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外伝・SS等

お正月特別SS・料理の心得

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 何日も雨が降り続くこの季節には、先駆けの郷の住人は屋内で作業をすることがほとんどだ。
 もちろん荷運び人や、季節を選ばずに忙しい商人などはいつも通り働いているが、日雇いや冒険者、洗濯女などは極端に仕事が減ってしまう。
 その減った分を補うために内職を行うのだ。

 雨漏りがひどいボロ長屋の住人にはその内職さえ難しい。
 だが、それも去年までの話だった。
 この年の雨の時期に、長屋の住人の一人である冒険者ダスターが連れ帰った森人の女性が、なんと長屋の雨漏りを直してしまったのだ。
 どうやら森人の秘儀らしいと、元冒険者である長屋の住人たちは感心しきりであった。

「まさかダスターちゃんがあんな美人さんのお嫁さんを連れ帰って来るなんてね。ああ、神さまはちゃんと見てくださっていたのだわ」

 とはいえ、この長屋の住人のなかでも独特の雰囲気を持っているミディヌとハルンの老女の姉妹には、森人の秘儀よりも、同じ長屋に住むダスターの甲斐性のほうが気になるようだった。

「あら、油断しちゃダメよ。あのダスターちゃんのことだから、自分よりももっといい相手がいるんじゃないかとか言い出して、瀬戸際でダメになっちゃったりするかもしれないからね」
「まぁ、……でも、ダスターちゃんならありそうねぇ」
「男のくせに腰が引けてるのよ。悪い癖だわ。あれで冒険者として生き延びているんだから、ダスターちゃんは頭がいいのよ。だいたい頭のいい男ってグダグダ考えているうちに好きな相手に逃げられてしまったりするもんなんだから」
「まぁまぁ、姉さんったら。ダスターちゃんは確かに頭はいいのだけど、ちょっとだけ、抜けているところがあるのよね。まぁ、ああいうところがかわいらしいのだけど」
「ハルンはダスターちゃんの世話を焼くのが好きだものね。でも、私らのようなうるさい婆さんがくっついてたら、せっかくのお嫁さんが逃げてしまうわよ。ほどほどにしないと」
「あらあら、姉さんは本当にダスターちゃんが大好きよね」
「ハルンほどじゃないよ」
「あらあらまぁまぁ」

 姉妹の老女が、すっかり雨漏りしなくなった自分の部屋で、そんなご近所の噂話をしながら内職にいそしんでいると、トントントンと何やら玄関の戸を叩く者があった。

「あらあら、こんなおばちゃんのおうちにどなたかしら?」

 妹のハルンが、小上がりの板間から玄関に続く土間に降りる。
 土間には石の上に置かれた草履があり、それをつっかけて玄関まで行き、ノックに応じた。

「はい、どちらさまでしょうか?」
「あの……メルリルです」
「あらあら、どうしたの? 少しの距離でも外は濡れるから、まずはお入りなさい」
「あ、はい失礼します」

 戸板を外して出来た入り口にたたずんでいたのは、先ほどまで姉妹が噂をしていたダスターが連れて帰った森人の女性だ。
 その姿をしげしげと見て「これは寿命が延びるわねぇ」と、ハルンは呟く。

 人は美しいものを見ると寿命を延ばし、醜いものを見ると寿命を減じる。というのが、この姉妹の持論であった。
 そう思ってしまうほど、外に立っていたメルリルは美しかった。
 このメルリルを連れて帰って来たダスターは三十近くであり、二十代半ばであろうメルリルとは少し年の差がある。

 ダスターの言い草ではないが、結婚相手を探すならもっと条件のいい男が見つかるだろうと思えてしまうのだ。
 この美しさなら、貴族の世話になって一生安楽に暮らすことも可能だろう。

「ダスターちゃんの気持ちもわかってしまうわね」
「え?」

 自分に何かを言われたと思って、メルリルが聞き返すが、ハルンは構わず話を進めた。

「何かご用があって来たのでしょう? ほら、そんな冷たい場所に立っていると寿命が縮むわよ?」
「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ?」
「たとえそうでも、人が見たらびっくりするわ。ほらほら、遠慮してないで入ってちょうだい」

 驚いたことに、メルリルの衣服や髪には水滴一つ付いていなかった。
 これも森人の秘儀だろうと納得したハルンは、「さぁさぁ」と、優しいながら有無を言わせない強引さで、メルリルを部屋に連れ込むことに成功する。

「さぁ、お茶とお菓子をどうぞ。ちょっと散らかっているけど気にしないでね」
「いえ、そんなにしてもらう訳には……」。

 最初は最近知り合ったばかりの人の家を訪ねることに抵抗があったらしいメルリルだったが、固辞する前に、なかに招き入れられてしまっていた。

「ここまで土足で大丈夫だからね」

 下にも置かない歓迎ぶりに、メルリルが面食らっている間に、すっかりお客さま用の準備を整えられてしまったのである。

「あら、いらっしゃい。何? もしかしてダスターちゃんと喧嘩でもした?」

 姉のミディヌがちょっと意地の悪い質問をした。
 すかさず妹のハルンににらまれる。

「いえ、違うんです。あの、こちらのハルンさんがとても料理が上手だとお聞きしたので……」
「まぁ、花嫁修業ね!」

 ミディヌの先取りした言葉に、メルリルがあたふたとした。

「えっ、えっ、違う……あれ、違わないの、かな?」

 その慌てぶりに、姉妹の二人共が、心のなかで「可愛い」と呟いていたことなど、メルリルが知るよしもなかった。
 そんな経緯でハルンに料理を習い始めたメルリルだったが、とても料理の手際が悪かった。
 料理の手伝いをさせながら様子を見ていたハルンは、すぐに小さい子どもに教える段階から始めることにする。
 メルリルの料理は、誰にも習わずに独学でなんとかしようとした挙句、失敗してしまう子どもとそっくりだったのだ。

「お、いい匂いだな」

 そんな風に料理の修行を行っていると、たまにダスターが様子を見に来ることがある。
 ダスターはちょいと味見をすると、「んー、ちょっと尖ってるかな? うちにちょうどいい酒があるから少し足してみたらどうだ?」などと言って、たちまち味をととのえてしまったりするのだ。
 本人としては悪気はないのだろうが、メルリルのやる気を低下させる原因となっていた。

「私、いつかダスターより美味しいものが作れるようになるんでしょうか?」

 ある日とうとう弱音を吐いたメルリルに、ハルンは困ったように告げる。

「いい、メルリルちゃん。この世には張り合ってはいけない相手がいるの。それはね、そのことを好きで好きで仕方のない人。何かを好きという気持ちはとても大きな力よ。四六時中好きなことについて考えても飽きることがないわ。そんな人に普通の人は絶対にかなわない。いえ、勝負自体に意味がないの。だって相手は張り合う気がないんですもの」
「……はぁ」

 メルリルはため息を吐いた。
 そんなメルリルの背を、ハルンは優しくポンポンと叩く。

「そんな人だからこそ、愛情込めて作った料理にはすぐに気づいてくれるのよ」

 ハッとするメルリルに、ハルンはにっこりと笑う。

「だからメルリルちゃんは一つ一つ丁寧に、愛情込めて料理を作ればいいのよ。だってダスターちゃんと張り合いたい訳じゃないんでしょう?」
「……はい。ありがとうございます」

 そう答えたメルリルの顔は真っ赤になっていた。
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