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第七章 幻の都

730 ひとやすみひとやすみ

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 さて、不帰の勇者の聖剣について建設的な意思交換をした俺達だったが、現状は正直ボロボロだ。
 
「どうする?」

 死鬼リッチが守っていた場所、その奥に、巨大で立派な扉があった。
 そしてそこは、分厚い万年氷で覆われている。
 そこをどうするかは、勇者にゆだねることにした。

「勇者さ……ま」

 細い声に振り返ると、意識を取り戻した聖女が、モンクに支えられながら、必死に勇者に訴えていた。

「どうか、あの者の望みを……」

 あの者とは、死鬼リッチのことか。
 殺されそうになった相手の気持ちを思いやるとは、さすがは聖女だ。

「いや、それはダメだ」

 しかし、勇者はきっぱりとその懇願を退けた。

「ですが……墓所荒らしは……」
「その場所に、あの死鬼リッチ以上に危険な存在がいたら? いや、魔物でなくても、何か危険な魔道具でも同じだ。あいつが使っていた、未知の魔法すら、もし見つかれば大変なことになる」
「勇者さま……」
「俺は、正直、自分が勇者に向いているとは今も思ってはいない。だがな、勇者の役割は果たす。勇者とは、力なき人々に降りかかる理不尽な苦しみを、先陣切って払う者だ」
「……はい」
「俺は情では動かない」
「承知いたしました。勇者さまのおっしゃる通り。未知なる危険があるかもしれない場所を放置するのは、いけないことです」

 まだ少し悲しそうに、だが、きっぱりと聖女もうなずいた。

「行くんだな」
「当然だ」

 俺の問いに答える勇者に迷いはない。

「よし、それなら休憩だ。なんか食うぞ。あとあったかい茶を飲もう。ここは底冷えする」
「やった!」

 難しい顔をしていた勇者がにんまりと笑う。調子のいい奴だな。

 それにしても、外は暑いぐらいの時期なのに、この冷気、たまったものではない。
 冷気の元だった死鬼リッチは斃れたが、ひんやりとした空気は続いていた。
 扉を覆っている万年氷の影響も当然あるんだろうな。

「あ、そちらの剣をわたくしがお預かりします」

 勇者が手元でもてあそんでいた、不帰の勇者の聖剣の柄を、聖女が手を差し伸べて受け取る。
 美しい布を取り出すと、それに聖剣の柄を乗せ、そのまま立ち上がり、死鬼リッチが最期を迎えた場所に行き、何かのカケラを拾い集めた。
 鈍い灰色のそのカケラには、わずかに見覚えがあった。

「まさかそれって、例の祝福されし四種ってやつか?」
「そうです。相手の格が高すぎたのですね。仮初の肉体と共に砕けてしまいました」

 聖女は集めたカケラを聖剣の柄と一緒に布に包み、懐に入れる。
 ツヤのある、不思議な模様の布だった。
 もしかすると、噂に聞く聖布かもしれない。

 俺の視線に気づいた聖女は、その布について説明してくれる。

「もし品物に呪いのようなものが残っていたとしても、この布で包んでおけばひとまず安心です。今はわたくしも勇者さまも余計な力を使えませんから。一時的にこうやっておくのです」
「危険はないのか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」

 聖女の顔を見ると平気そうだ。
 俺は安心して、携帯ストーブと水の魔具を取り出し、休憩の準備を進めたのだった。

 ◇◇◇

「こら、食いながら寝るな」

 茶と菓子を配って各々が口にする。
 俺は今回大活躍だったフォルテに菓子を食わせてやっていたのだが、どうやらかなり疲れたようで、菓子を齧りつつ、うとうとし出していた。
 それでいて、菓子を引き離すと爪を出した足で掴んで引き戻すのだから始末が悪い。
 面倒なので、クチバシの奥に菓子の残りを突っ込むと、「ギャア!」と叫んで、俺の耳に齧りついた。
 
「いてぇ!」
「ダスターったら」

 クスクスとメルリルが笑う。

「くっそ、びくともしないぞ」

 いち早く茶と菓子をむさぼるように食った勇者は、一人、万年氷の様子を見に行っていた。
 炎を纏った剣でガンガン叩いていたが、無駄だったようだ。

「ご苦労さまです」

 メルリルがお代わりの茶を差し出してやる。

「ありがたい。あったまる」

 ふーふーと、白い息を吐きながら、勇者は茶の入ったカップを抱え込んですする。
 ものすごく行儀が悪い飲み方だが、気にしていないようだ。
 最近、勇者が、そこそこ中堅の冒険者のような考え方や行動をすることに気づいた。

「やっぱり俺のせいかなぁ」

 愚痴ると、何かに気づいたのか、メルリルが俺の頭を撫でてくれた。
 癒される。

「若葉はどうだ?」

 今回の敵に最期の止めを刺したのは若葉だ。
 だが、食らった後は何の音沙汰もないので、尋ねてみた。
 途端、勇者のマントにくっついていた若葉がぴくりと動く。
 そして、普段のフォルテよりもひとまわり大きいぐらいのサイズに変化すると、置いてある菓子に突進した。

「ガフン!」『食後のお菓子とお茶!』
「人間にそんな習慣はないぞ」
「ガフ?」『無ければ作ればいいぞ?』

 こいつ。
 あまりにいつも通りだが、死鬼リッチを食ったこと自体は、覚えているのか?
 食後、と言っているしな。

「若葉、さっきは助かった。ありがとう」
「ガウ?」『何のこと?』
死鬼リッチを倒してくれただろ」
「ガフン!」『ああ、さっきのご飯か。栄養たっぷりだったね! 僕、そろそろ脱皮しそうだよ』
「えっ!」

 最後の「えっ」は、勇者だ。
 いや、俺も心は同じだがな。
 脱皮ってなんだ? ドラゴンが脱皮するとか聞いたことないが。

「脱皮……するのか?」

 思わず聞いた。
 すると、若葉自身も不思議そうに首を傾げる。

「ガウ?」『僕、脱皮するの?』

 こっちが聞いてるんだよ!

「仕方ないな。若葉は頭が悪いから、何もわからないんだろ」

 勇者が挑発するように言う。

「ガウッ!」『ム? 失礼な! 僕は偉大なる癒しの緑樹だぞ! わからないことはない! まだ引き継ぎが終わってないから、忘れているだけだ!』

 相変わらず、ドラゴンの感覚はさっぱりわからない。
 子どもの癖に忘れているだけというのはどういう意味なんだろう。
 本当に、ドラゴンというのは謎多き存在だな。

 それにしても、勇者とは言い合いをしてはいるが、菓子を両手に持ったら、若葉は勇者の傍らに戻って行った。
 勇者も好きにさせているようだし、意外と相性がいいのかもしれない。

「さて、食ったら少し寝よう。ミュリアを休ませたいから、結界は無しで交代で見張りをすればいいな」
「師匠、あの扉は?」

 勇者が勢い込んで尋ねるが、俺は指を立てて振ってみせた。

「いいか、アルフ。冒険者は慌てなくていいことは慌てない。果報は寝て待てだ」
「なるほど。休むときには休むんだな」

 納得が早い。
 勇者よ、お前、きっと長生きするいい冒険者になるに違いないぞ。
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