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第六章 その祈り、届かなくとも……
614 名状し難いモノ
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城の連絡通路のような場所の途中の高台から湖を一望する。
だが、俺達の到着した場所は魔物が出た方向とは違っていたようで、そこに魔物の姿はない。
ただ、湖がやたら波立っているのが見えた。
「ギャッギャッギャッ!」
「フォルテ!」
頭上から激しいののしり声が聞こえて来たかと思うと、フォルテが急降下して来た。
そして俺の髪をめちゃくちゃに引っ張りつつ頭をつつきまわすという暴挙に出やがった。
「やめろ! 落ち着け!」
ヒョウ! と、生ぬるい風が渦を巻く。
ぞくりと背筋が凍るような寒さを覚え、俺は思わずメルリルを抱えてその場から飛び離れた。
「きゃああ!」
「っ!」
同時に聖女が悲鳴を上げ、勇者が反射的に剣を抜き、魔力を放ちながら下段からかち上げるように振り上げる。
一瞬、何もない空間にもやがかかるような錯覚があった。
「なんだ? 今のは」
「ギャッ、キュー、クルルルッ! ゲッゲッ!」
フォルテが憤りをぶつけるように説明するんだが、どうも要領を得ない。
なにやら気持ちの悪いモノがいるということだけはわかった。
「とにかくここからだと何が何だかわからない。湖畔に降りて回り込もう。ミュリアとメルリルはここで結界を張って身を守っておいたほうがいいかもしれないぞ? どうも今回は勝手が違う」
「いえ、行きます!」「私は平気!」
俺が聖女とメルリルに身を守っておくように提案したが、即座に撥ねつけられた。
まぁそう言うだろうと思ったよ。
一縷の望みに賭けて言ってみただけだ。
俺は勇者を見た。
勇者は珍しく難しい顔をしている。
「剣を通して相手の魔力と接触した感じがした。どうも……気色悪い」
「気色悪いってどういうことだ?」
わかるように説明しようぜ。
「んー、魔力を引っ張られるような……そんな感じがした。ちょうど髪を数本だけ掴まれて抜かれそうになる感じだ」
「あー、すごくわかりやすいたとえだな」
俺なんかフォルテにしょっちゅう髪を抜かれそうになっているからな。
そのフォルテは、俺の頭の上に座り込んで頑として動かない体勢だ。
よほど嫌なことがあったんだな。
「よし、先頭はアルフにまかせる。相手が魔物ならクルスの盾も有効だろうし、背後を任せていいか?」
「おう」
「お任せを」
勇者と聖騎士を前後に配置して、俺が中央寄りに、メルリルと聖女とモンクをその間に配置する。
高台から湖畔まではかなりの高低差があり、魔力操作が使える者はいいが、ただでさえ重厚な鎧を装着した聖騎士は難儀しながら降りた。
それでもきっちり転びもせずに降りてしまえるのが、この男のすごいところだ。
メルリルは当然風に乗ったんだが、なんと崖の途中で放り出されるような感じになってしまい。落ちて来たところを危うく受け止めた。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさい。精霊が混乱していて、うまく同調出来ない」
「いや、謝ることじゃない。その情報だって貴重なものだ。何か異常を感じたら教えてくれ」
「はい!」
メルリルは失敗したと思ったのか、少し落ち込んだが、俺の言葉に元気よく返事してくれた。
失敗すること自体は別に問題じゃない。
問題はどうして失敗したのかを考えないことだ。
物事には原因がある。
そして普段と違うものごとの原因は、ときとしてとても貴重な情報源となることがあるのだ。
「アルフ、さっきのお前の感覚だが……」
「おう?」
「メルリルが精霊が痛みを感じてひどくおびえていると言っている。この両方に関連があるように思う」
「精霊も痛みを感じるのか? 体もないのに」
「そこだ。お前もさっき魔力が接触したときに髪が引っ張られるような感じがしたって言ったじゃないか」
「あー、なるほど。そういうことか。……相手は魔力食いかもしれないんだな」
「ありそうだろ。もしその魔物が人工迷宮で造られたものだとしたら、長期間濃縮した魔力のなかで育ったはずだ」
