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第八章 真なる聖剣

734 頼りになる?者達

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 疲れ切っていた俺達は、いろいろなことを考えるのは後回しにして、アリアドネの糸を使って迷宮入り口に戻ることにした。
 ツムの持ち主が、仲間一人一人を意識しながらその周囲をぐるりと巡る。
 戻りたい全員に銀色の糸が見えたら、持ち主はツムの先端で指を刺して血を流す。
 すると、不思議なことにたちまち起点とした場所に戻ることが出来るのだ。

 もともと、この糸を使う魔物であるアリアドネは、広い自分のテリトリーのあちこちに空の巣を張って、獲物がかかると、瞬時に自分の下へと引き寄せるという、厄介な魔物だった。
 だが、この魔道具が作られてからは、糸が高値で取引されるようになり、見つかると即、冒険者に狩られてしまうという、少し憐れな魔物となってしまった。

 人間の欲望の前には、強い魔物といえども、憐れな獲物になるしかないのだ。

「おっ!」

 俺達が迷宮入り口に帰還すると、そこで探索者の受付をしていたらしい係官が、奇妙な声を上げた。
 悲鳴のような歓声のような中途半場な声だ。
 そして、俺達をしげしげと見て、勇者のマントを確認すると、その表情が定まり、歓喜の声を上げる。

「勇者御一行の御帰還である!」
「ちょ……」

 あまり大々的にするなと釘を刺したかったが、もう遅い。
 周囲で潜る前の打ち合わせや、戦利品を分配した後の打ち上げをやっていたらしい探索者達や、頼りになるギルドを探してうろうろしていたぺーぺーの駆け出し冒険者達が、こぞって立ち上がり、歓声を上げた。

「ひゃー! 勇者さま! 一杯どうだ? もちろん勇者さまのおごりで!」
「おおっ! あれが聖女さまでござるか。なんとうるわしい」
「貴様、聖女さまに不埒な想いを抱くならば、この場で俺と戦え!」

 一つのパーティを見ただけでも、収拾がつかないのがよくわかる。
 それが複数入り乱れているのだから、そのやかましさは想像がつくだろう。

「俺達は疲れている」

 決して、怒鳴るようなことはしなかったが、その勇者の声は、喧騒のなかでも不思議と耳に響いた。
 楽し気に盛り上がっていた、あまり行儀のよくない連中が一瞬凍り付く。

「だから、これで適当に祝ってくれ。俺達の無事な生還を」

 勇者が皮袋をカウンターに放った。
 この迷宮都市は、迷宮の入り口に塔が築かれていて、塔のなかで各種手続きをしている。
 つまり迷宮入り口が、探索者達の待機所のような感じになっていて、ちょっとした料理や飲み物も、頼むことが出来るのだ。

 皮袋がカウンターに落ちて、ジャリン! と、それなりに重い音を立てた。

「ヒャッハー! 話せるぜ、勇者さまぁ!」
「惚れるぜ!」

 勇者はその称賛の声に、迷惑そうに背を向けると、迎えを頼むことなく、領主館へと帰還したのだった。
 まぁ歩いて戻ったせいで、いろんな奴がぞろぞろついて来て、ちょっとした凱旋パレードのようになったが、その辺は、勘弁してもらいたい。

「お前、いくら出したんだ?」
「先日、教会に行ったときにもらった分をそのまま投げた」
「おおう……」

 なんとか自分達のために用意してもらっている部屋に辿り着いてすぐに尋ねたが、そのあまりの気前のよさに、思わず顔を覆う。

「あんな汚れた金、冒険者達に飲んでもらったほうが役に立つというもんだ」
「気持ちはわかるが、この先だって金は必要だぞ。その……」

 俺は視線で、聖女がテーブルに置いた包みを示す。

「剣をしつらえるにもかなり金がいるだろうし」
「なおさらだ。いくら偽物とは言え、聖剣を仕立てるのに汚れた金を使えるか!」
「金は金だろうに……まぁいいか」

 今回の件はカーンとメイサーにおおいに貸しを作るつもりでいたし、聖剣の費用ぐらいあいつらに丸投げしても、文句を言われる筋合いじゃないよな。

「ふー。まぁもうとにかく一日は休もう。考えたり行動するのは後だ」
「はい。わたくしも、もう一歩も動けません」
「ミュリア、湯あみぐらいはしたほうがいいかも?」
「ダメ、寝ちゃいます」

