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第七章 幻の都

660 迷宮 幻の都8

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「アルフ、ミュリア、二人共外套を脱いでここに立ってくれ。しゃべらなくてもいいからな。……そうだな、下の連中を睥睨しているぐらいでちょうどいい」
「睨んでればいいのか?」
「え? え? わたくし、そういうことは……あの」

 勇者はすぐに了解したが、聖女には他人を睨むというのは少し難しいことだったようだ。

「あ、悪かった。ミュリアはアルフと違って性格がいいからな。無理はしなくていい。むしろ微笑んで見せたほうが効果的かもしれない」
「師匠、それはどういう意味だ」
「ん? わかりにくいことは何も言ってないと思うぞ」
「くっ……」

 背後で、聖騎士とモンクが苦笑いをしている。
 いや、お前等、自分達は関係ないみたいな顔してないで、外套を脱いで並べ。

「おい! てめぇら! お偉い勇者さまだかなんだか知らないが! この迷宮は国が保有している場所なんだぞ! それを壊してシカトする気か!」

 お、都合のいいことに代表者みたいな態度の奴が現れたな。
 様子からしてギルドの中堅どころといった感じか。
 よし、勇者、睨んでやれ。

「ぬ、こんな感じか?」
「お前普段のほうが目つきが悪いぞ」
「どういう意味だ!」
「そうそうそんな感じ」

 などと勇者とこそこそしゃべっていたら、下の連中が盛大にブーイングを飛ばし始めた。
 探索者連中は景気がいいことが好きなんで、他人のケンカにすぐ乗っかるんだよな。

「まぁまぁ、ちょっと誤解があるから言っておくが、別に勇者さまだって、意味もなく迷宮をぶっ壊した訳じゃないんだぞ。ワームがふわふわのいるエリアと飛び根のエリアの境をぶっ壊しやがったんだよ。それで、仕方なく飛び根をせん滅したって訳だ。お前等だって飛び根の始末の悪さは知ってるはずだろ!」

 俺の言葉に、下層の探索者達は押し黙った。
 飛び根に寄生されて、体を食い荒らされると酷い有様になる。
 肉や骨がこそげ落ちた化け物のような姿になってしまいながらも、消え失せた部分に痛みがないもんだから死ぬこともない。
 家族や愛する者に拒絶され、自死を選ぶ者もいるぐらいだ。

 それに内臓が無くなった場合にはどんどん衰弱して死ぬ。
 頭をやられたらもはや魔物と同じだ。
 自意識もなく、暴れるだけの存在になる。
 しかも飛び根は、素材として使えるところがない。
 最悪の魔物の一つと言えるだろう。

「……確かに、ふわふわ農場の近くに飛び根を閉じ込めた場所はあった」

 代表して文句を言っていた男が、俺の言葉を否定出来ずに苦い顔でうなずいた。
 よし、こっちが本当のことを言っていると思わせることさえ出来れば、後はだいたいの交渉はうまく行く。
 特に一度相手を責めてしまっている場合、ひるがえって正当性を認めてしまった時点で、次は責めにくくなってしまうのだ。

「偶然とは言え、勇者さま方が居合わせたことに感謝するべきじゃないのか? いや、偶然と思うことが間違っているんだ。これは神の思し召しだ。この迷宮から危険な魔物を、勇者の力を持って排除してくださったんだ」

 ざわざわと探索者達が先ほどまでとはまた違う様子で困惑の表情を浮かべていた。
 そもそも冒険者とか探索者という連中の心のなかはかなり複雑で、教会の教えを黙って受け入れたりはしないが、それでいながら、神の盟約によって自分達が守られているということを、心の深いところで信じている。
 何かとゲン担ぎをしたり、教会で売ってもらえるお守りを、こっそり懐に忍ばせていたりするものだ。

 なんと言っても、冒険者や探索者という仕事は、運の多少が生死に直結している。
 金に汚い彼等は、お布施なんかは出し渋るが、タダで加護をいただけるなら、それが少々怪しかろうと、つい信じてしまうところがあった。

「お師匠さま、ちょっと言いすぎでは?」

 聖女が心配して声をかけて来た。
 
「いや、こういうことはなるべく派手にぶち上げたほうがいい。地味にこそこそしていると、ここの奴等は信用しないんだ。冒険者なんていう人種は、堂々とバカを言う奴のほうを信じるもんなんだ」
「まぁ……」

 聖女は感銘を受けたような顔をする。
 え? どうした? まさか、今ので俺を尊敬したとかじゃないだろうな?
 あえて言わないが、これって詐欺師のやり口だぞ? 感心するところじゃないからな?

