上 下
558 / 885
第七章 幻の都

663 ゴブリンとの交渉

しおりを挟む
「チチチ・チ?」「チチチチチ……」

 迷宮鼠ゴブリンが、隠し扉の向こうからぞろぞろ出て来た。

「うはぁ、何匹いるんだ?」

 勇者がその様子を見ながらげっそりとしたように言う。

「今の時点で、だいたい二十匹前後かな?」

 迷宮鼠ゴブリンは、ともかく繁殖力が凄い。
 一つの巣に数百匹棲んでいたという話もある。
 食料とかどうなっているのか気になるところだが、それだけ迷宮内での行動に優れていると言えるだろう。

「さて、どうするかな」

 俺はその光景を見ながら考えた。
 迷宮鼠ゴブリンは知恵ある魔物で、退治するとなったらそうとう工夫が必要だ。
 とは言え、迷宮内に棲んでいる迷宮鼠ゴブリンは、俺達人間にとって、見たらすぐに退治しなければならないという存在ではない。
 地上では農作物を守るために駆逐しなければならないが、迷宮内では食料の取り合いという問題が発生しないからだ。
 ただし、冒険者を襲うようになってしまっていた場合は、せん滅するしかない。

「ちょっと相談だが、迷宮鼠ゴブリンと交渉してみたい。反対の者はいるか?」
「魔物と交渉?」

 メルリルがびっくりしたように言った。
 ほかのみんなも驚いたような顔をしている。
 あ、いや、聖女だけはあまり驚いていないな。
 そりゃあお姫さまと結婚する迷宮鼠ゴブリンの物語を信じていたなら、俺の言うことがおかしいとは思わないか。

「師匠。迷宮鼠ゴブリンはそこまで知能が高いのか? 土妖精コボルトとは問答無用で戦ったよな」
土妖精コボルトはテリトリー意識が高くて、ほかの生き物は食い物っていう連中だからな。交渉の余地がない。しかも意思の疎通がほぼ無理だし」
迷宮鼠ゴブリンは意思の疎通が出来るのか?」
「場合によるが。何か相手にとって価値あるものをこっちが持っていた場合、うまくいくこともあるんだよな」

 俺がそう言うと、勇者がものすごく真剣な顔になった。
 なんだ?

「干しナツメはダメだぞ。特に、特別なほうは!」
「……お前、何を言うかと思えば」

 自分の好物を死守したかったのか。
 子どもか?

「それ以外に反対がないようだったら行くぞ?」
「わたくしも一緒について行ってよろしいでしょうか?」

 と、聖女。

「ダメだ」

 きっぱりと断る。
 聖女はがっかりしたようにしょげてしまう。
 む? モンク睨むな。

迷宮鼠ゴブリンは身の危険を感じるとすぐに逃げてしまうんだが、追い詰められると反撃して来る。ちと乱暴な交渉になるから、危険がないとは言えないんだ」
「わかりました。わがままは言いません」

 俺の説明に、聖女はキリッと口を引き締めて決然と言った。
 そんな決死の覚悟のような顔をしなくてもいいから。
 
「じゃあ、待っていてくれ。……フォルテ」
「ピャ?」
「俺が合図したら、あの光り物を身に着けている奴を抑え込め」
「クルル」

 ちょっとした打ち合わせを終えると、俺はそっと隠れ場所から歩み出た。
 物音を立てないように、近づく。

 迷宮鼠ゴブリン達の耳はピクピクと動き、常に周囲を窺っている。
 
「よし行け!」

 俺の声にフォルテが飛び立つのと、気づいた迷宮鼠ゴブリン達が巣穴に飛び込むのとが同時だった。
 しかし迷宮鼠ゴブリン達は数が多い。
 より遠くに出ていた者は狭い巣穴に入り込むのがどうしても遅れてしまう。
 そこをフォルテに襲われた。

「キーッ!」

 迷宮鼠ゴブリンのなかでも魔鉱石を加工して、装身具のようなものを身に着けていた奴を、フォルテが両脚で掴んで引き倒す。

 あれだけいた迷宮鼠ゴブリンが、たちまち巣穴に収まる様子は見ていて面白いものだったが、フォルテに捕まって取り残された迷宮鼠ゴブリンにとっては、悲劇でしかない。

「キー! キッキッ」

 必死にじたばたしているが、駆け付けた俺にまで抑え込まれて、観念したようにおとなしくなった。

「まぁ落ち着け、取って食おうってんじゃない」
「チチチ……チュチュウ?」

 ものすごくブルブル震えている。
 なんか弱い者いじめをしているような気分になるな。
 いや、迷宮鼠ゴブリンだって人間と敵対している魔物であることは間違いない。
 冒険者と狩場が重なることもあって、ちょくちょく冒険者がやられているしな。
 決して弱者ではないんだ。

 ただ、迷宮鼠ゴブリンの巣がある場所は、危険が少ないので、冒険者のほうが巣穴を襲って自分達が利用するということもある。
 言ってみればお互いさまかな?
 
「ちょっと相談なんだが、この鳥の羽根を分けてやるから、下の層に行く通路を教えてくれないか?」

 俺がフォルテを指し示しながら懐から今まで集めていたその羽根の一枚を取り出すと、相手は不思議そうにその羽根と俺を見比べた。
 迷宮鼠ゴブリンはある程度は人語を解すると言われている。
 どのぐらい通じるかな?
 俺は地面の下を示して、もう一度羽根を渡す仕草をする。

「チュウ……チチチ・チ」

 迷宮鼠ゴブリンは小狡そうな表情になった。

「チュウ?」

 短い指を三本立てる。
 三枚寄越せということか。

「おいおい、見て見ろ、この羽根を。その魔鉱石の結晶なんかより、ずっとキラキラしてて綺麗だぞ。透き通っているだろ?」
「チュウチュウ、チッチチチ」

 すると、迷宮鼠ゴブリンは、フォルテに捕まれたところを示して、指の数を五本に増やす。
 こいつ、要求を増やすとか、なめてるのか?
 ケガをしたからその分補償しろとでも言っているんだろうが。

「……そういう強欲な奴は信用出来ないな。無益な殺生はしたくないが、そういうつもりなら仕方ないな」

 俺はわざとらしくはぁ、と、ため息を吐いた。

「チュウ!」

 迷宮鼠ゴブリンは焦ったようにジタバタし始める。

「どうする?」
「チ・チチチ……チュウ?」

 迷宮鼠ゴブリンは諦めたようにうなずいた。
 ただし、俺の持っている羽根を示して二本指を立てることは忘れなかった。
 この諦めの悪さは嫌いじゃない。
 俺はうなずいて渡してやる。

「チュウチュ、チチチチッチ!」

 あ、喜んで魔鉱石の飾りに結びつけたぞ。
 かなりのしゃれ者だな。
 まぁそう思ったから交渉相手に選んだんだが。

 迷宮鼠ゴブリンほど迷宮を知り尽くした者はいない。
 頼りになる案内を捕まえることが出来た。

「やれやれ」

 一仕事終えて仲間達のほうを振り向くと、ものすごく呆れたような顔で見られた。
 よく考えたら子どものようなサイズの人型の魔物を、脅しながら言うことを聞かせた形になるのか。
 いや、迷宮鼠ゴブリンというのは、油断ならない相手なんだぞ?
 だから、酷いことを子どもにする大人を見るような目をするのはやめろ。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。