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第八章 真なる聖剣

790 地獄と天国

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「お、俺達は頼まれただけなんだよぉ」

 悪党面が泣き言を言っても、全く同情を引けないということを理解していないらしい男が、情けない声ですがるように言う。

「俺達は、普段は商船や漁船を襲って生計を立てているんだ。でも、ほら、そういう商売だと、海軍とかに目をつけられるとヤバいだろ? 本業の片手間に、こういう頼まれ仕事をすることで、お目溢ししてもらうって寸法だ」

 へへへと、嫌らしい笑い声。
 すがるのか強がるのか、どっちかにしろ。

「それは、お偉いさんに頼まれたと言いたいのか? お前、それもし嘘だったら、縛り首どころの話じゃないぞ? 勇気あるな」
「い、いや、海軍と繋がってるとか言ってやしねえぜ! そういうところに話が通じる相手だって話で……」

 ごまかし切れてない。
 うーむしかし、もしこの船が港から出港したということなら、ちゃんと手続きをしているということでもある。
 案外、裏にいるのは大物なのか?

「師匠、この魔封具とかは、ちんけな賊が使うには少々値が張るし、なによりも購入ルートが特殊だ。普通、こういったものは、国が直接抑えていて、一般には出回らないものなんだ」

 聖騎士から現在に至った事情を聞いたらしい勇者が、かなり有力な事情を説明してくれる。
 それを聞いた悪党面は、今度はニヤニヤ笑いだした。

「へへっ、そうだ。俺達の背後にはえらーいお方が関わっているのさ。たかだか単独で旅行を楽しむような貴族の坊っちゃんや嬢ちゃんに、どうにか出来る相手じゃねえぜ」

 こいつほんと、立場がわかっていないな。
 背後がどうであろうと、今現在、自分の命が俺達に握られているってことが全くわかっていない。
 まぁこんな馬鹿だから利用されるんだろうな。

「いいか、お前にはいくつか選べる道がある」

 俺は親切にも、このお馬鹿な悪党面にわかるように説明してやることにした。

「自分で自分の命を絶つ。まぁ今それを選んでも無駄だけどな。後は何もかも懺悔して、大聖堂に保護を求める。洗いざらい白状させられて、魂を真っ白に生まれ変わらせてくれるらしいぞ? そして最悪な終わりとしては、黒幕に始末されるってところか。楽には死ねないだろうな。大きな選択肢としてはこんなもんか」
「はぁ? 何抜かしてんだ。言っただろ、俺には偉い後ろ盾がいるんだよ。お前等ごときが何を吠えても、全部握りつぶされちまうのさ」

 悪党面は自信たっぷりに宣言する。
 人が親切に説明してやったというのに、馬鹿はかわいそうだな。
 俺は哀れみの籠もった目で悪党面を見ながら、噛んで含めるように教えてやった。

「お前にいいことを教えてやろう。ここにいる、顔だけはいい間抜けな貴族のお坊ちゃんみたいな奴は、なんと今代の勇者だ。こっちの、上品で神聖な雰囲気の女性は、勇者付きの聖女さまだ。まぁ俺はただの冒険者の従者だけどな」
「へえっ?」

 悪党面は信じることが出来なかったのか、まだニヤニヤ笑いを浮かべている。
 だが、その目はせわしなく、勇者と聖女の間を往復していた。

「師匠の俺の紹介の仕方に悪意を感じるぞ。……おい、悪党」
「は、はあ?」
「俺達はお忍びだったから、勇者らしかったり聖女らしかったりする出で立ちじゃなかったかもしれないがな、これを見てもわからないのか?」

 言って、勇者は自分の袖をめくる。
 勇者しか持たない、肩近くまで複雑に刻まれた魔法紋が独特の魔法光を帯びてその腕を彩っていた。

「へ?」

 悪党面はピンと来ないようだ。

「アルフ。貴族でもない一般人は、普通の魔法紋が手の甲の真ん中程度にしか描かれていないとか、勇者の魔法紋が特別であるとか知らないぞ。教会にある歴代勇者の間に肖像画が飾られていて、そこに申し訳程度にチラ見せした魔法紋や、それぞれの紋章が描かれている程度だ。大公国なんか、勇者の紋章とかを商売にしたら死罪とかだったはずだぞ」
「そ、そうなのか……」

 勇者はちょっと落ち込んだようだ。

「勇者さま、大丈夫ですよ。たとえこの者が真偽を理解出来なかったとしても、勇者さまが勇者さまであることに変わりはありませんわ」

 聖女が、なんだか変な言い方で勇者を励ました。
 そのやり取りを見て、段々悪党面の顔色が悪くなって来る。

「ほ、本当に、本物なのか?」
「だから言っただろ。勇者を偽ったら死罪だって。なんで俺達がお前なんかを騙すために死ななきゃならないんだよ」

 俺は噛んで含めるように言って聞かせた。
 どうやら、悪党面も段々自分の立場が飲み込めて来たらしい。

「お、俺は地獄に落ちるのか? そ、そんなひでえこと言わねえよな?」
「お前何を今更言ってるんだ? 他人を攫って売っぱらおうとしておいて。どうせ人殺しだってしてるんだろ?」

 さんざん悪いことをしておいて、死後の楽園に行けるつもりだったようだ。
 あり得ないだろ。

「そ、それは生きるためだ。教会の教手おしえてさまだって、言ってるじゃねえか。人は生きるために過ちを犯すもんだって。それは仕方のないことだろ?」
「お前なんで都合のいいところだけ聞いてるんだ? わざとか? 俺だって教会で多少はものの道理を習ったが、生きるために悪いことをしてもいいなんてひとっことも言っちゃいなかったぞ。生きるために仕方なく過ちを犯すことはあるが、自ら過ちを悔いて償いをせよとかなんとかだったぞ」

 なんで俺が悪党面の馬鹿に教会の教えを説明しなきゃならんのだ。
 そういうのは役割が違うだろ。

「お師匠さま、素晴らしい理解ですわ。正しくは、人の業は贖いによってより軽き翼となりて罪の重さを減じたもう……です」

 さすがの聖女さまが、難しい言い方で教え直してくれた。

「お、お、俺は地獄に落ちるのか? い、嫌だ、そんなの理不尽じゃねえか。ほかに選ぶ道なんかなかったんだよ!」

 急に慌てだした悪党面が今度は逆ギレし出した。
 なんなのお前。

「お前に捕まって売られた人も、殺された奴等も、みんな理不尽だと思ったんじゃないか?」

 そう言ったが、もはや悪党面は聞いていないようだ。

「そ、そうだ。勇者さまは全ての民を救うんだよな。なら、俺を助けてくれてもいいだろ?」

 今度は勇者にすがる。
 勇者は口の端を歪めてニヤリと笑ってみせた。

「お前、魔物よりも醜いぞ」

 そうして、悪党面に触れて青白い光をその手から流し込む。
 バチバチバチッという凄まじい音と、焦げ臭い臭いが漂い、男は痙攣しながら泡を吹いていた。

「ヒッ、ヒッ、ヒッ……」

 白目を剥いて意識がなさそうなのに、ビクビクしながら変な声を出している。
 正直言って気味が悪い。

「おい」

 俺は勇者に抗議した。
 しかし勇者は悪びれない。

「もうそいつから聞くことはないだろ。今のうちに地獄の一部でも味わっておくと、死んだ後にびびらなくていいからな。サービスしておいたんだ」

 ひどく酷薄な笑みを浮かべながら、勇者はそう言ってのけたのだった。
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