「クソがクソを造ったってことだな。クソが!」
「下品すぎるだろ」
勇者の発言とは思えないぞ。
城のある島の、湖周辺は小さな林のようになっている。
おそらくだが、偽装している城本体の様子を見えないようにする意図があるんだろう。
そのおかげで、崖を降りてから湖がよく見えなくなっていた。
俺達はぞわぞわする気配のほうへと感覚だけを頼りに近づく。
ああいや、俺や勇者なんかは皮膚感覚みたいなもので感じ取っていたが、聖女とメルリルはもっとはっきりとした位置を察知していて、基本的には二人の言葉で誘導されていた。
「ここを抜けた先です。ご注意ください」
聖女が木立の先を示して言った。
メルリルは口元を抑えて顔色を悪くしている。
本当は待機しておいてもらいたいが、本人が行くと言った以上は、止めることは出来ない。
とは言え、動けなくなるようなら容赦なく強制待機してもらうけどな。
勇者が用心深く体を低くして先へと進む。
いきなり突撃しなくなっただけでもだいぶ違うな。
突撃癖が抜けていないようだったら、しんがりを任せるつもりだったんだぞ。
「師匠、ヤバい」
湖のほうを透かし見た勇者がそうひとこと言った。
俺も身を伏せつつ湖が見渡せる位置まで進む。
「うわぁ、ヤベェな」
勇者の言う通りだ。ヤバい。
なんかヒルと芋虫の中間のようなぶよぶよした気持ち悪い虫の魔物が水面より少し上に浮いている。
比較対象になるものが周囲にないのではっきりとわからないが、かなりデカい。
下手したら一般的なドラゴンの大きさぐらいあるんじゃないか?
いや、そこまではないか。
それにしても気持ち悪いな。
ぶよぶよの皮膚の下が透けて見えていて、何か縞模様のようなものがうごめいている。
目に魔力を通して見ると、内部で魔力が渦を巻いているような感じだ。
白く光っている部分が魔力で、黒っぽい部分がその魔力を吸っているような……だめだ、じっと見ていると頭のなかがクラクラして来る。
あの黒い部分、こっちの魔力に干渉しているんじゃないか?
全身がぞわぞわするぞ。
「アレと戦うのか……」
いつも猪突猛進な勇者が、ひどく嫌そうな声を出したのが印象的だった。
だが、俺達の到着した場所は魔物が出た方向とは違っていたようで、そこに魔物の姿はない。
ただ、湖がやたら波立っているのが見えた。
「ギャッギャッギャッ!」
「フォルテ!」
頭上から激しいののしり声が聞こえて来たかと思うと、フォルテが急降下して来た。
そして俺の髪をめちゃくちゃに引っ張りつつ頭をつつきまわすという暴挙に出やがった。
「やめろ! 落ち着け!」
ヒョウ! と、生ぬるい風が渦を巻く。
ぞくりと背筋が凍るような寒さを覚え、俺は思わずメルリルを抱えてその場から飛び離れた。
「きゃああ!」
「っ!」
同時に聖女が悲鳴を上げ、勇者が反射的に剣を抜き、魔力を放ちながら下段からかち上げるように振り上げる。
一瞬、何もない空間にもやがかかるような錯覚があった。
「なんだ? 今のは」
「ギャッ、キュー、クルルルッ! ゲッゲッ!」
フォルテが憤りをぶつけるように説明するんだが、どうも要領を得ない。
なにやら気持ちの悪いモノがいるということだけはわかった。
「とにかくここからだと何が何だかわからない。湖畔に降りて回り込もう。ミュリアとメルリルはここで結界を張って身を守っておいたほうがいいかもしれないぞ? どうも今回は勝手が違う」
「いえ、行きます!」「私は平気!」
俺が聖女とメルリルに身を守っておくように提案したが、即座に撥ねつけられた。
まぁそう言うだろうと思ったよ。
一縷の望みに賭けて言ってみただけだ。
俺は勇者を見た。
勇者は珍しく難しい顔をしている。
「剣を通して相手の魔力と接触した感じがした。どうも……気色悪い」
「気色悪いってどういうことだ?」
わかるように説明しようぜ。
「んー、魔力を引っ張られるような……そんな感じがした。ちょうど髪を数本だけ掴まれて抜かれそうになる感じだ」
「あー、すごくわかりやすいたとえだな」
俺なんかフォルテにしょっちゅう髪を抜かれそうになっているからな。
そのフォルテは、俺の頭の上に座り込んで頑として動かない体勢だ。
