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第七章 幻の都

649 若きダスターの冒険2

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 カーンは、俺が今まで生きて来たなかでほとんど出会ったことがない、鎖分銅という武器の使い手だった。
 その相方のメイサーは、エストックとか言う突くためだけの武器の使い手だ。
 だからか、二人共ちょっと変わった戦い方をしていた。

 カーンはかなり豊富な魔力の持ち主だった。
 今にして思えば、州公の血筋なんだから当然だったのかもしれない。
 親が貴族だという話はだいぶ後から聞いたが、小さい頃に捨てられて、魔法紋を身に刻むことは出来なかったのだと言っていたな。
 だから魔法を使うことは出来ないはずなんだが、奴は不思議な力を使った。
 武器に乗せて見えない刃を放つのだ。
 その武器という定義には、特に縛りがないと気づいて、鎖を使い出したということらしい。

 そのせいもあって、くそったれなカーンと戦った相手は、きれいに死ねないと恐れられていた。

 銀の光、メイサーは、一撃必殺を得意とする。
 彼女の言うことには、なんとなく相手のどこを刺せば死ぬというのがわかるらしい。
 まぁ心臓を刺せばだいたいの奴は死ぬけどな。

「それでさ、ディック、こいつ、しょんべん垂れ流して震えていたんだぜ!」
「しょんべん垂れ流してないし、震えてもいなかった。適当に話を作るな。殴り合いをしたいなら応じるぞ」
「ふへへっ、面白い奴だろ、こいつ!」
「すっかり意気投合しちまったんだな」

 窮地を救われた形の俺は、二人に連れられて彼等の本拠地ホームに行くこととなった。
 ああいや、確かあのときは、逃げようとしたところを引きずられて行ったんだったな。
 そこでギルドリーダー兼ギルド長のディクネスと引き合わされた。
 彼はメイサーの兄であり、二人は男女の違いはあれそっくりだった。
 つまり驚きの美形だったのだ。

 メイサーは女性を感じさせないタイプの美女だったが、兄のディクネスに至っては、人間というよりも彫像か何かのような感じの美形だった。
 人間じゃなく神だと名乗ったら、思わず信じてしまえるような感じの男だったのだ。

 そんな連中と、いつの間にか俺は酒を飲み交わす羽目になっていた。
 カーンは俺にいい加減な逸話をくっつけてディクネスに紹介した。
 あまりにも不名誉な逸話だったので、俺は全力で抵抗した。
 いや本当に、しょんべんも垂れてないし、震えてもいなかった……ぞ。
 あー、ちょっとは震えていたかもな。
 人間があそこまで原型をなくす様を見たのはあれが初めてだったし。

「それで、お前……ええっと」
「ダスターだ」
「そうか。で、ダスター、お前はうちのギルドに入る気があるのか?」
「あんたらの話にはいろんなところがすっぽ抜けてる。まず、あんたらが何者なのか俺は知らんし、ここが何のギルドかも俺は知らん。知らないことを選ぶことは出来ない」

 俺は至極まっとうにそう返した。
 すると、カーンがさもおかしそうに笑いながら言った。

「な、こいつおもしれえだろ? あのクソ共に囲まれたときも、ずっと冷静に相手の動きを見てたんだぜ。使えそうじゃねえか」
「なるほどな」
「あんたらなぁ」

 自分の頭越しの会話に俺はキレかけていた。
 だが同時に、俺は自分が生かされていることにも気づいていた。
 この部屋にいるのは、いつでも胸先三寸で俺をひねり殺せる連中だったのだ。
 どんな相手にも唯々諾々いいだくだくと従うつもりはなかったが、無駄死にするつもりもなかった。
 慎重に動くべきだと俺の本能が告げていた。

「いい加減にしなよ。坊やがビビってるじゃないか。いいかい、坊や、よく聞きな。こいつらはバカだけど、理由もなくあんたをバラバラにしたりはしない。嫌なことは嫌と言ってもいいんだよ」

 メイサーはそう言って俺の頭に触れた。
 その瞬間、全身に痺れが走ったのを鮮明に覚えている。
 いや、魔法とか何かの技を使われたとかいうんじゃなくて、……まぁ言うなればひとめぼれって奴だったのかもしれない。

