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第六章 その祈り、届かなくとも……

591 ダスター出陣す

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 首都アンデルからやや東寄りに北上したところで、それぞれ陣を構えてにらみ合いになっているという、現地の農民の情報を元に、俺達は北東に道を進んだ。
 途中からは道を外れて荒野を進む。
 道なりに行くと検問があるからだ。

 フォルテに偵察をしてもらって慎重に兵のいない場所を選んで進む。
 ここまではまだ全員での移動なので、普通なら発見される可能性が大きいのだが、聖女の幻影によって風景に紛れて動いた。
 ただ、風景に紛れる幻影は、違和感を抱かれる可能性も高いということで、今のようにピリピリしている状況だと、出来るだけ目立たない場所を選んで進むのがいい。

 さて、問題の国ごとの軍の様子だが、アンデルは平地に簡単な馬止め用の移動柵を配置してテントを張り、陣地としている。
 大公国・タシテの連合軍は、それぞれ少し離れた高所に陣を張っているようだ。

「んー。俺は戦はよくわからんが、戦いというのは高い場所を取ったほうが有利なんじゃないのか?」

 俺は守備側であるアンデルの陣地が低い場所にあることが気になって勇者に尋ねてみた。

「さすが師匠、よくわかっている。もちろん基本的には高所のほうが相手の様子も探れるし、防御も堅い。だけどアンデル側にはそうもいかない事情があるんだ」
「事情?」
「ああ。今回、双方の戦力に圧倒的な差があるだろ? そうなると、防御側のアンデルが高所に陣張りした場合、大公国とタシテの軍は、兵を分けて片方がアンデルの陣の周囲を囲んで足止めして、もう片方が国内に攻め入ることが出来てしまう」
「平地だと違うのか?」
「平地だと少数でも広く陣を展開して柔軟に対応が可能だ。とは言え、兵数に差がありすぎてはそれが機能するかどうか怪しいものだが、少なくとも高所に陣張りするよりはマシと考えたのだろう」

 勇者の説明に俺はあきれてしまう。
 陣張りした時点で、もうアンデルは負けているも同然なのだ。
 まだ双方にあまり被害がない様子なのは、大公国側に、出来るだけ土地や生産者を無傷で手に入れたいという欲があるせいだろう。
 つまりそれだけ余裕があるということだ。

 とはいえ、その余裕は油断に繋がる。

「これだけのんびりしているなら、俺の策も上手くいきそうだな」
「相手側に必死さがない。つまり緊張感がないってことだからな。さすが師匠、現場を見る前からそれを察して計略を練るとは」
「やめろアルフ。ことあるごとに俺を持ち上げようとするな」
「え、正直な気持ちを語っただけだぞ」

 そう言う勇者の顔はその言葉が嘘ではないと語っている。
 そりゃあ俺だって冒険者としての自分に自信があるから持ち上げられれば嬉しい気持ちもあるのだが、勇者は過剰に褒めすぎるので、逆に冷めてしまうのだ。
 まぁいつものことだ。もう慣れた。

 俺達は目立たない天然のくぼ地に聖女の目くらましをかけて拠点を作った。

「それじゃあ行って来る。ミュリア頼む」
「わ、わかりました!」

 作戦を実行する俺よりも、ただ幻影魔法を掛けるだけの聖女のほうが緊張している。
 ガチガチに硬くなった状態で魔法を使われると不安になるから止めて欲しい。
 まぁ今まで聖女の魔法が失敗したところは見たことがないので、気にしないのが一番だろう。

「むっ、師匠の姿があのいけ好かない男に変わった」

 勇者が顔をしかめて俺をしげしげと見る。

「勇者さまは俺がお嫌いなんですね。悲しいです」
「うわっ、声まで同じだ。ミュリアも凄いが、師匠の擬態も凄い」

 勇者に変な褒め方をされた。

「確かに、雰囲気まであの男に似せていますね。ただ、やっぱりあの男の抜け目ない感じにはかないませんが」

 と、今度は聖騎士が評価する。

「俺の評価、さんざんだな!」
「ほ、本当にバルジさんみたいに見えます。急にダスターが消えて入れ替わったみたいで凄く怖い」

 メルリルが俺をしげしげと見て不安そうな顔をした。
 しまった。やりすぎたか?

「安心しろ。俺だ」

 むぅ、本当に声もあのバルジそっくりになっている。
 だが、それでもメルリルはホッとしたようだ。

「ふふっ、そういう言い方と表情はダスターのもの。安心しました」
「そうか」
「はい」
「あー、お二人さん。さっさと行ったほうがいいよ。ミュリアの魔法には期限があることを忘れてる?」

 ちょっと照れてしまった俺の気持ちを察したのか、モンクが作戦の決行を促す。
 あー、大事な作戦前に悪かったよ。

「じゃ、行って来る。フォルテは上空の見えないところをついて来てくれ。何かあれば呼ぶ」
「ピャ!」

 フォルテが意気揚々と空高く飛んで行く。
 妙に張り切っているのは自分に役割が与えられたからか。

「師匠気を付けて。何かあったら遠慮なく暴れていいからな」
「俺が何をすると言うんだ?」

 勇者のなかの俺はどういう人間なんだ? 気になるぞ。

「お気をつけて。軍隊というものは規則にガチガチに縛られています。上官に対しては絶対服従が基本です。侮られたと思っても、チリほども反抗的な態度を取らないようにしてくださいね」
「クルス、お前も俺が何かやらかすと思ってるのか?」
「いえ、まさか」

 本当か?
 まぁ聖騎士からはからかっているような雰囲気は感じないので真剣な助言なんだろうが、遠回しに偉い奴に逆らう奴だと揶揄されているように思えてしまう。

「お師匠さま。無理はなさらぬように。魔法の効果は陽が中天にかかってしばらくしたら消えます。それを越えないようにご注意ください」
「わかった。ありがとう」

 聖女の純粋な心配が胸に染みる。

「メルリルいい? どうしてもダスターを助けたいならダスター以外の奴らは魔物と思って対処するんだ。下手に人間相手と思って遠慮すると二人共窮地に陥るからね」
「はい。ありがとうテスタ」

 モンクに至っては、俺には何も言わずにメルリルに忠告をしていた。
 いや、ありがたいんだけどな。それってあれだよな、遠慮なく暴れろって言ってるよな?
 
「メルリルは戦いに向いてないんだから、そういう助言はダメだろ。いざとなったら一人で逃げろって言ってくれなきゃ」

 俺が思わずそうぼやくと、モンクはあきれたような顔になった。

「そんなことが出来るなら、最初からメルリルはついて行かないよ」
「ふふふ」

 モンクの言葉にメルリルが意味深に笑う。
 ムムッ、言いたいことはなんとなくわかるが、それでもいざとなったら逃げて欲しいんだけどな。
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