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第七章 幻の都
642 精霊の宴
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「メルリル、俺達が馬車を離れている間、馬車を見えないように出来るか?」
「ええっと、少し待ってもらえますか?」
俺が頼むと、メルリルは真剣な顔で馬車の周りの木に触れたり、周囲を見回したりし始める。
「メルリルさんの結界ですね。森人の結界は不思議です。魔法とは違うのですよね」
聖女が寄って来て、首を傾げながらメルリルの様子を見ている。
「魔法の結界でもいいんだけどな。魔法はわかる奴には使っていることがわかるからな。その点、巫女の使う術は、精霊を感じられなきゃわからないものだ」
「それに、魔法の場合はいろいろと制限が多いですから。術者起点の場合は術者が移動すると解除されてしまいますし、触媒を使う場合には触媒そのものは隠せません」
「普通はそれでも断然便利だけどな。巫女の術だって精霊がいない場所じゃ使えないんだし。どんなものにも長所短所があるってことさ」
「そうですね。とても勉強になります」
聖女とメルリルの使う力は、少々被っている部分もあるが、使い分けをすることでお互いの苦手分野を補うことが出来る。
そのせいか、聖女は巫女という存在に興味津々な様子だった。
単純にメルリルと聖女が仲がいいということもある。
「ダスター、ここの精霊は、少々こらえ性がなさそうです。長く言うことを聞いてもらうには、音楽か歌か踊りが必要かも?」
「ここで歌って踊るのか? メルリルが?」
「私である必要は特にないですね、私の仲間である必要はあります」
「へっ?」
少しいたずらっぽいメルリルの言葉に俺は仲間内をぐるっと見回した。
踊りはなんとかなるかもしれんが、歌については未知数だ。
ん? 俺か? 俺はダメだぞ! ガマガエルのほうがマシとか言われたことがあるからな!
俺が恐れおののいているのを見て、メルリルが笑う。
「精霊の笛があればよかったんだけど」
そしてそう言いつつ帯の右側に手を触れた。
精霊界に迷い込んだときに無くなった笛を思い出す。
あれはかなり特殊な笛だったもんな。
「あの、聖者さまからもらった神璽はどうなんだ?」
「あれは……術を補助はしてくれるのですが、音は出ないです」
ちょっと困ったように答えられてしまった。
あー、そりゃそうだよな。
バカなこと聞いちまった。
これはあれだな、近いうちに何か楽器のようなものを買う必要があるな。
「それならこうしたら?」
モンクが横からひょいと顔を出して突然そう言ったので、俺は思わずぎょっとして体をのけ反らせた。
うわっ、気配がなかったぞ。
無意識に剣に手をかけてしまったじゃないか。脅かすな。
モンクはニヤニヤ笑って俺のそんな様子を見ている。
これ、絶対わざとだ。
「なんだ?」
「ダスター、顔怖いよ。メルリルが怖がるよ?」
「うぬっ」
「ダスターはどんな顔をしても素敵ですよ」
モンクのからかいに思わずムッとしていると、メルリルがおかしな擁護をしたので、気が抜けてしまった。
「うわっ、ごちそうさま。はー、いいなーダスター、メルリルみたいなきれいな人にこんなに想われて。ちゃんと大事にしなよ」
「お前に言われるまでもない」
「はいはい、怒らない怒らない、大人なんだから」
こいつめ。
ずっと馬車だったから退屈してるな?