「坊やじゃない。ダスターだ」

 俺がそう言うと、メイサーは愉快そうに笑った。

「そうそうその調子」

 結局のところ、俺がそのギルドに入るのに自分の意思を示す機会は訪れず、そのまま酒を飲んでそこらで適当に寝て起きたら、いつの間にかギルドメンバーになっていた。
 絶対騙されたんだと思う。

 ともかく、そんな感じで、俺は迷宮都市の冒険者になった。
 探索者になるためには、少なくとも三年は、迷宮都市で冒険者として実績を積む必要があった。
 だが、迷宮に潜るだけなら、探索者をリーダーとしたパーティを組めば、ただの冒険者資格でも可能だった。

 ディクネス率いるギルド、「闇のなかの灯」には、それなりの数の探索者がいた。
 そのなかでも上位の探索者は、ギルド長であるディクネス、その妹のメイサー、そしてメイサーの相棒のカーンだった。
 この三人は、ほかの探索者と比べて強さが隔絶していた。
 三人が揃っているテーブルには仲間と言えども誰も近づかなかった。
 俺が平気な顔をして同じテーブルに座るのを、信じられないという顔をして見ていたっけな。

 俺だって平気な訳じゃなかったが、ただ自分よりも強いというだけの相手にビビるつもりもなかった。
 危険な魔物でも自分の群れの仲間を意味もなく襲って食ったりはしない。
 無法地帯の迷宮都市だからこそ、そういうケジメはつけるべきだと思っていたのだ。

 どれだけ強かろうが、判断を間違えることもあれば、強いからこそ理不尽を行ってしまうこともある。
 そういったときに、なぜかいつも俺はストッパー役に回ることとなった。
 一度、カーンがぐでんぐでんによっぱらって、なんの罪もない酒場をぶっ壊しそうになったときには、奴の鎖を師匠直伝の技でぶった斬ったこともあった。
 俺が一刀両断のダスターとか呼ばれだしたのはおそらくあの後だと思う。

 迷宮「幻の都」は、静謐な世界だった。
 もちろん内部には魔物が巣食っているんだが、ボロボロに崩れたかつての都市の痕跡は、そこに確かに人の営みがあったのだと感じさせた。
 巨大な柱に刻まれた彫刻や、まるで地上に焦がれたかのように、石材で作られた木々の森など、意外にも古代の人類は、芸術を理解する文化人だったことがわかる。

 一方で、探索者はがさつ・・・だった。
 運び出すことの出来ないそういった芸術的な存在を、平気でぶっ壊して回っていた。
 まぁその間で戦闘を行うんだから仕方ないことではあったんだけどな。

 それと、俺達のギルドにはいなかったが、ほかのギルドには奴隷連れの探索者が多かった。
 俺のいたギルドに奴隷がいなかった理由としては、ギルド長の方針という話だったが……。

 これも酒の席で聞いた話だが、ギルド長のディクネスとその妹のメイサーは、奴隷と奴隷商人の間に産まれた子どもだったらしい。
 二人の母親があまりにも美しかったので、奴隷商人は商品として売ることが出来ず、自分のものにしてしまい、二人が産まれたということだ。

 まぁこの二人の母親ならそりゃあさぞやべっぴんだったんだろう。
 結局のところ、その行為が遠因となって、その奴隷商は破滅して、二人は孤児となったのだそうだ。
 母親はどこかに売られたんだろうという話だった。
 本人達は絶対に両親の話をしないので、詳しいことはわからない。
 ただ、全ては迷宮都市で起きたことなので、街の人間には広く知られていた。
 どうもかなり大きな事件だったらしい。

 ともかく、二人はその生まれのせいか、奴隷を使役するということに嫌悪感を抱いていたのは間違いなかった。
 迷宮内部で奴隷を連れた探究者を見つけると、二人の殺気が膨れ上がるのを感じたものだ。
 生きた心地がしないので、止めて欲しかったな。

「ダスター、お前の技は出が遅いのが難点だな。強力なんだけどなぁ」

 迷宮探索の際に、カーンは残念そうにそう言っていた。
 とは言え、カーンとメイサーがスピードタイプなので、彼等が敵を翻弄している間に俺が大物を断ち切るという戦術はなかなか効果的だった。
 問題は、二人の攻撃に耐えられる魔物が、そもそも少ないという点ぐらいだ。

「がれきをどけるのには役立つだろ」
「そういうことを悪びれずに言えるのがお前の強みだなぁ」

 まぁそんな感じで、俺達のパーティは少人数ながら上手く噛み合っていたと思う。
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