上 下
509 / 885
第六章 その祈り、届かなくとも……

614 名状し難いモノ

しおりを挟む
 城の連絡通路のような場所の途中の高台から湖を一望する。
 だが、俺達の到着した場所は魔物が出た方向とは違っていたようで、そこに魔物の姿はない。
 ただ、湖がやたら波立っているのが見えた。

「ギャッギャッギャッ!」
「フォルテ!」

 頭上から激しいののしり声が聞こえて来たかと思うと、フォルテが急降下して来た。
 そして俺の髪をめちゃくちゃに引っ張りつつ頭をつつきまわすという暴挙に出やがった。

「やめろ! 落ち着け!」

 ヒョウ! と、生ぬるい風が渦を巻く。
 ぞくりと背筋が凍るような寒さを覚え、俺は思わずメルリルを抱えてその場から飛び離れた。

「きゃああ!」
「っ!」

 同時に聖女が悲鳴を上げ、勇者が反射的に剣を抜き、魔力を放ちながら下段からかち上げるように振り上げる。
 一瞬、何もない空間にもやがかかるような錯覚があった。

「なんだ? 今のは」
「ギャッ、キュー、クルルルッ! ゲッゲッ!」

 フォルテが憤りをぶつけるように説明するんだが、どうも要領を得ない。
 なにやら気持ちの悪いモノがいるということだけはわかった。

「とにかくここからだと何が何だかわからない。湖畔に降りて回り込もう。ミュリアとメルリルはここで結界を張って身を守っておいたほうがいいかもしれないぞ? どうも今回は勝手が違う」
「いえ、行きます!」「私は平気!」

 俺が聖女とメルリルに身を守っておくように提案したが、即座に撥ねつけられた。
 まぁそう言うだろうと思ったよ。
 一縷の望みに賭けて言ってみただけだ。
 俺は勇者を見た。
 勇者は珍しく難しい顔をしている。

「剣を通して相手の魔力と接触した感じがした。どうも……気色悪い」
「気色悪いってどういうことだ?」

 わかるように説明しようぜ。

「んー、魔力を引っ張られるような……そんな感じがした。ちょうど髪を数本だけ掴まれて抜かれそうになる感じだ」
「あー、すごくわかりやすいたとえだな」

 俺なんかフォルテにしょっちゅう髪を抜かれそうになっているからな。
 そのフォルテは、俺の頭の上に座り込んで頑として動かない体勢だ。
 よほど嫌なことがあったんだな。

「よし、先頭はアルフにまかせる。相手が魔物ならクルスの盾も有効だろうし、背後を任せていいか?」
「おう」
「お任せを」

 勇者と聖騎士を前後に配置して、俺が中央寄りに、メルリルと聖女とモンクをその間に配置する。
 高台から湖畔まではかなりの高低差があり、魔力操作が使える者はいいが、ただでさえ重厚な鎧を装着した聖騎士は難儀しながら降りた。
 それでもきっちり転びもせずに降りてしまえるのが、この男のすごいところだ。
 メルリルは当然風に乗ったんだが、なんと崖の途中で放り出されるような感じになってしまい。落ちて来たところを危うく受け止めた。

「どうしたんだ?」
「ごめんなさい。精霊メイスが混乱していて、うまく同調出来ない」
「いや、謝ることじゃない。その情報だって貴重なものだ。何か異常を感じたら教えてくれ」
「はい!」

 メルリルは失敗したと思ったのか、少し落ち込んだが、俺の言葉に元気よく返事してくれた。
 失敗すること自体は別に問題じゃない。
 問題はどうして失敗したのかを考えないことだ。
 物事には原因がある。
 そして普段と違うものごとの原因は、ときとしてとても貴重な情報源となることがあるのだ。

「アルフ、さっきのお前の感覚だが……」
「おう?」
「メルリルが精霊が痛みを感じてひどくおびえていると言っている。この両方に関連があるように思う」
「精霊も痛みを感じるのか? 体もないのに」
「そこだ。お前もさっき魔力が接触したときに髪が引っ張られるような感じがしたって言ったじゃないか」
「あー、なるほど。そういうことか。……相手は魔力食いかもしれないんだな」
「ありそうだろ。もしその魔物が人工迷宮で造られたものだとしたら、長期間濃縮した魔力のなかで育ったはずだ」
「クソがクソを造ったってことだな。クソが!」
「下品すぎるだろ」

 勇者の発言とは思えないぞ。
 城のある島の、湖周辺は小さな林のようになっている。
 おそらくだが、偽装している城本体の様子を見えないようにする意図があるんだろう。
 そのおかげで、崖を降りてから湖がよく見えなくなっていた。
 俺達はぞわぞわする気配のほうへと感覚だけを頼りに近づく。
 ああいや、俺や勇者なんかは皮膚感覚みたいなもので感じ取っていたが、聖女とメルリルはもっとはっきりとした位置を察知していて、基本的には二人の言葉で誘導されていた。

「ここを抜けた先です。ご注意ください」

 聖女が木立の先を示して言った。
 メルリルは口元を抑えて顔色を悪くしている。
 本当は待機しておいてもらいたいが、本人が行くと言った以上は、止めることは出来ない。
 とは言え、動けなくなるようなら容赦なく強制待機してもらうけどな。

 勇者が用心深く体を低くして先へと進む。
 いきなり突撃しなくなっただけでもだいぶ違うな。
 突撃癖が抜けていないようだったら、しんがりを任せるつもりだったんだぞ。

「師匠、ヤバい」

 湖のほうを透かし見た勇者がそうひとこと言った。
 俺も身を伏せつつ湖が見渡せる位置まで進む。

「うわぁ、ヤベェな」

 勇者の言う通りだ。ヤバい。
 なんかヒルと芋虫の中間のようなぶよぶよした気持ち悪い虫の魔物が水面より少し上に浮いている。
 比較対象になるものが周囲にないのではっきりとわからないが、かなりデカい。
 下手したら一般的なドラゴンの大きさぐらいあるんじゃないか?
 いや、そこまではないか。

 それにしても気持ち悪いな。
 ぶよぶよの皮膚の下が透けて見えていて、何か縞模様のようなものがうごめいている。
 目に魔力を通して見ると、内部で魔力が渦を巻いているような感じだ。
 白く光っている部分が魔力で、黒っぽい部分がその魔力を吸っているような……だめだ、じっと見ていると頭のなかがクラクラして来る。
 あの黒い部分、こっちの魔力に干渉しているんじゃないか?
 全身がぞわぞわするぞ。

「アレと戦うのか……」

 いつも猪突猛進な勇者が、ひどく嫌そうな声を出したのが印象的だった。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。