よほど嫌なことがあったんだな。
「よし、先頭はアルフにまかせる。相手が魔物ならクルスの盾も有効だろうし、背後を任せていいか?」
「おう」
「お任せを」
勇者と聖騎士を前後に配置して、俺が中央寄りに、メルリルと聖女とモンクをその間に配置する。
高台から湖畔まではかなりの高低差があり、魔力操作が使える者はいいが、ただでさえ重厚な鎧を装着した聖騎士は難儀しながら降りた。
それでもきっちり転びもせずに降りてしまえるのが、この男のすごいところだ。
メルリルは当然風に乗ったんだが、なんと崖の途中で放り出されるような感じになってしまい。落ちて来たところを危うく受け止めた。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさい。精霊が混乱していて、うまく同調出来ない」
「いや、謝ることじゃない。その情報だって貴重なものだ。何か異常を感じたら教えてくれ」
「はい!」
メルリルは失敗したと思ったのか、少し落ち込んだが、俺の言葉に元気よく返事してくれた。
失敗すること自体は別に問題じゃない。
問題はどうして失敗したのかを考えないことだ。
物事には原因がある。
そして普段と違うものごとの原因は、ときとしてとても貴重な情報源となることがあるのだ。
「アルフ、さっきのお前の感覚だが……」
「おう?」
「メルリルが精霊が痛みを感じてひどくおびえていると言っている。この両方に関連があるように思う」
「精霊も痛みを感じるのか? 体もないのに」
「そこだ。お前もさっき魔力が接触したときに髪が引っ張られるような感じがしたって言ったじゃないか」
「あー、なるほど。そういうことか。……相手は魔力食いかもしれないんだな」
「ありそうだろ。もしその魔物が人工迷宮で造られたものだとしたら、長期間濃縮した魔力のなかで育ったはずだ」
「クソがクソを造ったってことだな。クソが!」
「下品すぎるだろ」
勇者の発言とは思えないぞ。
城のある島の、湖周辺は小さな林のようになっている。
おそらくだが、偽装している城本体の様子を見えないようにする意図があるんだろう。
そのおかげで、崖を降りてから湖がよく見えなくなっていた。
俺達はぞわぞわする気配のほうへと感覚だけを頼りに近づく。
ああいや、俺や勇者なんかは皮膚感覚みたいなもので感じ取っていたが、聖女とメルリルはもっとはっきりとした位置を察知していて、基本的には二人の言葉で誘導されていた。
「ここを抜けた先です。ご注意ください」
聖女が木立の先を示して言った。
メルリルは口元を抑えて顔色を悪くしている。
本当は待機しておいてもらいたいが、本人が行くと言った以上は、止めることは出来ない。
とは言え、動けなくなるようなら容赦なく強制待機してもらうけどな。
勇者が用心深く体を低くして先へと進む。
いきなり突撃しなくなっただけでもだいぶ違うな。
突撃癖が抜けていないようだったら、しんがりを任せるつもりだったんだぞ。
「師匠、ヤバい」
湖のほうを透かし見た勇者がそうひとこと言った。
俺も身を伏せつつ湖が見渡せる位置まで進む。
「うわぁ、ヤベェな」
勇者の言う通りだ。ヤバい。
なんかヒルと芋虫の中間のようなぶよぶよした気持ち悪い虫の魔物が水面より少し上に浮いている。
比較対象になるものが周囲にないのではっきりとわからないが、かなりデカい。
下手したら一般的なドラゴンの大きさぐらいあるんじゃないか?
いや、そこまではないか。
それにしても気持ち悪いな。
ぶよぶよの皮膚の下が透けて見えていて、何か縞模様のようなものがうごめいている。
目に魔力を通して見ると、内部で魔力が渦を巻いているような感じだ。
白く光っている部分が魔力で、黒っぽい部分がその魔力を吸っているような……だめだ、じっと見ていると頭のなかがクラクラして来る。
あの黒い部分、こっちの魔力に干渉しているんじゃないか?
全身がぞわぞわするぞ。
「アレと戦うのか……」
いつも猪突猛進な勇者が、ひどく嫌そうな声を出したのが印象的だった。
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