「何か提案があるんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった。あのさ、今夜、宴会をしようよ。歌って踊って。冒険者はよくやるんでしょ?」
「そりゃ、何かを達成したときだ。着いたばっかりではしゃいでたらバカかと思われるぞ」
「いいじゃん。他人にどう思われようと」
モンクは真顔でそう言った。
彼女のこういうところは嫌いじゃない。
他人は他人、我が道を行くという感じだ。
案外一番冒険者向きなのかもな。
「うーん、そうだな。なんでもないときに歌ったり騒いだりする奴等もまぁいるぞ、そもそも酒が入ると自然発生的にそういう感じになるからな」
「やた! やろうやろう、ここ、ほかの野営からけっこう離れてるし、大丈夫」
「何に対して大丈夫なのかわからんが、メルリルの術に必要なら、仕方ないか」
「いいですね。楽しく歌って踊りましょう?」
メルリルもノリノリだ。
俺は気が重いぞ。
その夜。
馬車の傍で火を起こし、ひとりずつ歌か踊りを披露するという、宴会もどきを行った。
酒は軽めに、叩くといい音のする空の樽を伴奏にして盛り上がる。
途中からは恥ずかしいという気持ちも消えて、ひとりずつという縛りもなくなり、全員が一緒に歌って踊った。
勇者達もいつもとは違って普通の若者らしい様子だったし、俺自身も楽しむことが出来たと思う。
まぁ一番楽しんでいたっぽいのはモンクだったが。
男女の役割を入れ替えて、ぶん回されていた聖騎士は、気の毒としか言いようがない。
歌や踊りの邪魔にならないように、食べ物は全て一口サイズですぐに食べられるものにしたが、なかなか美味かった。
仕入れた燻製肉は、脂がのっていて、長期保存には向かないが、味がいいものだったし、それを炙って、薄く焼いたパンと辛みのあるハーブとで巻いたものを、思い思いに食べるスタイルにしたのだ。
ワインはハーブとお湯で割った、貴族式の飲み方にした。
あまり酔わないようにだ。
俺と聖騎士以外は、それにハチミツも足した。
「精霊達の機嫌がものすごくよくって、なんでも来いみたいな感じ」
翌朝、俺達の奮闘の甲斐あって、メルリルの術は上手くいったようだ。
フォルテの羽根をキーにしたんだが、持っていない状態だとそこに馬車があることに全く気付かない。
「一年ぐらいは全然任せても大丈夫そうです」
「そこまでがんばらなくてもいいぞ」
俺は見ることの出来ない精霊に向かって思わず呟いたのだった。
「ええっと、少し待ってもらえますか?」
俺が頼むと、メルリルは真剣な顔で馬車の周りの木に触れたり、周囲を見回したりし始める。
「メルリルさんの結界ですね。森人の結界は不思議です。魔法とは違うのですよね」
聖女が寄って来て、首を傾げながらメルリルの様子を見ている。
「魔法の結界でもいいんだけどな。魔法はわかる奴には使っていることがわかるからな。その点、巫女の使う術は、精霊を感じられなきゃわからないものだ」
「それに、魔法の場合はいろいろと制限が多いですから。術者起点の場合は術者が移動すると解除されてしまいますし、触媒を使う場合には触媒そのものは隠せません」
「普通はそれでも断然便利だけどな。巫女の術だって精霊がいない場所じゃ使えないんだし。どんなものにも長所短所があるってことさ」
「そうですね。とても勉強になります」
聖女とメルリルの使う力は、少々被っている部分もあるが、使い分けをすることでお互いの苦手分野を補うことが出来る。
そのせいか、聖女は巫女という存在に興味津々な様子だった。
単純にメルリルと聖女が仲がいいということもある。
「ダスター、ここの精霊は、少々こらえ性がなさそうです。長く言うことを聞いてもらうには、音楽か歌か踊りが必要かも?」
「ここで歌って踊るのか? メルリルが?」
「私である必要は特にないですね、私の仲間である必要はあります」
「へっ?」
少しいたずらっぽいメルリルの言葉に俺は仲間内をぐるっと見回した。
踊りはなんとかなるかもしれんが、歌については未知数だ。
ん? 俺か? 俺はダメだぞ! ガマガエルのほうがマシとか言われたことがあるからな!
