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第八章 真なる聖剣

780 食へのこだわりとは

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 勇者が買って来た、貝柱の串焼きはかなり美味かった。
 貝柱というのがよくわからなかったが、勇者によると、二枚貝が自分の殻を開け締めするための筋肉部分とのこと。

「ほう? 博識だな」
「店の男が焼きながら教えてくれた」

 へえ……。
 もしかして、勇者がこの貝柱とやらを焼いているところを、あまりにもじっと見ていたので、買ってもらうきっかけに話しかけたのかもしれない。
 結果的には七人分も買ってもらえたのだから、店の人間の狙いは成功したと言っていいだろう。

「肉とも魚とも違ってて、美味しい……です」

 ルフが、時間をかけつつも、一人前をしっかりと堪能しているようだ。
 一緒に食事をしていて思うのだが、ルフはちょっと食が細い。
 いや、違うな、食事の速度が遅いので、自分だけが残ってしまうと、食べるのを諦める傾向にある。

 今食べられなくても、持ち帰って、食べたくなったら食べるといいと言ったら、びっくりした後に、「今食べてしまいますね」と、慌てて食べてしまおうとした。
 いそぐと喉に詰まらせるぞと言いながら、よくよく聞いてみると、幼い頃から弟子入りしていたところでは、弟子の食事時間が決まっていたらしい。
 その時間が、ルフのリズムとは合わなかったようだ。
 そのおかげで、ルフにとっては、食事は楽しむものではなく、慌てて片付けるものとなってしまっていたのである。

「ルフが長く食べていると、俺がお代わりしても目立たないので助かるな」

 などと勇者が言ったことで、俺達と一緒のときにはゆっくり食べてもかまわないんだと理解してくれたのはよかった。
 勇者の発言自体のよし悪しは別として。

 勇者はああ見えて、他人の行動に寛容だ。
 いや、違うな。
 悪意のない他人の言動は、いかに自分にとって迷惑でも気にしない。
 ただし、悪意や、下心がある言動には敏感で、まるで火に触れてやけどした人間のように、激しく反応する。
 勇者にとって、自分に利益があるなしは、あまり関係ないのだろう。

 一方で、ルフの弟子入りした先の鍛冶師は、典型的な合理主義な師匠で、決められたことを決められた通りやらないと、はげしく叱咤されたのだという。
 ルフは叱られることが多い弟子であったために、共に修行していた弟子仲間に侮られることとなり、やることなすこと否定されるという悪循環に陥っていたようだ。

 ここまで一緒に行動してわかったのだが、ルフは、何かに興味を持つと、しばしそのことしか考えられなくなる性質たちで、そのせいで、行動が遅くなったり、人の言葉を聞き逃したりする。
 集団にいっぺんにものを教えるような場所では、さぞかし浮いたことだろう。

 その点、俺達は個性が強い人間の集団なので、一人外れたことをしても、誰も気にしない。
 最初おどおどしていたルフが、急激に勇者になついたのも、その辺が理由のようだ。

「昨夜のカニに似てると思わないか?」

 と、勇者が聞いた。
 なるほど、カニを諦めた訳ではなく、似ていて、別の美味しさを持つものを発見したので、買ったということらしい。
 勇者は、自分の行動理由を他人に全然説明しないので、こっちが汲んでやらないといけなくなる。

「確かに、似ているようにも思えますね」

 聖女がこくんと鷹揚にうなずいた。

「そう? 風味がちょっと違わない?」

 モンクが思ったことをズバっと言う。

「私にはそういう細かい違いはわかりませんね。でも、この肉もですが、掛かっているタレも美味しいと思いますよ」

 と、聖騎士。
 食べ物についてアレコレ言わない奴だが、食うこと自体は好きなようだ。

「私はその……味の違いとかよくわからなくて……」

 メルリルが恥ずかしそうに言った。
 そうなんだ。
 どうもメルリルは、繊細な味の違いなどを感じるのが苦手らしいんだよな。
 森人全体の特徴なのか、メルリルだけがそうなのかはわからないが、料理をしているときに味付けに失敗するのは、そのあたりに問題がありそうだ。

 ふと気づくと、全員が俺を見ていた。

「確かに食感自体は似てなくもないが、カニのほうがはるかに柔らかかったし、全然違うだろ。それに昨夜のカニは、さっぱりとした塩をベースにしたタレで食べたが、こっちは甘味のある濃いタレが使われている。まぁ美味いのは間違いないから、いい買い物をしたんじゃないか?」

 俺がそう評価すると、勇者はウンウンうなずきながら、「さすが師匠だ」と言った。
 お前、それ言いたいだけだよな?

 少しイラッとしたが、ここで怒るのも大人げないと思って我慢した。

「ウマイウマイ」

 フォルテが俺の串から最後の一個をついばんだ。
 そして、普段はしゃべらないのに、久々にしゃべりやがった。

「わあ、フォルテさん、言葉が話せるんですね。さすがは従魔です」

 何やらルフ少年が感心していたが、それどころではなく、俺はフォルテの首根っこを素早く掴んだ。

「お前、今のは絶対わざとだろ?」
「ピャッ!」

 みんなが美味そうに食べていたから羨ましかっただと?
 ならなんでくれのひと言が言えないんだ?
 俺がゆっくり味わいながら食べていた最後の一個を、断りもなしに食いやがって。

「いいか。他人の食い物を勝手に取る奴は、その場で始末されてもおかしくないんだぞ? 欲しいなら欲しいとちゃんと言え。今度やったら焼き鳥にするからな」
「ギャアギャア!」
「あ? なんで俺が横暴なんだよ? 礼儀というものがあるだろうが!」

 そんなふうにフォルテにしつけをしていると。

「師匠はときどき大人げないよな。俺がもう一度買って来るから安心してくれ」

 などと勇者が的外れなことをぬかした。
 それ、お前が食いたいだけだよな?

「違う、食べたかったから叱ってるんじゃねえよ。こいつが礼儀を知らないからだ!」

 そう抗議したのだが、全員からまぁまぁとなだめられてしまう。
 ルフまで微笑ましいものを見るように俺を見ていたんだが、理不尽すぎないか?
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