上 下
696 / 885
第八章 真なる聖剣

801 貴人のための部屋

しおりを挟む
 飲み物とお菓子類をテーブルにセットした後、女官さんはパーニャ姫を置いて一度席を外した。
 姫君一人だけ残すとか、すごい信頼だな。
 まぁ、勇者の一行だし、そりゃあそうか。
 大公国の貴族らしく、海洋公も信仰に篤いようだし、そういう人間にとって勇者は神の代理人だ。
 この世に勇者以上に信じられる人間はいない、ぐらいの感覚なんだろうな。

 正直な話、歴代の勇者の活躍を聞くと、実際、勇者という存在がいかに人々の希望だったのかということがわかる。
 冒険者になるような人間は、ほぼ無法者みたいなもんだから、神を小馬鹿にする奴もいたが、逆に狂信者のように神を信じている奴もいた。
 人が生きる過程において、自分の力だけではどうにもならない現実に打ちのめされる機会は必ずある。
 そんなときに信じるものがあるのは強い。
 それは間違いない話だ。

 そんなことをつらつら考えながらルフとパーニャ姫の無邪気なやりとりに心を癒やされていると、再び女官さんが訪れて、部屋の用意が出来たと迎えに来てくれた。

「ならば、お部屋までの間、私がお城を案内します!」

 パーニャ姫がものすごく張り切って、お城の案内を買って出てくれた。
 ルフの片手をしっかり握っていて、仲がよくて大変よろしい。

「この廊下は、城の外周をぐるっと回り込んで続いているのです! 窓は外からの攻撃を受けないように、縦に細い造りとなっています。このように全部を開けているとなかなか明るいのです!」
「すごいですね!」

 パーニャ姫の説明にルフが感心するという繰り返しで、その裏のないやりとりが、とんでもない事件で疲れ果てた俺の心を和ませてくれた。

「このお城は、崖に沿って造られた関係で、お庭が少ないのが残念なところなのです。でも、空中庭園と呼ばれている、テラスをいくつも重ねたお庭があるのです。そこはお花の種類も豊富で、景色もよくて、とても美しいのですよ!」
「それは凄いですね。見てみたいです」

 何度目かの二人の会話の後に、初めて女官さんが付け足した。

「皆様のお部屋は、その空中庭園のあるテラスに面したところです。我が城自慢のお部屋なのですよ。州公さまやお身内のなかの上位の方、大公陛下や位の高い貴人の方用のお部屋なのです」

 うわあ。
 またとんでもない部屋を用意してくれたようだ。
 とは言え、勇者一行のための部屋と考えれば、全くおかしな話ではない。
 俺が慣れないだけの話だ。

 この城の廊下は、ゆるやかな螺旋階段のような構造で、高い場所に行くまでに急な階段は一つもなかった。
 逆に言えば、下から入って上に到達するまでに、かなりの時間を必要とする造りと言えるだろう。
 窓の仕様といい、隣接する領主に油断が出来ない、戦の絶えない大公国らしい城と言える。

 案内された部屋は、壁の少ない広々とした部屋で、独立した部屋として使える場所が、全部で八つあるらしい。
 そのため、男女で分けることもなく、この客室を俺達全員で使って欲しいということだった。

 今までで一番贅沢な部屋かもしれない。
 まぁ帝国の宿泊施設も大概だったが、あれはなんというか成金趣味っぽかったよな。

 海洋公の城の客室は、全体的に上品で落ち着いた色合いだった。
 調度品は全て間違いなく高級なんだろうなとは思えるが、長年使い込まれた歴史あるもので、人の暮らしに馴染んでいる感じがする。

「それでは失礼いたします。もし必要でしたら、身の回りのお世話をする者を寄越しますが」
「いらん。自分のことは自分で出来る。食事などもこの部屋に運んでくれればいい。外に連絡を取りたいときにどうすればいいかだけ教えてくれ」

 勇者がにべもなく、世話係を断る。
 
「それでしたらこちら……」

 女官さんが、入り口近くの飾り棚のようなところに置いてある、装飾された箱のようなものを示した。

「この花の絵柄のところに手を置いて呼びかけていただくと、使用人の部屋に通じます。直接命じるか、伝言をしていただくかしてくだされば、すぐにご用に対応いたします」
「これは、魔道具か?」
「はい。通信の魔道具で、声を伝えるものです。応答の声も聞こえますから、わざわざ呼ぶ必要もないご依頼なら、この魔道具だけで済ませることも可能です」

 さすが便利なものがあるな。
 普通の城なら、呼び出し紐とか、伝声管のようなものぐらいがせいぜいだろう。
 というか、魔獣公の城と比べても、海洋公の城は魔道具が豊富に使われているようだ。

「それでは、失礼いたします。姫さま、帰りますよ?」
「私はもうちょっと、ルフさんやフォルテさんと一緒にいます。ここからならお部屋も近いし、いいでしょう?」

 お、パーニャ姫、さきほどの応接室に続いて、ちょっとしたわがままを発動したようだ。
 それに対して、女官さんは少し考えたようだが、一礼した。
 いいってことかな?

「遅くなる前に、お側付きの侍女を寄越しますので、それまでパーニャ姫をお願いしてよろしいでしょうか?」
「俺は別に構わない」

 勇者はそう言うと、俺を見る。
 俺はうなずいて、全員の顔を見たが、反対の者はいないようだった。

「それでは責任を持ってお預かりします」
「私のことは私が責任を持ちます。ご迷惑はお掛けしません!」

 と、パーニャ姫。

「姫さま。お客人のお部屋に居座るのは、それだけで本来ご迷惑なのですよ。それは心得ておいてください」
「あ……ごめんなさい」

 最後にピシッと言って退室した。
 パーニャ姫はちょっともじもじしている。

「もしかして、ご、ご迷惑でしたか?」
「子どもが一人増えたところで気にならない」
「それって僕がそもそも迷惑ってことですよね」

 パーニャ姫と一緒にルフが落ち込んでしまった。
 勇者の物言いがこんななのは仕方がないので、俺がフォローする。

「子どもが元気な様子を見ると、心が癒やされると、勇者さまはおっしゃっているのですよ。さ、フォルテも貸しますので、一緒にご自慢の庭で遊んで来るといいですよ」
「ピャッ!」

 フォルテは特に嫌がる様子もなく、子ども達のところへと行った。
 さっきちょっと遊んでいたが、パーニャ姫もルフも無体を働くような子達ではないので、フォルテも安心なのだろう。

「はい! ありがとうございます!」
「わかりました!」

 うんうん、子どもは元気なほうがいいな。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。