「まぁ、あんた達が勇者さまのパーティだってことは、嘘じゃねえとは思うが、……これで迷宮内の魔力バランスが崩れたのは間違いねえぞ」

 代表して話していた男は、やや勢いを落としながらも、しごくまっとうなことを言った。
 なかなかものがわかっている奴だ。
 一般的な探索者で魔力バランスなんて言い出す奴は滅多にいないだろう。

「それは確かに悪かったが。それこそ、勇者さまの役割だ。ヤバい奴が暴れ出すようなら、たちまち退治するとの仰せだ」
「いや、ちょっと待て! その素材はどうすんだ?」

 俺の言葉にたまらず代表していた探索者以外の奴が声を上げる。
 そうそう、その辺りをはっきりさせたいよな。

「勇者さま方は通常の魔物の素材に興味はない。ドラゴンクラスならともかく」
「ド、ドラゴン……」

 俺の、はったりとも言えない言葉に、場がシーンと静まり返る。

「ドラゴンとは話がついている。必要がなければ倒すつもりはないがな」

 ここで、勇者がアドリブを入れて来た。
 気負いも、嘘偽りも感じられない言葉は、荒んだ男達の胸にもスッと入り込んだ。

「ドラゴンと話をしたのか?」
 
 代表で抗議をしていた男が、魂の抜けたような声でそう言うと、静まっていた探索者達が途端に賑やかに騒ぎ始めた。
 
「すげえ!」
「さすがは勇者だ!」
「お隣にいるのって聖女さまかなぁ、可愛らしいなぁ、おい」
「お前が見ると聖女さまが汚れるだろ! 目を伏せろや!」

 なんだか各々勝手に騒いでるな。
 うんうん、探索者も冒険者も一致団結なんてしない連中だ。
 それぞれ気が逸れてしまえば、もう一斉に抗議なんて出来なくなる。

「という訳で、俺達は探索を続けるんで。お前達は自分たちの仕事をしてればいい。少々地図の書き換えが必要になったのは悪かったが、まぁ迷宮ならよくあることだろ」
「ふん。確かにな」

 周りの様子に、もう俺達に責任を追及出来ないと理解したのか、代表して声を上げていた男が、肩をすくめながらそう答えた。

「お前、名前はなんて言うんだ?」
「おいおい、こっちの名だけ聞くつもりか?」
「おう、悪かったな。俺はキラックだ。ギルド折れない剣のサブリーダーをしている」
「俺はダスターだ。見ての通り、勇者さま方の従者さ」
「従者だぁ? 探索者クセエぞ」
「そりゃあ昔、ここで頑張ってた時期があるからじゃねえか? 残念ながら探索者になる前に挫折したがな」
「へえ。そんな腑抜け野郎には見えねえが……まぁそういうことにしておいてやろうじゃないか」

 しておいてやろうも何も、俺は本当のことを言ってるんだけどな。
 しかしサブリーダーがいるギルドか。
 デカいところなんだろうな。
 折れない剣っていうのは昔聞いた覚えがあるぞ。
 長い間残り続けているギルドなら、ここでかなり力を持っているはずだ。

「じゃあな」
「ちょっと待て」

 この大穴から下に降りてもいいんだが、あの探索者達のなかに飛び込むのは、うちの女性達にあまりよろしくないので、別の降り口を探すことにしてきびすを返す。
 しかし、その背をキラックに呼び止められた。

「さっきのは本当なのか?」
「何の話だ?」
「ドラゴンと話をしたって奴だ」
「おいおい、勇者さまが嘘をつくとでも思ってるのか? さすがに不敬だぞ」

 ニヤリと笑って見せる。
 まぁ必要とあれば嘘もつくだろうけどな。
 嘘をつかないと思わせておくのは有効だ。

「そうか……そうか」

 キラックの目の奥で、何かの感情が動いたようだったが、親しくない俺にそれが何かわかるはずもない。
 そうして俺達は、探索者達に責任を取らされることなく、その場を後にしたのだった。
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