばし考えて船長に告げた。
「わかった。まずは帝国の港に向かおう。だが、停泊はするな」
「と、申しますと?」
「大聖堂の騎士共に海賊を捕縛させると、下手するとそのまま罪が許されてしまう。あそこは国々の法の外の世界だ。今回の件を任せる訳にはいかない。だから帝国の兵士に海賊の捕縛を任せる」
「なるほど!」
船長は、その理由を聞いて、さすが勇者と、膝を打って感心する。
そして、心の重荷を下ろしたような顔で、仕事に戻った。
「本気か?」
だが、ことの事情を知る俺は、当然勇者に尋ねる。
今回の海賊騒ぎ、どうも帝国が関わっている臭いのだ。
「帝国と海賊が繋がっていたのは、ほぼ間違いないぞ」
なにしろ、このアジトの場所からして、帝国の沖合である。
潔白なら、そんな近くに海賊などという危険な連中が住み着いていれば、すぐに討伐するはず。
それを放置しているのは、自分達の利益は侵されないという確信があるからだ。
「わかっている。だからだ」
「ほう?」
「帝国には、俺の署名付きの要請を行う。神の怒りに触れし海賊共を行動不能にして、船で貴国の近海に放置してある。ただちに捕縛して、その罪を暴け。暴ききらぬときには、貴国もまた、海賊と共に悪しき行いを成したものとして、必ず断罪を行うであろう。とな」
こいつ真顔で何言ってるんだ?
海賊の罪を暴ききったということを証明出来ない限り、帝国は勇者の断罪を怖れ続けなければならない。
帝国の内部は、さぞや大荒れに荒れるだろう。
「それは、勇者がお前の国を叩きのめすぞ、という宣戦布告か?」
「相手はそう受け取るだろうな」
勇者はニヤニヤと笑っている。
「そこへ大公国が手を差し伸べる」
「ん?」
「共同で調査をしませんか? とな。受け入れれば、帝国の行いを大公国が証明してくれる。本来、お互いに嫌い合っている間柄だ。その関係性から競争意識が芽生えて、相手の調査の穴を指摘し合うに違いない」
「海洋公だけでなく、大公陛下まで巻き込むのか?」
「これだけ被害が出れば、国が乗り出すべき問題だろ? 他国に拠点のある海賊が自国を荒らしていたんだぞ? もはや侵略行為と言ってもいいぐらいだ」
「待て待て、そうなると、下手すると戦になるだろ?」
「だからこその共同調査さ。師匠、任せろ。本来こういう権謀術策こそが、俺の得意分野なんだ。帝国の腐れ野郎共を踊らせてやる」
これはヤバい。
勇者は本気だ。
本来国の政には関わってはならない。というのが、勇者の建前である。
とは言え、今回俺達は、直接事件に巻き込まれているのだ。
当事者として、疑わしい相手に強く出るというのは、間違ってはいない。
もちろん、帝国を脅かし過ぎないように注意する必要があるだろうが。
もはや、勇者の采配に任せるしかないが、頼むから、あんまり政治的に危険なことはやらかさないようにしてくれよ。
よく考えると、勇者パーティは、外交面のほぼ全てを、勇者の采配に頼っていると言っていい。
俺はもちろん貴族のことはさっぱりだし、メルリルだってそうだ。
聖騎士は一応貴族出身だが、そう高い身分ではないらしい。
聖女は、魔王の血統で、辺境伯の娘である。
本来なら、勇者と共に政治的な問題にも対処出来る立場なのだが、いかんせん、大聖堂育ちで、貴族については、下手すると俺より理解していない。
さんざん考えたが、いい案が出なかったので、勇者を選んだ神を信じて、勇者の采配に全てを託すことにした。
くれぐれも勇者の分を越えず、うっかり戦にならないように、ことを運んでくれ。
