上 下
553 / 885
第七章 幻の都

658 溢れる光の先に

しおりを挟む
 ──……オンギャー、ミャー、アギャー……

「ダスター、赤ん坊の声が……」

 メルリルがそわそわした様子で言った。
 赤ん坊だと?
 耳を澄ます。
 確かに人間や動物の赤ん坊を思わせる声がかすかに聞こえる。

「……もしかすると」

 俺はそういった声で獲物を呼び寄せる魔物を思い浮かべた。
 実は獲物を呼ぶのに赤ん坊や傷ついた獣の声を上げる魔物は多い。
 そういう声に本能が刺激されて、ふらふらと近寄ってしまう動物がけっこういるからだ。
 もちろん人間も呼び寄せられやすい生き物の一種だ。
 なんと言っても人間は好奇心が強いからな。

「全員止まれ。だが、いつでも動けるような体勢で待っていてくれ」

 気づけは周囲は洞窟らしい暗さになりつつある。
 迷宮草が減っているのだ。
 魔力があればどんな土地にでも生えて来る草が、姿を消すような環境になりつつある。

 迷宮草の消えた場所には暗がりが生まれる。
 その暗がりから赤ん坊の泣き声のような声と、かすかにズルッ、ズルッと何かを引きずるような音が響いていた。

「下がれ。相手のテリトリーに突っ込む必要はない。引っ張り出そう。……アルフ、小さな火の玉をあの暗闇に投げ込め。コントロールの訓練にもなる」
「わかった、任せろ!」

 元気がよすぎて心配になる返事だったが、今回はよほどのポカをしない限りは問題はない。
 最悪でも、せいぜい相手が何かわからないまま、消し炭にしてしまう程度だろう。

 勇者は剣を持たずに魔法紋の上に魔力を集めていた。
 体の外に魔力を集めることが出来るのは放出タイプの特徴だ。
 便利でいいよな。

「火よ、小さきかたまりとなりて、敵を焼け!」

 言葉を紡いだ瞬間に、集まった魔力が火を生み出す。
 注文通りの小さな火だ。
 そう言えばこの場所は魔力が少なくなっていたか。コントロールに苦労するような状況でもなかったな。

 勇者は無造作にその火の玉を闇のなかに放り込んだ。
 ポフッと小さな音が響く。
 いくらなんでも小さすぎたか? と、俺が思った次の瞬間、ひゅんという音と共に、何かが闇のなかから飛んで来た。
 
「アルフ!」
「うわっ!」

 剣を持っていなかった勇者は、自分に向かって飛んで来た何かを籠手で払う。
 結果的に正解だった。
 勇者の籠手はドラゴンの鱗で作ったものだ。
 あれを一撃で貫く攻撃はまずあり得ない。

 ドサッと、勇者に払われて地面に落ちたモノは、ただの茶色の枯れた木の根のように見えた。

「っ、飛び根だ。気をつけろ、こいつ寄生型の魔物だ。体内に入り込んで何もかも吸い尽くすまで離れないぞ」
「ゲッ」

 勇者が俺の言葉に慌ててあとずさる。
 確実に狙われているもんな。
 飛び根は斬ってもそこから再生してしまうので、下手に斬ることが出来ない魔物だ。
 なるほど、こいつがいたからこのエリアは封鎖されていたのか。

 飛び根は、一見根っこのように見える脚をそれぞれうねうねと動かしてズルズルと這いずりはじめた。
 生き物の気配を感じて、飛びかかるチャンスを狙っているのだ。
 とは言え、こいつには目はない。
 魔力か気配か、何かそういうものを感知して、一定以上の距離に近づくと飛びかかって来るだけだ。
 存在が明らかになってしまえば、もう隙を見せることはないので、危険は減る。
 普通は。

「ダスター、周りに」
「ああ。どうも群れでいたみたいだな」

 メルリルの言葉にうなずく。
 寄生型なので普通は群れるような魔物じゃないんだが、閉じ込められている間に分裂したか、閉じ込める前に冒険者が切り刻んだか、まぁそんな感じの理由だろう。

「もう! こんなのばっかり! 迷宮なんて嫌い!」

 モンクがキレて叫んでいる。
 確かにキモイのが多いよな。
 彼女にはキツイ環境だろう。

「どうする? 師匠。燃やすか?」
「うーん。難しいところだな。燃えるのが先か、火を食っちまうのが先か」
「火も食うのか?」
「そうなんだ。野営していると、いつの間にか忍び寄った飛び根によって焚火が食われてしまって、寝ている間に寄生されるってのが、冒険者の定番の恐怖話の一つでな。まぁどの程度本当かは知らんが」

