上 下
458 / 885
第六章 その祈り、届かなくとも……

563 守護者

しおりを挟む
「さて、ルートだが、すでに二翼国周辺では戦いが始まっているとのことなので、辻馬車などを利用するのは無理だろう。だからと言って歩いて向かっていては間に合わない。そこで大森林を突っ切ることにする」
「大森林を突っ切るほうが時間がかかるんじゃないか?」

 俺の提案に勇者が疑問を挟んだ。

「忘れたか、うちにはメルリルがいる」
「なるほど。あのなんとかの道を使うんだな」
精霊メイスの道です」

 勇者のいい加減な記憶にメルリルがツッコミを入れる。

「ただし、メルリルの精霊メイスの道は迷宮化した部分は通れない。森の外縁部をなぞるように進むことになる。それと精霊メイスの道に長時間い続けるのは生き物にとっては危険とのことなので、間に休憩を挟むから、それでも少なくとも一日半はかかるだろう」
「この距離を一日半ですか? さすがというか、馬車よりもそうとう早いですね」

 俺の説明に聖騎士が感心した。
 俺たちが今いるのが王都なので、森まで到達するまでの時間が一番長い。
 辻馬車を使っていては間に合わないので荷馬車を買い上げる。
 そして山岳馬リャマたちとはここでお別れだ。
 
 王都の教会に相談して預かってもらうことになった。
 聖女が特別気にかけている動物だと説明したところ「大切にお世話いたします」と、ニコニコしながら請け負ってくれたので大丈夫だろう。
 聖女は悲しそうだったが、戦地に連れて行くよりは安心ということで納得してくれた。
 その際の涙ながらのお別れが周囲の感動を呼んだ。
 教会の厩舎担当の男が「命にかえてもこの子たちを幸せにしてみせます!」などと聖女に誓ったりしてたな。

 実は本来は辺境領を経由して出国手続きをする必要があるのだが、今回は無視する。
 あそこに寄って素通り出来る訳がないからだ。
 幸い二翼国の南西の国アンデルは大森林沿いの国なので、直接入国出来る。

 どの国でもそうだが、森側からの旅人は想定していないし、魔物に対する防衛線があるので、人間の侵入にあまり注意を払っていない。

 いろいろと横紙破りのやり方だったが、そこは勇者の立場がものを言う。
 本来勇者は国に縛られない存在だ。
 そのため、国境はフリーパスなのである。
 これまでは混乱を避けるためにいちいち国境で申告していたが、今回はぜひ混乱してもらおうじゃないか。

「師匠、悪い顔をしているぞ」
「お前に言われたくないな」

 こっちは長い旅から戻って地元でゆっくりと羽を伸ばして、そして、落ち着いた頃合いで親しい人間に囲まれた結婚式を計画していたのだ。
 それを戦争とか余計なことで台無しにしてくれたバカ共には、少々思い知らせてやる必要があるだろう。

「これまでお前は周囲に多少遠慮していたんだろ? だがな、勇者という存在が現実にいる時代に戦争をおっぱじめる国がいるというのは、お前、なめられてるってことなんだぞ? わかっているのか?」
「うっ!」

 俺の指摘に勇者が顔を歪める。

「ここらで一発ぶち上げろ! 民を苦しめる者はたとえそれが人間であろうとも容赦はしないと、な」
「……お師匠さま、少し過激」

 聖女が俺の言葉を受けてそう言って、そして微笑んだ。
 実に美しい、まさに聖女の笑みだった。

「でも、そうですね。ぶち上げましょう!」

 残念ながら発言はかなり過激だった。
 いや、俺が言ったことをなぞっているだけだけど、聖女に言わせることじゃなかったな。
 反省する。

「わかった。ぶち上げよう」

 勇者まで真似をした。

「よっし、ぶち上げるよ!」
「わかりました。ぶち上げましょう」

 モンクと聖騎士が続く。
 お前ら、ちょっとわざと言ってる?
 俺は少し恥ずかしくなってきてるんだが。

「え、えっと、あの、ぶち上げ、ますね?」
「メルリル、意味がわからないなら無理しなくていいから」

 戸惑いながら真似をするメルリルは可愛いけどな。

「ピャッ!」
「ガフン!」

 フォルテと、なにやら半透明の若葉まで真似している。
 くそっ、もう二度とこんな似合わないことしないからな。

「……ところで、その半透明な若葉はなんだ?」
「剣の鞘のなかから精神体を投影しているらしい」
「まるでその剣に宿った精霊みたいだな」
「いいですね、それ。今後はそれでごまかしませんか? 勇者の剣ならそれぐらいの不思議があっても誰もおかしく思わないでしょう」

 だんだんノリがよくなって来ている聖騎士がそんなことを言った。
 ……まぁそれでいいんじゃないかな? 本体が出て来るよりもずっと安心だしな。

「剣にドラゴンを宿した勇者か。まぁ型破りでいいかもな」

 意外と勇者自身も気に入ったようだ。

『僕、アルフの守護竜やる!』

 若葉がそのノリのままおかしなことを言い始めたが、俺たちは無視することにした。
 なにやら引き返せないところに足を突っ込んでしまったような気がするが、きっと気のせいだ。

 購入した馬車を飛ばし、まずは大森林の外縁部に辿り着く。
 大森林の奥深くまで切り開いて作られた俺の拠点である先駆けの郷だと遠回りになるので、まだ開かれていない北部のほうだ。
 そこの開拓村で馬車を適当に売り、森へと入り込む。

 そして森のなかでメルリルに精霊メイスの道を開いてもらったのだが……。

「おおっ! 前に使ったときよりも広くなってないか? それに風景がくっきりとしている」

 勇者が驚いたように言う。
 確かにメルリルの道は前とは様相が違っていた。

「多分、精霊の国に入って精霊とのつながりが強固になったせいだと思う」

 笛をなくしてからはもっぱら聖者さまからもらった宝石で出来た花のような神璽みしるしを翳しながら歌うことで巫女メッセリとしての力を使っているメルリルは、神璽みしるしを胸元に留めて俺たちの会話に加わった。
 道は一度開けば不安定でない限りは維持し続ける必要はない。
 メルリルも道を歩きながら会話が出来るのだ。

「あれが影響しているのか」

 実際、周囲の風景は、以前のツタの絡まる洞窟から、花咲き誇る野原の真ん中の道へと姿を変えていた。
 周囲に咲き誇る花が急速に育って花開いて砕け、そしてまた育つという状態でなければ美しい野原にいるだけのような錯覚を起こしそうだ。
 いい香りまでしてきた。

「これは少し向こう側に近すぎる。休息は早めに取ったほうがいいかも。幸い踏破出来る距離も伸びているようなので、休息を多めに入れても距離はかなりかせげると思う」
「わかった。アルフ、それでいいか?」
「問題ない。こういうことは専門家に任せる」
「そうだな」

 まさか勇者の口から任せるという言葉が出るとはな。
 予想とは違うことがいろいろ起きてはいるが、とりあえず俺たちの旅は順調に進んでいた。、
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる

シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。 ※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。 ※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。 俺の名はグレイズ。 鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。 ジョブは商人だ。 そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。 だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。 そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。 理由は『巷で流行している』かららしい。 そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。 まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。 まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。 表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。 そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。 一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。 俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。 その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。 本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。