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第六章 その祈り、届かなくとも……

615 試行錯誤

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 ぐねぐねとうごめく白い体内に、黒い筋のような渦のようなものが見える巨大な芋虫状の魔物は、空中でうねりながら、ゆっくりとこっちへと向きを変えつつあった。
 もしや俺達に気づいている?
 そう思った瞬間だった。
 目に魔力を込めていたから気づけた。
 魔物の体内の黒い筋のようなものが膨張したかと思うと、体の外へと一斉に糸のようなものが噴き出して、それが撚って、見えない鞭のように、いや、柔軟な槍のように形状を変え、恐ろしいスピードで突き出されたのだ。

「クルスッ! ミュリアをカバー!」

 俺の咄嗟の声に聖騎士が即座に応じる。
 盾を突き出して聖女の身を魔物から隠すように防御した。
 さすがの対応力である。

 聖騎士の盾に魔物の攻撃がぶつかる。
 その瞬間、グワングワンというような、体ごと揺さぶられる、耳に聞こえない衝撃が周囲に響いた。
 
「キシャーッ!」

 それまでのんびりゆらゆらしていた魔物が激しくのたうつ。
 正直何があったのかよくわからないが、聖騎士が聖女を守り切ったのは確かだ。

「さすがだクルス」
「ドラゴンの盾のおかげです。つまりダスター殿のおかげですね」

 おそらく、聖騎士からしてみれば、見えない攻撃を防いだという感じなんだろうと思うのだが、落ち着いた様子でそんな謙遜までしてのけた。
 うん、大物だな。
 というか、そう言えばその盾、ドラゴンの鱗製だったな。
 アドミニス殿はどうも完璧主義なところがあるようで、聖騎士のために作られた盾は、元から彼の装備の一部であったかのようにデザインが統一されている。
 そのため、見た目的には特別感がないのだ。
 俺の持つ星降りの剣も、美しい剣ではあるが、ドラゴン素材である威厳的なものは外装からはわからない。
 それでいて、そのあつらえには、飽くことなく見惚れてしまう美しさもあった。
 あの人、魔王よりずっと鍛冶師が向いているんだろうな。
 まぁ魔王ってのは、他人がそう呼んだってだけだからな。

 さてさて、あの魔物、最初フォルテを狙って、次に聖女を狙った。
 しかも目で見ているという感じじゃない。
 もしかすると魔力を感知しているんじゃないだろうか?
 それで魔力の多い相手を狙っているとか?
 ……確認が必要だな。

「アルフ、お前ちょっとあいつの横を走りぬけて来い」
「えっ、なんでだ? どうせなら攻撃したいんだが」
「いいから、確認したい。もし攻撃して来たらちゃんと避けろよ」
「……わかった」

 まぁ勇者のスピードなら避けることは可能だろう。
 最初フォルテへの攻撃を勘だけで防いでいたようだし。
 万が一の場合でも勇者には神の加護があるんで、祝福の効果で一撃死はしないはずだ。

「俺は同時にあいつに接近してみる」
「えっ!」

 メルリルが驚いたように声を上げた。

「危険よ!」
「わかっている。だが、俺には攻撃が見える。ほかに適任はいないだろ。あ、フォルテを頼む」

 俺は頭の上からフォルテを引きずり下ろすと、メルリルの手に渡す。

「ギュゥ」

 なんか文句を言っていたが、フォルテはメルリルの手におとなしく収まった。
 メルリルは何かを言い募ろうとして、ぐっと我慢したようだ。
 心配かけて申し訳ない。

 俺達は同時にスタートする。
 勇者は剣を抜き放つと、湖畔沿いに魔物の浮かぶ脇を走った。
 その間、聖騎士には聖女の前で盾を構えていてもらう。
 聖騎士の盾に阻まれて、少しの間もがいていた魔物も、今は落ち着いてまたうねうねと気持ち悪くうごめいていた。
 モンクがずっと無言で真っ青になっているんだが、大丈夫か?