 聖女の口調がかなり砕けてる。
 気を張っていたのが、緩んだんだろうな。
 ふと後ろを見ると、メルリルは、近くにあったクッションを抱くようにして、既に寝息を立てていた。
 なぜか片手で俺の上着を掴んでいる。
 これ、前もやられた気がするんだが、癖なのか?

 う、き、着替えたいのに着替えられない。
 と、扉がノックされた。

「皆さま、お疲れのところ申し訳ありませんが、ご当主さまが、お話しをしたいと……」

 ホルスの声だ。

「すまん、予定は全部明日以降にしてくれ。今日はともかく休ませてくれないか?」

 俺がそう言うと、扉の向こうで一呼吸後に答えが帰って来た。

「承りました。我らが偉大なご客人の、お望みのままに」

 少しは何か対処しなければならないと思っていたが、どうやらホルスが全部引き受けてくれるようだ。
 これは、楽だな。
 カーンめ、まさかこれまで仕事を全部、ホルスに丸投げして来たんじゃないよな。
 こう、打てば響くように処理をしてくれると、癖になるぞ。

 扉の向こうの気配がなくなる。
 警備の兵も引き上げたようだ。

 あ、結界どうしようかな?
 聖女もメルリルも無理そうだぞ。

「フォルテ、お前、結界張れるか?」
「クルル……?」
「そうそう、ミュリアやメルリルがいつもやってるやつ」
「プギャ、ピャ……」
「メルリルのに近いのならイケるってか? よし、それでいい」

 俺もこのとき、けっこう疲れていたんだろう。
 よくよく確認しないまま、フォルテに結界を任せてしまった。

 あまり眠った感覚のないまま、ふっと意識が戻る。
 貼り付いた泥のように溜っていた疲労は解消しているようだ。
 どのくらい寝ていたのか。

 ガン! ガンッ! 

「このっ! くそっ!」
「なんだ? どうした?」

 ふと気づくと、勇者が真っ赤な顔をして、何かを殴っているようだった。

「あ、師匠。起きたのか! 見てくれ! 俺達が寝ている間に、何者かに閉じ込められた!」
「ん?」

 周囲を見ると、青い結晶がキラキラと輝いている。
 触ってみると、ガラスのようにも思えるが、試しにドラゴンの鱗で造られたナイフを刺してみても刺さらない。

「これはかなりの術者のしわざだ!」

 勇者が焦ったように言う。
 幸いなことに、まだ勇者以外は起き出してないようだ。

「ん~?」

 俺は何か引っかかりを感じて、記憶を探る。

「あっ!」

 誰に結界を頼んだのかを思い出した俺は、慌ててフォルテを探した。
 フォルテはとても鳥とは思えないような、腹を天井に向けた格好でだらしなく寝ていた。

「あー、アルフ、大丈夫だ。これ、多分、フォルテの結界だ」
「なんだと? そいつ結界張れるのか? というか、師匠、これ、物質化してないか?」
「……お、おう、さわれるな」

 普通結界と言えば、魔法的、あるいは精霊を利用したもので、実際に目で見たり触れたりは出来ないものだ。
 聖女の結界は、戦闘時は、境界をわかりやすくするためにうっすらとわざと色をつけているが、本来は色などない。

 結局、朝には、気持ちよく起き出した若葉が、フォルテの結界である何かを食ってくれたので、特に騒ぎになることはなかったのだった。
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