さて、そんな話し合いの後、全員に決まったことを伝えると、ほかのみんなの方針もまた、勇者に一任するというものだった。
正直、政治に強い人間が勇者しかいないので、これは仕方のない話だろう。
やがて帝国の港近くに船を寄せると、船に積んである、連絡用の小舟を下ろし、船長と勇者と聖騎士が乗り込んで行った。
行ってからそれほど間を置かずに戻って来たので、不安に思ったが、船長に聞いてみると、きっちり責任者を呼び出して、勇者の力を使って何か派手なパフォーマンスをした後に、ほぼ命令文のような依頼書を手渡したとのこと。
船長はその話をしながらガタガタ震えていたので、詳しくは確認出来なかったが、とりあえず、港を破壊はしなかったようだ。
思ったよりも平穏に済んでよかった。
ということで、さんざんぱら寄り道をしたが、帝国沖から約半日程度で、本来の目的地であった、大聖堂の港に到着した。
いろいろありすぎて夢に見そうだが、全員無事でよかったなぁ。
そう思っていたら、ルフがキラキラ光る大聖堂の尖塔を見つつ、「生きててよかったなぁ」と呟いていた。
表情を見ると、感動の余りというよりも、もっと切実な思いが感じられる。
こんな子どもにそんな感慨を抱かせるとは、申し訳ない限りだ。
港に到着したからと言って、すぐに入港出来る訳ではない。
しばらくすると、小さな船がやって来て、入港理由と、許可証の提示を求めて来た。
急遽必要になった、誘拐されていた人達の受け入れ要請も含めて、この手続きには、かなりの時間がかかるとのことだったので、俺達はその全てを船長に任せて、甲板でお茶を楽しんでいる。
「大聖堂、久々という感じはしないな。先日聖者さまにお会いしたばかりだし」
俺が言うと、聖女がニコニコとしつつ、うなずく。
「わたくし、先日聖者さまにお会いしたときに、祖父への伝言も頼んでありましたので、話は通っているはずです」
「助かるよ」
逃げ出すように後にした辺境領、要するに聖女の故郷にまた行くために、聖女のお爺さんで、大聖堂で聖女や聖人の教育係を行っている方に、繫ぎをお願いしに来たのである。
ついでにルフに、大聖堂を見せてやりたいという気持ちもあった。
ルフは大公国出身なので、大聖堂には憧れがあるようだからな。
「わかった。まずは帝国の港に向かおう。だが、停泊はするな」
「と、申しますと?」
「大聖堂の騎士共に海賊を捕縛させると、下手するとそのまま罪が許されてしまう。あそこは国々の法の外の世界だ。今回の件を任せる訳にはいかない。だから帝国の兵士に海賊の捕縛を任せる」
「なるほど!」
船長は、その理由を聞いて、さすが勇者と、膝を打って感心する。
そして、心の重荷を下ろしたような顔で、仕事に戻った。
「本気か?」
だが、ことの事情を知る俺は、当然勇者に尋ねる。
今回の海賊騒ぎ、どうも帝国が関わっている臭いのだ。
「帝国と海賊が繋がっていたのは、ほぼ間違いないぞ」
なにしろ、このアジトの場所からして、帝国の沖合である。
潔白なら、そんな近くに海賊などという危険な連中が住み着いていれば、すぐに討伐するはず。
それを放置しているのは、自分達の利益は侵されないという確信があるからだ。
「わかっている。だからだ」
「ほう?」
「帝国には、俺の署名付きの要請を行う。神の怒りに触れし海賊共を行動不能にして、船で貴国の近海に放置してある。ただちに捕縛して、その罪を暴け。暴ききらぬときには、貴国もまた、海賊と共に悪しき行いを成したものとして、必ず断罪を行うであろう。とな」
こいつ真顔で何言ってるんだ?
