上 下
556 / 885
第七章 幻の都

661 迷宮 幻の都9

しおりを挟む
 下の大穴を通らないのなら左右の大穴を通るしかない。
 元は通路があったらしい場所の壁が崩れて半分埋まっている空間に入り込み、先へと進む。

「ミュリア、アルフ、さっきので無理はしていないか? こういう場所で強がりはいらないぞ。休みたいときははっきりと言ってくれ。いざというときに魔法が使えないなんてことになると、全員仲良く死んじまうからな」

 大穴の場所からある程度離れたところで二人に呼びかける。
 さっきは明らかに無茶な魔法の使い方をしたはずだ。
 案の定、聖女は歩みが遅れ始めているし、勇者のほうは平気な振りをしているが、魔力が上手く体に巡っていないように見えた。

「そうだよ。ちゃんと休めるときに休むのがいい冒険者さ。そうだろ? ダスター」

 ニッとモンクが笑ってみせる。
 聖女に直接言うよりも俺を巻き込んだほうがいいと判断したのだろう。

「当然だ。自分の状態をコントロール出来ない奴は早々に脱落する。冒険者ってのは自分の体だけが頼りだからな」

 モンクの言葉を受けてそう答えた俺の言葉に、聖女が「ふふっ」と笑った。

「わたくし達、冒険者になれるかしら? 自分のためだけに生きるのが冒険者なのでしょう?」
「そうだが、そうでもないな。自分を生かすためには他人を助けなきゃならない場面なんてごろごろしてるからな。案外、人間は一人じゃあ何にも出来ないもんだぜ」
「そうですか。それならわたくしにも出来そうですね」

 そう言うと、聖女は自己申告をした。

「体内魔力がだいぶ薄くなっているように感じます。少し休みたいです」
「あ、俺もだ!」

 その聖女の申告に乗っかるように勇者が手を上げた。
 お前、それでいいのか? パーティリーダーとして。

「アルフ、こういうときは本来お前がまず休もうと言いだすべきなんだぞ? リーダーが無理をするパーティは生き残れない。覚えとけ」
「う、うむ、わかった」

 さすがに今のはタイミング的にまずかったと思ったのだろう。
 勇者は素直にうなずいた。
 こいつがもっとリーダーとして自覚してくれると、俺がこんなリーダー代理のようなことしなくてもいいんだけどな。
 本当に従者のやるような仕事だけさせてくれよ。

 周囲を探るが、ギルドの印が全く見当たらない。
 もしかするとこの通路は未発見エリアかもしれないな。
 何しろさっき壁をぶち抜かれたことで通れるようになったんだし。

「さて、ミュリアに無理をさせないために、ゆっくりと休める場所が欲しいところだが……」

 周囲の魔力を探るも、濃密な渦のような魔力のせいで何もわからない。
 仕方ないな。

「フォルテ、お前またちょっと先行して来い。危なそうな奴には近づくなよ」
「ピャッ!」

 さっきの騒ぎですっかり起きたらしいフォルテがバサバサと飛び立つ。

「ガフン」

 と、突如として勇者のマントから、フォルテと同程度の大きさになった若葉が離脱した。

「おい!」

 勇者が不機嫌そうに声を掛けると、『僕も仕事する!』と言ってフォルテの後を追う。
 さっきの勇者の魔法で起きたんだろうか?
 まぁあいつを止める手立てなんかないから好きにさせるしかない。

「ったく、勝手について来て全く言うこと聞かないし」
「誰かさんそっくりだな」
「え? 師匠はアイツみたいな最悪野郎を知ってるのか?」
「……まぁな」

 お前だ! と、言ってやりたいところだが、またバカげた張り合いをして魔法を暴発されてはたまらない。
 それに今はなんだかんだ言ってもだいぶ疲れているようだ。
 俺も鬼ではないので、追い打ちをかけるのは手控えてやった。