俺が恐れおののいているのを見て、メルリルが笑う。
「精霊の笛があればよかったんだけど」
そしてそう言いつつ帯の右側に手を触れた。
精霊界に迷い込んだときに無くなった笛を思い出す。
あれはかなり特殊な笛だったもんな。
「あの、聖者さまからもらった神璽はどうなんだ?」
「あれは……術を補助はしてくれるのですが、音は出ないです」
ちょっと困ったように答えられてしまった。
あー、そりゃそうだよな。
バカなこと聞いちまった。
これはあれだな、近いうちに何か楽器のようなものを買う必要があるな。
「それならこうしたら?」
モンクが横からひょいと顔を出して突然そう言ったので、俺は思わずぎょっとして体をのけ反らせた。
うわっ、気配がなかったぞ。
無意識に剣に手をかけてしまったじゃないか。脅かすな。
モンクはニヤニヤ笑って俺のそんな様子を見ている。
これ、絶対わざとだ。
「なんだ?」
「ダスター、顔怖いよ。メルリルが怖がるよ?」
「うぬっ」
「ダスターはどんな顔をしても素敵ですよ」
モンクのからかいに思わずムッとしていると、メルリルがおかしな擁護をしたので、気が抜けてしまった。
「うわっ、ごちそうさま。はー、いいなーダスター、メルリルみたいなきれいな人にこんなに想われて。ちゃんと大事にしなよ」
「お前に言われるまでもない」
「はいはい、怒らない怒らない、大人なんだから」
こいつめ。
ずっと馬車だったから退屈してるな?
「何か提案があるんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった。あのさ、今夜、宴会をしようよ。歌って踊って。冒険者はよくやるんでしょ?」
「そりゃ、何かを達成したときだ。着いたばっかりではしゃいでたらバカかと思われるぞ」
「いいじゃん。他人にどう思われようと」
モンクは真顔でそう言った。
彼女のこういうところは嫌いじゃない。
他人は他人、我が道を行くという感じだ。
案外一番冒険者向きなのかもな。
「うーん、そうだな。なんでもないときに歌ったり騒いだりする奴等もまぁいるぞ、そもそも酒が入ると自然発生的にそういう感じになるからな」
「やた! やろうやろう、ここ、ほかの野営からけっこう離れてるし、大丈夫」
「何に対して大丈夫なのかわからんが、メルリルの術に必要なら、仕方ないか」
「いいですね。楽しく歌って踊りましょう?」
メルリルもノリノリだ。
俺は気が重いぞ。
その夜。
馬車の傍で火を起こし、ひとりずつ歌か踊りを披露するという、宴会もどきを行った。
酒は軽めに、叩くといい音のする空の樽を伴奏にして盛り上がる。
途中からは恥ずかしいという気持ちも消えて、ひとりずつという縛りもなくなり、全員が一緒に歌って踊った。
勇者達もいつもとは違って普通の若者らしい様子だったし、俺自身も楽しむことが出来たと思う。
まぁ一番楽しんでいたっぽいのはモンクだったが。
男女の役割を入れ替えて、ぶん回されていた聖騎士は、気の毒としか言いようがない。
歌や踊りの邪魔にならないように、食べ物は全て一口サイズですぐに食べられるものにしたが、なかなか美味かった。
仕入れた燻製肉は、脂がのっていて、長期保存には向かないが、味がいいものだったし、それを炙って、薄く焼いたパンと辛みのあるハーブとで巻いたものを、思い思いに食べるスタイルにしたのだ。
ワインはハーブとお湯で割った、貴族式の飲み方にした。
あまり酔わないようにだ。
俺と聖騎士以外は、それにハチミツも足した。
「精霊達の機嫌がものすごくよくって、なんでも来いみたいな感じ」
翌朝、俺達の奮闘の甲斐あって、メルリルの術は上手くいったようだ。
フォルテの羽根をキーにしたんだが、持っていない状態だとそこに馬車があることに全く気付かない。
「一年ぐらいは全然任せても大丈夫そうです」
「そこまでがんばらなくてもいいぞ」
俺は見ることの出来ない精霊に向かって思わず呟いたのだった。
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