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第六章 その祈り、届かなくとも……

593 甘味を楽しむ

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「使者殿ご苦労さまでした」

 そう言って硬くて小さいパンと一袋の水を与えられて放り出された。
 兵士って下っ端の扱い酷いな。
 いやまぁ冒険者もなりたてのときは水と豆だけで生きているようなもんだけどさ。

 陣地から十分離れた茂みで、メルリルに呼びかける。

「メルリルいるか?」
「ここに」

 ふわっと目前にメルリルの姿が現れた。
 おお、眼福。
 さっきのやりとりで乾いた俺の心が一瞬で潤いに満たされたぜ。

「さっき、ダスターが入った奥まで行けなくて、とても心配した」
「そういうときに相棒を信じて待つのも仲間ってもんだよ」
「っ、はい!」

 お、うれしそうだな。
 相棒って呼んだのがよかったのだろうか? そんなのなら今後ずっと呼んでもいいぞ。
 まぁメルリルって名前のほうが響きがいいから俺は好きだけど。

 上空からフォルテも降りて来る。
 うーん、日中はやっぱり目立つな、こいつ。
 しばらくは上空待機させとくしかないか。

「フォルテご苦労さま。悪いが国境地帯を抜けるまで上空を先行してくれ」
「ピャ!」
「え? なんでそこで拗ねる?」

 フォルテがムッとした。
 俺と心の奥のほうでは繋がっているはずなんだが、こういうときの気持ちはさっぱりわからない。
 面倒くさい奴だな。

「ダスター、褒めてあげて」

 メルリルの助言に、ご苦労さまって言っただろうとか思いはしたが、素直に従うことにした。

「お前の目がすごく役立っているよ。ありがとうな」

 褒めて撫でてやる。

「キュルッ! クルルッ!」

 お、機嫌が直ったぞ。
 繋がっているはずの俺よりメルリルのほうがフォルテを理解しているところがあるよな。
 なんだか少々悔しい。

「勇者たちと合流する前にひと息ついて緊張した分をほぐしておこう。ほら、干しナツメ。甘いものを食べるとリラックス出来るだろ」
「ありがとうございます」
「クルルッ!」

 うんうん二人共喜んでくれてよかった。
 今持って来ている干しナツメは通常のものなので、特別なものほどではないが、それでも十分贅沢品だ。
 せっかく購入したものだから折を見て休憩時間などにみんなで食べている。
 さすがにそろそろこの通常の干しナツメのほうは品切れかな。
 合流したら勇者達に配って終わり、だろう。

 少し休憩しつつ高台の陣の様子を確認する。
 特に変わった様子はない。
 疑われてはいないようだ。
 しかしあれだな、勇者達が使者に指揮官が身分証明のための私物を預けるのは戦場の習いとか言っていたが、そのせいで危うく斬られるところだったぞ。
 後で文句を言っておこう。

 三国が陣を張っている平野の周囲は低木が生い茂る地帯で、ところどころに水の染み出ている湿地がある。
 俺達は湿地を避けながら茂みを利用して身を隠し、約束した場所で合流した。

「なんとか無事に終わったが、ちょっとヒヤリとしたぞ」

 さっそく勇者に苦情を申し立てた。

「師匠、その姿でそういう風に言われるとなんだかムカッとするぞ」
「すぐにキレないようにするいい機会じゃないか。精進しろ」

 まぁ気持ちはわかるので、いったん落ち着く意味でも干しナツメを合流した四人に配る。

「うん。これを食べると師匠って気がするな」
「お前、俺を食い物で判別してるんじゃないだろうな?」

 勇者の言いように若干の不安を覚える。

「そんなことはないぞ!」

 すると勇者が猛抗議をした。
 そういうところを治せと言っているんだぞ?

「まぁそういうことにしておいてやろう」
「くそ、中身が師匠とわかっていても思わず殴りたくなる」
「まだこの偽装を解く訳にはいかないだろ。魔法を掛けなおすよりは継続させるほうが楽だってミュリアも言っていたし」
「まぁそうなんだが、俺の心の平安のために師匠の姿に戻って欲しい」
「だから我慢を覚えろと……」

 少し離れたところで、俺と勇者のやりとりをメルリルと聖女が微笑ましく見守っているのに気づいて、勇者に言い返すのをやめた。
 俺もちょっとおとなげなかったかもしれない。

「それより、何か不都合があったのでは?」

 冷静な聖騎士が俺の言葉を気にしてくれた。
 おっと、俺もうっかり勇者とのやりとりで抗議を忘れるところだったぞ。
 いかんな、俺ももしかすると勇者に影響されているのかもしれない。
 俺はあの女騎士の指輪のせいでうっかり処刑されそうになったことを説明した。

「そんなことが!」

 あっ、メルリルがショックを受けている。
 しまった。

「それはおかしいですね。確かに従者を使者に立てるのは不自然と言えば不自然ですが、上位者が手を離せない場合には稀にあることですし、その際には使者の身の証が必要になります。勇者が示した作戦におかしなところはありません。おかしいのはその姫君のひととなりですね。戦の最中に味方殺しなど、笑えませんよ」

 聖騎士が俺に降りかかろうとした災いについて、普通のことではなかったと保証した。
 そうか勇者を疑って悪かったな。

「アルフ、疑って悪かった」
「お、おう。いや、うん。問題ないぞ」

 勇者が戸惑いながらうなずいた。
 どうも俺が考える以上にこのバルジの姿と声に勇者が慣れないようだ。
 ここは聖女に手間をかけさせるが、一度解除したほうがいいのかな?
 俺が魔法解除を提案すると、勇者が一も二もなく賛成した。
 お前には聞いてない。

「幻影魔法の掛けなおしぐらい問題ないですよ。どうせわたくしたち全員幻影魔法を掛けるのですから」

 と、聖女が言ったので、とりあえずバルジの幻影をいったん解除する。
 すると勇者だけでなく、メルリルも緊張の抜けたホッとした顔になった。
 あー、嫌だったのなら言ってくれてもよかったんだぞ?
 こういうことは勇者のように正直なほうがいいかもしれないな。
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