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第八章 真なる聖剣

751 英雄の来訪

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 式典の準備を始めてから十日ほど。
 大公陛下の先触れとして、英雄炎の貴公子の異名を持つ、サーサム卿がやって来た。
 国内では知らぬ者のない大英雄の登場に、まだ式典の告知も行われていないのに、街はお祭り騒ぎだ。
 それというのも、サーサム卿が、いつもの隠密スタイルではなく、大公陛下の使者として、立派な正装で堂々と街の正門をくぐったせいだ。

 門の前で「我! エンディイ・カリサ・サーサム! 大公陛下の使者として、この地を訪れたり!」と、大音声で宣言したとのことだった。
 カーンからの親書を受けての箔付けの一環だろうが、一度領主一家が大罪人として処罰されたことのあるこの街では、また何かよくないことが起きるのでは? と、戦々恐々とした出迎えになったのは仕方ないだろう。

 だが、大公の紋章が刻まれた立派な馬車を護りつつ、単騎で巨大な黒馬に乗るサーサム卿が、「こたび、ご領主のたまわる栄光が、過去の全ての災いを払うであろう!」と、続けて叫んだことで、住人達は、どうやら新領主に祝い事があり、それを大公陛下が共に祝おうとしているということを理解した。

 そのおかげで、まだ式典の日取りの発表もないのに、飲めや歌えの大騒ぎに発展してしまったのだ。
 到着後に少し話す時間があった。

「いや、サーサム卿の影響力はすさまじいな」
「何を言う。勇者殿や聖女さまに比べれば、俺の栄光など、霞んでしまうわ! そして、若き勇者殿を導かれるダスター殿には、我らは、深い敬意を抱いておる」
「声がデカい! 俺が勇者の師匠なんぞと言いふらすなよ!」
「真実は自ずと光輝くもの。隠し立てしても無意味と思うのだがな」
「いいから。俺が隠し立てしたいんだから、納得してくれ。あんたもたいがい頭が固いよな」

 まぁ、相変わらずの男だったな。

 サーサム卿は、城での謁見のあと、領主館に招かれ、会食が行われる次第となった。
 そして、その席に、勇者達のパーティだけでなく、なぜか俺とメルリルとフォルテのパーティも招かれてしまう。
 出来れば無視したかったんだが、情報交換の意味合いもあるし、勇者とカーンに任せきるのは不安しかない。
 ホルスに取り仕切ってもらえればいいんだが、ホルスの身分は、貴族ではなく、使用人となるので、こういう会席に出席して、口を出すことが出来ないのだ。

 カーンが無理にでもホルスを貴族階級に押し上げようとしている気持ちがよくわかった。

 いや、それを言えば、俺とメルリルだって貴族じゃないんだが、勇者の従者であり、客人であるという待遇なので、会食に参加することが出来ているのだ。

「このたびは、我が一族に過去の愚かな行いがあったにも関わらず、要請にお応えいただき、ありがたく存じ上げる」

 みっしりとした筋肉の巨漢であるカーンと、片目を眼帯に覆われ、細身だが長身のサーサム卿が向かい合うと、ものすごい迫力がある。
 この二人に比べると、いかに肩書が立派でも、勇者の存在感は一段落ちるな。

「なんの、我が君も、国を支える大切な七家・・と、共に手を携えて、国を盛り立てて行きたいとおおせだ。新しいご当主に含むところもない。ましてや、大恩ある勇者さま方が、貴公のために尽力しているとなれば、喜んではせ参じるというものよ」

 サーサム卿は、そう言ってカカカと笑う。
 挨拶の滑り出しは順調のようだ。
 ところで、サーサム卿の隣に、見覚えのある黒髪の女性が控えているのだが、あれって、確か、大公陛下の末の姫君だよな。

 血縁である姫君ではなく、サーサム卿が使者として訪れているということは、影響力の大きさを考えてのことなんだろうが、姫君が来ているのは、血縁者を同道させることで、大公陛下の信用を表明するためだろうか?

 まさかと思うが、姫君が勝手について来たとかじゃないよな?

「さて……」

 カーンが片手を上げて合図をすると、周囲に給仕などのためにはべっていた者達が外に出て行き、一人残ったホルスが、部屋の四隅の魔道具を起動する。
 聖女の結界とはまた違う、部屋のなかを探らせないための仕組みらしい。

「これで忌憚なくしゃべれる。ち、俺は持って回った言い方が苦手でな」
「しかし式典にほかの六家もお招きになるのでしょう? 少しは慣れていただかないとこまりますね」

 カーンの言葉に苦言を呈したのは、サーサム卿の隣に、お飾りのように座っていた、大公陛下の姫君、ファラリア嬢だ。

「う……む、耳の痛いことだ。俺はもともと、探索者でな。あんまり貴族らしい振舞いは得意ではない」
「堂々としていればいい。貴族と言えども剣によって語る者は、多弁である必要はない」

 カーンを励ましたのは、サーサム卿だ。
 同じ武に生きる者として、何か共感するものがあったのだろう。

「エンデ。何もかもを、暴力で解決することは出来ませんわ。ですが、そのために私がいるのですから。あなた様は堂々としていてくださってかまいませんけど」
「う……む」

 なぜかサーサム卿が真っ赤になった。
 うーん。
 この二人の関係も、進んだと考えていいんだろうか?

「残念ながらあたしも探索者あがりでね。この人を支えて、お姫様みたいにやってはいけないわ」

 メイサーが、皮肉でもなんでもなく、素直な心情を吐露する。

「貴族は、何も自身が全てを行う必要はないのです。大切なのは、人を見極め、適切に仕事をしてもらうこと。その、従者の御方は、だいぶ目端が利きそうですね」

 ファラリア嬢が、部屋の端に目立たないように立つホルスをちらりと見て言った。
 マジか?
 ここまでの様子で、そんなことまでわかるもんなのか?

「だろう! ホルスは、そりゃあ交渉も、計算も、計画も、一流、いや、超一流よ! 俺にはあいつがいてくれるんで、楽出来るってもんさ」
「……主さま……」

 手放しでほめられて、ホルスが困っている。
 というか、ちょっとダメな子を見るような目になっているぞ。
 そして、なぜかファラリア嬢が、困ったような顔になった。

「豪放磊落と言ってしまえば、武人としては好ましいお人柄なのでしょうけれど。領主として、ましてや七家の当主としては、少し困った御方ですわね」
「そう言うな。この人柄であればこそ、俺達だって、数少ない味方として手を結ぼうという話になったのだ。七家はどいつもこいつも厄介な連中ばかりで、陛下も頭を痛めておられるのだからな」

 困惑するファラリア嬢を、安心させるようにサーサム卿がとりなす。

「おう、それだ」
「ん?」

 カーンが突然、サーサム卿に鋭くツッコむ。

「七家ってなんだ? 八家だろうが?」
「ああ」

 サーサム卿は、勇者を始めとする俺達をちらりと見ると、言葉を継いだ。

「八家の一画であるデーヘイリング家、つまり富国公は失脚した。家の取り潰しは免れたが、公からは外れる。その通達も、俺が持って来ている」
「マジかよ。大公陛下の暗殺を企んだとされるうちの前の当主ですら、個人への処罰で降格はなかったっていうのに。何しでかしたんだ?」
「書面に詳しく記してある。読め」

 説明が面倒臭いんだな。
 それといちいち俺達のほうを見るのをやめてくれないかな?
 そりゃあ富国公の没落は、俺達がかなり関わった事件だけどさ。
 俺達は、その場にいなかったことになってるんだからな?
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