海賊の罪を暴ききったということを証明出来ない限り、帝国は勇者の断罪を怖れ続けなければならない。
帝国の内部は、さぞや大荒れに荒れるだろう。
「それは、勇者がお前の国を叩きのめすぞ、という宣戦布告か?」
「相手はそう受け取るだろうな」
勇者はニヤニヤと笑っている。
「そこへ大公国が手を差し伸べる」
「ん?」
「共同で調査をしませんか? とな。受け入れれば、帝国の行いを大公国が証明してくれる。本来、お互いに嫌い合っている間柄だ。その関係性から競争意識が芽生えて、相手の調査の穴を指摘し合うに違いない」
「海洋公だけでなく、大公陛下まで巻き込むのか?」
「これだけ被害が出れば、国が乗り出すべき問題だろ? 他国に拠点のある海賊が自国を荒らしていたんだぞ? もはや侵略行為と言ってもいいぐらいだ」
「待て待て、そうなると、下手すると戦になるだろ?」
「だからこその共同調査さ。師匠、任せろ。本来こういう権謀術策こそが、俺の得意分野なんだ。帝国の腐れ野郎共を踊らせてやる」
これはヤバい。
勇者は本気だ。
本来国の政には関わってはならない。というのが、勇者の建前である。
とは言え、今回俺達は、直接事件に巻き込まれているのだ。
当事者として、疑わしい相手に強く出るというのは、間違ってはいない。
もちろん、帝国を脅かし過ぎないように注意する必要があるだろうが。
もはや、勇者の采配に任せるしかないが、頼むから、あんまり政治的に危険なことはやらかさないようにしてくれよ。
よく考えると、勇者パーティは、外交面のほぼ全てを、勇者の采配に頼っていると言っていい。
俺はもちろん貴族のことはさっぱりだし、メルリルだってそうだ。
聖騎士は一応貴族出身だが、そう高い身分ではないらしい。
聖女は、魔王の血統で、辺境伯の娘である。
本来なら、勇者と共に政治的な問題にも対処出来る立場なのだが、いかんせん、大聖堂育ちで、貴族については、下手すると俺より理解していない。
さんざん考えたが、いい案が出なかったので、勇者を選んだ神を信じて、勇者の采配に全てを託すことにした。
くれぐれも勇者の分を越えず、うっかり戦にならないように、ことを運んでくれ。
さて、そんな話し合いの後、全員に決まったことを伝えると、ほかのみんなの方針もまた、勇者に一任するというものだった。
正直、政治に強い人間が勇者しかいないので、これは仕方のない話だろう。
やがて帝国の港近くに船を寄せると、船に積んである、連絡用の小舟を下ろし、船長と勇者と聖騎士が乗り込んで行った。
行ってからそれほど間を置かずに戻って来たので、不安に思ったが、船長に聞いてみると、きっちり責任者を呼び出して、勇者の力を使って何か派手なパフォーマンスをした後に、ほぼ命令文のような依頼書を手渡したとのこと。
船長はその話をしながらガタガタ震えていたので、詳しくは確認出来なかったが、とりあえず、港を破壊はしなかったようだ。
思ったよりも平穏に済んでよかった。
ということで、さんざんぱら寄り道をしたが、帝国沖から約半日程度で、本来の目的地であった、大聖堂の港に到着した。
いろいろありすぎて夢に見そうだが、全員無事でよかったなぁ。
そう思っていたら、ルフがキラキラ光る大聖堂の尖塔を見つつ、「生きててよかったなぁ」と呟いていた。
表情を見ると、感動の余りというよりも、もっと切実な思いが感じられる。
こんな子どもにそんな感慨を抱かせるとは、申し訳ない限りだ。
港に到着したからと言って、すぐに入港出来る訳ではない。
しばらくすると、小さな船がやって来て、入港理由と、許可証の提示を求めて来た。
急遽必要になった、誘拐されていた人達の受け入れ要請も含めて、この手続きには、かなりの時間がかかるとのことだったので、俺達はその全てを船長に任せて、甲板でお茶を楽しんでいる。
「大聖堂、久々という感じはしないな。先日聖者さまにお会いしたばかりだし」
俺が言うと、聖女がニコニコとしつつ、うなずく。
「わたくし、先日聖者さまにお会いしたときに、祖父への伝言も頼んでありましたので、話は通っているはずです」
「助かるよ」
逃げ出すように後にした辺境領、要するに聖女の故郷にまた行くために、聖女のお爺さんで、大聖堂で聖女や聖人の教育係を行っている方に、繫ぎをお願いしに来たのである。
ついでにルフに、大聖堂を見せてやりたいという気持ちもあった。
ルフは大公国出身なので、大聖堂には憧れがあるようだからな。
1
お気に入りに追加
9,276
あなたにおすすめの小説
天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。
朱本来未
ファンタジー
魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。
天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。
ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。