 ともあれ、検証をしてしまおう。
 俺は勇者とは違い、湖のほうに向かって走り出した。
 位置的に言うと、勇者は魔物との距離は一定に保ち、俺は魔物に近づく形になる。
 普通は近づいて来る相手のほうが気になるものだ。 

 相手が巨体なので、脇を走り抜けると言ってもかなりの距離があるが、魔物は俺達が走り出すと同時に動きが激しくなった。
 頭部をぐるぐる動かして、湖畔のほうに向け、勇者を追うようにゆっくりと動かす。
 そしてあの黒い筋のようなものが蠢き、見えない糸のような何かが勇者に向けて放出された。

「そんなものが届くか!」

 今度の攻撃は、太い一本にするのではなく、細い糸状になったものが縦横無尽に飛び出すというものだった。
 見ていて思わず肝を冷やしたが、勇者はその全てを見事に躱してみせる。
 思わず拍手をしそうになったぐらい素晴らしい体捌きだった。
 しかしやばいな、さっきあの攻撃が来ていたら聖騎士の盾でも防御出来たかどうか。
 あの魔物、さっきの攻撃で痛い目を見たから攻撃パターンを変えて来たのか? もしそうだとしたら、恐ろしい学習スピードだな。

「しかしおそらくこれで間違いない」

 近づく俺を無視して勇者に攻撃を放った。
 あの魔物、確実に魔力の量を感知していて、より魔力の豊富な相手を攻撃……いや、捕食しようとしているようだ。

「ダスター殿!」

 突然聞こえて来た声にびくっとしてしまう。
 どこから聞こえて来たのかと探すと、湖の中央近くまで突き出た崖の突端部分に英雄殿がいた。
 位置的に芋虫のような魔物のすぐ近くなのだが、どうも魔物からは完全に無視されているようだ。
 うん? もしかして。

「サーサム卿! どうしたんですか! 富国公は?」

 俺はわざと大声を出して聞いてみた。
 魔物は完全な無反応だ。
 音は聞こえてないのか。

「奴はこいつを引っ張り出して、挙句に自分が食われてしまった。愚か者の最期だな」

 富国公を悪しざまに言っているその声は、ひどく悔しそうだった。ギリギリと歯を噛みしめる音が聞こえて来そうだ。
 張本人が死んでしまっては、何がどうなっているのかを調べるのが大変だということを考えたのかもしれない。
 この人、調査は苦手そうだからな。
 ぜひ、そういうのが得意な助手を見つけて欲しい。

 というか、そうこうしている間も勇者が魔物と攻防を行っている。
 見ていると、魔物があの黒い筋を使った攻撃をするのには、一定の間隔が必要なようだ。
 とは言え、その間隔はかなり短い。勇者だって人の子だ。いつまでもあの複雑な攻撃を避け続けるのは難しいだろう。
 ヤバいな、なんとか勇者を引き離さないと。

 俺は星降りの剣を抜き、かまえる。
 ち、やっぱり斬れるイメージがない。
 だがまぁ何もしないよりはいいだろう。
 技が通じなくても、ドラゴンの爪だからな。

「断絶の剣!」

 直接当てられればいいんだが、相手は湖の中央近く、剣先が届くはずもない。
 断絶の剣の魔技としての斬り裂きを飛ばしてギリギリだった。
 技を放った瞬間、弾力のあるものに弾き返される手ごたえがある。

「アルフ! 今のうちに魔力を隠して引けっ!」
「わかった!」

 勇者は返事と同時に魔力を体内に飲み込むように引っ込める。
 魔力を引っ込めると身体能力も一気に下がるので、攻撃を受けている間にやると危険だが、魔物は俺の攻撃を受けて、のたうちながら黒い筋を縮めた。
 攻撃はあの黒い筋が広がっているときだけのようなので、今なら危険はないだろう。
 俺も急いで戻ると、聖女に結界を張って魔力を隠すように頼んだ。

 恐ろしいことに、聖女が結界を張る瞬間に魔物が一瞬こっちに頭を向けた。
 冷や汗をかいたが、相手も用心したのか、攻撃が飛んで来ることはなかった。

「どうやって倒せばいいんだ? アレ」

 厄介すぎる相手だ。とにかく作戦を立てないとな。
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