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第七章 幻の都

712 リッチの深淵

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 モクは、俺達を隅っこの仕切りに集めると、説明を始めた。

「おりゃあ腐っても探索者だ。だから、迷宮にいる以上は、探索をしたいと思ってた。あねごも毎日必要な仕事をしていれば、止めなかったし、利益になることなら逆に推奨していたぐらいだ」
「なるほど。それで、深部の探索をしていたんだな」

 俺はモクの言葉にうなずいた。
 この男の考え方は、俺的にはかなり共感出来る。
 典型的な冒険者であり、探索者だ。

「俺達のヤサから、ちょうどあんた達が壁を壊した方向だ。その奥に、さらに深部へと向かう穴がある」
「ほう……」

 俺達が姿を現した方向と言えば、神樹のガワが残っているほうだ。
 やはり神樹の根に向かって、迷宮が深くなっていると考えていいのかもしれない。
 俺がそんなことを考えている間にも、モクの話は続いた。

「そこから、ちと入り組んだ道になる。一段降りたところに神殿みたいな遺跡があって、ここでかなりいい遺物が見つかった。訳のわからんものも多かったが」
「ほう。そりゃあ凄いな」
「独占状態だからな。ここの遺物でだいぶ取り引きを有利に運べた」
「ああ、あの商人な」
「ああ……」

 裏切った商人を思い浮かべたのか、一瞬モクが苦々しい顔になる。

「とりあえず。そこの探索を進めていたんだが、ここが、どうもワームが多くな。危なくってなかなか探索範囲を広げられなかった」
「ワームか」

 ワームは、魔力が豊富で硬い地盤を好んで掘る。
 まぁ深部だから魔力は多いだろう。
 硬い地盤ということは、虫系や植物系の魔物は少ないということでもある。
 あと、ワームは水を嫌うから、水がないってことだな。

 だが、このワームこそ、迷宮の深化の立役者でもある。
 こいつがあっちこっちに穴を開けるせいで、そこに水が溜まり、ワームが来なくなり、植物系の魔物が増え、虫系の魔物がやって来て、大型の魔物が棲み付き、それが死んで、魔結晶となって、魔鉱石が出来るのだ。

「ただ、もう三段ぐらい下層があることは調べた。潜ることは無理だったがな」
「狭かったのか?」
「いや、やべえ奴が……な」

 お、かなり有望そうな話だ。
 強力な魔物は、長生きであることが多い。
 基本的に魔物というのは、子孫繁栄よりも、自己進化に魔力を使う性質がある。
 周囲の魔力が減って来ると、自己進化を諦めて子孫を作り始めるのだ。
 ずっと深層に棲み続けているなら、その強力な魔物を、昔の勇者さまが倒そうとして果たせなかった可能性がある。

「何がいたんだ?」
「ありゃあ、おそらくだが、死鬼リッチだと思う」
「リ、死鬼リッチだって!」

 俺は驚愕に凍り付いた。
 死鬼リッチは、人間の魔物である鬼が、死んだ後も魔力を集め続けて精霊化したものと言われている。
 そもそも鬼がかなり珍しい魔物であり、そこから進化した死鬼リッチとなると、単なるホラ話に出て来る怪物のたぐいと思われていた。

「師匠、死鬼リッチなど実在するのか?」

 勇者はかなり懐疑的だ。
 さすがにこれは俺も勇者を責められない。
 すぐに信じられるようなことではないのだ。

「大変です! もし死鬼リッチが実在していたとしたら、わたくし共、盟約の使徒にとっては不倶戴天の敵と言っていい存在です」

 聖女はキッと表情を引き締めてやる気をみなぎらせている。
 ふむ、聖女は今の話を疑わないんだな。
 前から思っていたが、聖女は基本他人の言葉を疑わない。
 ちょっと危ういが、その辺は勇者やモンクがカバーしているんだろう。

「あの、ダスター。死鬼リッチって?」

 メルリルが不思議そうに聞いた。
 あー、森人のほうにはそういう伝承はないんだな。

「ええっと、死鬼リッチというのは、人間が魔物化した成れの果てと言われている」
「えっ! 人間が魔物化するの?」

 メルリルがびっくりしたような顔を向けた。
 俺がときどき言っている、魔力持ちは、魔物と同じようなものというのは、あくまでも魔力というものの特殊性についての話であって、本当に魔力持ちが魔物と呼ばれることはない。
 だが、人間が魔物化することは、ほんのときたまだが、起こるのだ。

 魔物化した人間は鬼と呼ばれている。
 だいたいは角があり、その角に魔力を溜めて魔法による攻撃を行う。
 体内には常に魔力が循環しているので、剣でもなかなか斬ることが出来ないし、身体能力は通常の人間とは比べ物にならない。

 鬼が忌み嫌われている理由に、自ら望んで魔物化した人間であることが挙げられる。
 人間が魔物化するほど長期間、魔力濃度の高い場所に住み続ければ、だいたい死んでしまう。
 だが、短期間で、大量の魔力を摂取することで、魔物化することがある。
 つまり強力な魔物を食うか、魔鉱石を摂取する、という方法だ。

 そんなことは、意識的にやらねば出来ない。
 とは言え、頭のおかしい魔法研究者が、実験で行うこともあるので、鬼はそういう狂人共の犠牲者である場合もある。
 その昔、そういう事件が本当に起こって、世界が震撼したことがあった。
 大聖堂は怒り狂い、勇者を選んで、鬼と鬼を作り出した者達を滅ぼしたのだ。

「まぁいつの世にもバカな奴はいるってことだ」

 俺の説明に、メルリルは驚きながらも、納得をした。

「その鬼が死んだときに死鬼リッチになるということ?」
「いや、普通に死んでも死鬼リッチにはならない。魔物と一緒だ。魔力の多い死体になるだけだ。死鬼リッチになる具体的な方法はわからないが、密閉された魔力溜まりで鬼が死んで、長い年月が経つと、誕生するとか言われているな」
「命の環に戻れなかったのね」

 メルリルが悲し気に言った。
 死鬼リッチを思いやるとは、優しいな。
 とは言え、今は伝説ではない、本物とご対面の可能性がある。

「師匠、もし本当に死鬼リッチがいるなら、神剣がなくても俺は行くぞ。放置してはおけん」

 勇者はまっすぐに俺を見て、そう言い放った。
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