 俺がそんな話をした途端、モンクが「やめて!」と叫んで座り込んだ。
 
「こら、座り込むな、飛びかかって来るぞ」
「きゃっ!」

 おお、モンクの女の子っぽい悲鳴を久々に聞いた気がする。
 いやいや、そんなことを感慨深く考えている場合じゃないな。

「ちょっと危険だが、やってみたいことがある。ミュリアとアルフの呼吸を合わせる必要があるが、いけるか?」
「え? あ、はい!」

 聖女が元気に返事をする。
 というか、聖女は飛び根を怖がっていないようだ。
 何やら興味深そうに見ている。
 前々から思っていたが、聖女は見掛けと違って度胸があるよな。
 
「俺はいつでもいけるぞ」

 勇者は通常通りだ。
 うんうん、いつも前向きなのはお前のいいところだぞ。

「じゃあ説明するぞ。まずアルフがこいつら相手に例の神罰魔法をくらわせて動きを止める」
「その時点で死なないのか?」
「ちょっとでも無事な部分があると、そこから再生するんだ」
「うげえ」

 勇者はつくづく嫌そうな顔をしてまた一歩下がった。

「そしてミュリアが頑丈な結界を張る。勇者の魔法にも耐えられるやつだ。出来るか?」
「はい、魔法に指向性を合わせれば、なんとか勇者さまの魔法でも耐えられると思います」
「むう……」

 聖女の言葉に勇者はなぜか不満そうな顔をする。
 お前、今は妙な対抗心を発揮する場面じゃないからな。

「んで、アルフはミュリアの結界の外に出て、飛び根に向かって最大級の火炎系の魔法をぶち込む。そして結界にすぐ退避する。間違っても自分の魔法で死んだりするなよ。永遠に間抜けな最期が歌われ続けることになるぞ」
「師匠、言い方!」
「あの……」

 メルリルが手を上げた。
 すっかり意見を言うときに手を上げる癖がついたな、俺達。

「どうした? メルリル」
「火は息をするための風を食べてしまうの。外だとすぐに新しい風が呼び込まれるので大丈夫だけど、ここは地中だから」
「む? 全然外と繋がってないか?」

 メルリルは少しの間目をつむった。

「いえ、私達が来た方向からわずかだけど風が来てる」
「なら、息をするための風が補充出来たら教えてくれ。ミュリアの結界内なら俺達の息が出来なくなることもないだろうし、外の様子もわかるからな」
「わかった」

 飛び根を始末するためのプランは、決定した。
 俺達は少しずつ後退しながら、タイミングを見計らう。
 飛び根の群れが一つ方向にまとまったところで、勇者に声をかけた。

「今だ、アルフ!」
「魔なるモノを縫い留めろ! 神鳴り響け!」

 カッ! と、青白い光が前方に広がり、飛び根共を貫く。
 飛び根共は盛大に吹き飛びながらも、あちこちにちぎれ飛んだ一部が残ってピクピクと動いていた。

「神よ、盟約の民たる我らを魔の強大な力からお護りください」

 その間に神璽みしるしを握りしめて祈りを込めていた聖女が結界を発動する。

「おっ」

 その結界は、今まで聖女が使って来た結界と明らかに質が違っていた。
 
「キュウ」

 フォルテが目を覚まして、窮屈そうにしている。
 俺も何やら体が外側から押さえつけられているような感覚があった。

「すみません。魔法の力を抑制するので、魔力を持っている方は少し窮屈になるみたいです」

 聖女は自分自身も影響を受けているのか、眉を寄せて困ったような顔をする。

「いや、大丈夫だ。攻撃的なものじゃないし、なんていうかサイズの合わない服を着せられたような感じだな」

 俺がそう言うと、聖女は「ふふっ」と、笑った。

「小さな服は窮屈ですよね」

 俺達がそんな微笑ましい会話を繰り広げている間に、結界の外に残された勇者は、かなり気合を入れて魔法を発動していたようだ。
 結界内にいてすら、ビリビリと、迷宮全体が振動するような感じがした。

 あー、焚き付けすぎたか?
 俺は若干不安を感じたが、いまさらどうにもならんしな。

 次の瞬間、ゴッ! と、世界が爆ぜる。
 結界の外が白く発光し、ズウウウンという地鳴りのような振動が伝わった。
 そしてすさまじい光が押し寄せ、一瞬何も見えなくなる。

「ちょ、おい、アルフ、大丈夫か?」

 自分の声も聞こえない音と、まぶしい光のなか、結界のなかに転がり込む姿を確かに視界に捉えた。
 どうやら無事のようだな。

 まぁ……よかった、ってことで。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。