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第六章 その祈り、届かなくとも……

604 潜入

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「フォルテよくやったぞ!」

 フォルテの根気強い監視の結果、薪の伐採業者を装い城に品物を納品している業者を発見し、その跡をつけて岩棚に偽装した門を確認出来たのだ。
 フォルテには特別な干しナツメを三個奮発してやった。

「ぬぬ、フォルテばかりズルいぞ。俺だって門の発見ぐらい出来た」
「お前には準備があるだろうが」

 今回の作戦の主役である勇者がバカなことを言うので釘を刺しておく。
 他人のおやつを欲しがるとか子どもか?

「わかった。今回の作戦がうまくいったら干しナツメを二個食わせてやる」
「やった! でもなんで一個少ないんだ?」
「何かをやる場合に事前の情報が一番大切なんだ。そういう意味で事前調査には報酬を惜しんじゃならんのだ」
「うぬぬ……」

 勇者はうなりながらも納得した。

「……いつもこんな感じなのか?」
「ええ。心があたたかくなるでしょう?」

 少し離れたところでディスタスの英雄殿が聖騎士相手に何やら言っている。
 ここ数日一緒に行動しているのでだいぶお互い気心が知れた感じだ。
 事前の予想通り、英雄殿は聖騎士と一番相性がいいらしい。
 まぁどっちも武に生きる者だからな。

 それはともかくとして、俺達は装いを整えるとデーヘイリング城の正門と思われる場所に整列した姿を現した。
 その寸前まで聖女とメルリルの合わせ技で姿を隠していたのだ。
 英雄殿は「やりたい放題だな!」などと目を剥いていたが、能力は正しく使えばいいのである。
 どんな力も使う者次第ということだな。

 さて、いきなり正門前にきらびやかな集団が現れた城側はかなり動転したようだった。
 岩に偽装された物見から「何者か!」という誰何の声が上がったので、勇者が落ち着いて「神の代理人たる勇者、アルフレッド・セ・ピア・アカガネである。事前に通達はしてあったと思うが?」と返す。
 その言葉にさらに周囲があわただしくなる。
 おかげでどこにどのぐらい人が隠れているか判明した。

「し、しばしお待ちを!」
「うむ。だが聖女さまも同道なされているので、早々に休めるように準備を整えておくがいい」
「ははっ!」

 あ、まだ受け入れると決まってないのに返事してしまっているぞ。
 うんうん、いい具合に混乱しているな。
 ここまでは打ち合わせ通りだ。

 隙のない相手を打ち負かすには、予想しない方向から攻撃するか、精神的な動揺を誘うのがいい。
 今回の訪問はその両方を相手に与えたのではないだろうか。

 それから影の位置がほんの少し変わるぐらいの時間が経ち、岩棚に偽装した門が開かれた。

「お待たせいたしました。大変申し訳ありませんが、本物の勇者さまである確認をさせていただけますでしょうか?」
「ああ。恐縮する必要はない。役目として正しいのだからな。もっと堂々とせよ」
「はっ、ありがとうございます!」

 お、勇者め、アドリブもなかなか様になっているじゃないか。
 貫禄があるぞ。

 衛士は勇者のマントを改め、勇者が籠手を外して見せた魔法紋を確認する。
 なぜか震えているぞ。

「確かに。大変失礼いたしました。神の証を見せていただき生涯の誉れです」
「固く考えるな。このようなもの、ただの印にすぎぬ」
「ははっ」

 俺の予想以上に、兵士達が勇者や聖女との邂逅に感動しているようだ。
 大公国はほんと、信仰の篤い国だな。
 そういう意味では勇者の興した国であるミホムではそこまで神を大きく考えていないのが面白い対比かもしれない。
 ミホムでは神は信じられているが、日々の生活に溶け込んでいる。
 空気や水のような存在だ。
 皆、何かあると聖句を口にするが、そこに特別な意味はない。
 おまじないのようなもんだな。

 特に従者である俺達が勇者一行と分けられるということもなかった。
 まぁ混乱していたせいかもしれないが。
 英雄殿も見た目はそこそこ派手だが、従者の一人ということになっている。
 勇者達はもちろんだが、従者である俺とメルリルと英雄殿は皆いでたちが違っていて、なんというか多様だ。
 木を隠すなら森じゃないが、英雄殿の特異性が、このメンバーのなかだと目立たない。

 俺達は立派な客間のようなところに通された。
 男女で別けることもなく、広々とした一室に全員を案内したのだ。
 今まで勇者達といろいろな場所に行ったが、その経験から言うと、この客間はせいぜい賓客三人程度用のものだ。
 プラス従者が二人程度か。
 ゆったりと過ごす場合にはメイン二人に従者一人の部屋だろう。
 俺達は七人いるので、ちょっとキャパオーバー気味である。

 とは言え、ここにいるメンバー全員野宿もすれば納屋でも寝れるので、十分なもてなしだが。

「とても素敵なお部屋ですね。『静かで落ち着いている』」

 これも打ち合わせ通り、聖女が会話に紛らせて魔法を使った。
 聖女の使う魔法は、一般的な魔法と傾向が違うので他人に何をしているのかバレにくいのが利点でもある。
 今のは音と見た目に幻影を被せたのだ。
 毎日の鍛錬のなかで聖女は魔法を繊細に使えるようになって来ていて、こういうとんでもない芸当が出来るようになっていた。
 そしてここに訪れるまでもそうだったが、実はメルリルが精霊メイスを使って聖女の魔法をサポートしている。
 この合わせ技を見抜ける奴はいまい。

「ここまではとりあえず順調だな」

 俺は緊張をほぐすように言った。
 魔物との戦いとは勝手が違って、こういう潜入は精神的な緊張が半端ない。

「門での対応といい、部屋の選定といい、相手はだいぶ動揺しているな。師匠、この部屋、絶対に仕掛けがあるぞ」

 勇者が言った。

「なんでそう思う?」
「この人数に対して不自然な部屋だろう? 咄嗟に用意出来る仕掛け部屋がここしかなかったんだろう」
「……危険があると?」
「というよりも部屋の様子を覗き見たり、聞き耳を立てたりしているんだろう。まぁ危険な罠がないとは言い切れないが」

 勇者の説明に緊張感がまたぶり返す。
 くそ、貴族相手の丁々発止なんて俺の柄じゃないんだからな。
 勇者と英雄殿が頼りだ。

「何があろうと貴公等に傷一つつけさせはせぬ。俺の命に賭けて」
「あほか。貴様の命なぞいらん。そんなバカな覚悟よりも、貴様は証拠をきっちり見つけろ」

 英雄殿の覚悟を勇者が茶化す。
 少しは仲良くなってくれたのかな?
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