 フォルテの視界を借りて先へと意識を向けると、いくつかの魔鉱石の輝きが見える。
 マジで未発見の通路のようだ。
 小型の魔物が何種類かいるが、人間サイズの生き物に害を及ぼすタイプのものではない。

「んん?」

 通路が大きく広がって洞窟となっている場所に、地底湖のような水溜まりを発見する。
 その水が強い魔力の輝きを帯びていた。
 魔鉱石が溶け込んでいる水だ。
 この水は人間には毒なので飲料には使えない。
 だが、この水を好む魔物もいる。
 それが植物系の魔物だ。
 
「オアシスだ」
「へ? 大連合の?」

 勇者が不思議な顔をして聞き返す。

「ああいや、そういう植物系の魔物の群体があってな。魔力が豊富な水の周りに小さな森を作り上げるんだ。そこで魔力循環を行って魔力を消費するんで、周辺の魔力濃度が下がる。おかげで多くの魔力を必要とする強力な魔物が近寄らないのさ。道理で、この通路周辺は中層なのに小物ばっかりで変だとは思ったんだ」 
「ええっと、つまり?」

 メルリルが不思議そうな顔で俺に確認するように聞いた。

「休憩場所としては最適だということさ。ミュリアの結界もいらない」
「まぁ」

 聖女がちょっとうれしそうに微笑んだ。
 休憩ごとに聖女だけ魔法を使わせられていたんだもんな。大して力を使っていないとは言え、なかなか完全に休むことが出来ていないんだろう。

「ともかくそこで休憩だな」

 フォルテと若葉が戻って来る。

「グルル……」『あんまりおもしろくなかった。寝る』
「こいつめ……」

 若葉は戻ってすぐにまた小さな宝石のトカゲに擬態して、勇者のマントに張り付いた。
 すっかりそこが気に入ったんだな。
 勇者はかなり苛立っているが、さすがにここでケンカをする気力はなさそうだ。
 よかったよかった。

「これがオアシス。……大連合のオアシスとは違いますね」
「そりゃあな」

 内側にやや反った低木と、それに絡まるように垂れ下がるツタ、地面にはやわらかな緑の草がびっしりと生えている。
 普通の草木のように見えるが、これが全て魔物なのだ。

「安全なのか?」

 勇者が不安そうに尋ねる。

「この植物の魔物は、生物には興味がないんだ。オアシスだけで生命活動が完結している。だからこっちから攻撃しなければ何もしてこないし、害意のある魔物を寄せ付けない」
 
 そんな風に答えていると、今度は聖女が足元を見ながら質問して来た。

「地面の草は踏んでもいいのですか?」
「大丈夫。踏んで潰れるようなやわなもんじゃないから」

 踏み心地は、上等な敷物のようだ。
 俺達はゆっくりとオアシスの内部に踏み込む。
 地底湖に近づきすぎないように低木と背の高い草の間に全員で腰を下ろす。

「本当に、普通の森とは全然違う。精霊メイスが感じられない。でも、穏やか」

 メルリルが戸惑ったように周囲を見る。
 見た目は普通の植物だからな。
 植物の精霊メイスと親和性が高いメルリルにとっては不思議なんだろう。

「火は起こせないから、水に粉状に挽いた豆を混ぜたものを飲んでおけ。あんまり美味くはないが栄養にはなるからな。口直しに甘いものを配るぞ」

 カップに水で溶いた挽き粉を入れ、普通の干しナツメを配る。
 ササッと動いた若葉が、ちゃっかり干しナツメを一つ攫って行った。

「ピャッ!」
「フォルテ、お前の分はちゃんとあるから、ケンカするな。アルフ、お前も、若葉から奪おうとするな」

 フォルテと勇者を叱りつつ、やれやれと寝転がる。
 ただひたすらに魔力の水を循環させるオアシスの草は、不思議なことに、ふんわりと森の草花と同じような香りがしたのだった。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。