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第六章 その祈り、届かなくとも……

554 呼び出し

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 無事王都の門へと到達した俺たちだったが、門衛はなにやらあわただしく行き交っている。
 そして門を通る人間の顔を確認しているようだ。
 フードを被っている者のフードをわざわざ外す念の入れようである。

「あれ、お前を探しているんじゃないのか?」

 俺がそう言うと、勇者は苦虫をかみつぶしたような顔になり、フードを外した。
 そして「わからんが、ちょっと聞いて来る」と、自ら門衛の元へと向かう。
 どうせ王城には顔を出さなければならないのだからここでこそこそする必要もないということだな。

 勇者が近づくと、門衛の兵士たちは一瞬緊張したようだったが、すぐに勇者の顔に気づいてさっと居住まいを正し、礼をした。
 さすが王都の兵士、勇者の顔は知られているようだ。

「先生、面倒ごとになりそうなので護衛はここまでということでいいですか?」
「なにかまわんよ。どうせ私も城に報告に上がらねばならないからね。まぁ私の場合は事務方への手続きなんで城と言ってもほんの入り口にしか用はないがね」

 この場合のかまわんよは、厄介ごとに付き合うという意味だろう。
 正直知恵者として一目置かれている学者先生がいるのは心強いが、本来は政争とは関係ない立場の学者先生を妙なことに巻き込んでしまっては申し訳ない。
 少しハラハラしてしまうな。

 そんなことを話している間に、勇者が兵士たちに再びの礼をされて戻って来た。

「やっぱり俺を探していた。一行揃って登城せよとの王命が下っていたようだ」
「それでざわついていたのか」
「いや、俺の件とあの落ち着かない感じはまた別の話だな。例の早馬の件だろう」
「むう。戦争とかじゃなければいいが」
「ばかばかしい。我が国に他国を侵略するような余裕があるものか。逆に他国が我が国に侵略するような理由があるか? こんな森ばかりの貧しい国に」
「声がでかい」

 困ったような顔で見送る門衛たちに頭を下げて王都に入る。
 かわいそうに。
 まさか自国の誇りである勇者に国をけなされるとは思わなかっただろう。

「じゃあここで先生ともアルフたちともお別れだな。俺は王都に一泊してから地元に戻る。長い間みんなには世話になったな」

 俺が別れの挨拶をすると、勇者がきょとんとした顔をした。

「師匠。俺の言ったこと聞いてなかったのか?」
「なんの話だ?」
「一行揃って登城せよとの王命が下ったんだぞ」
「行けばいいだろ?」
「この一行には当然師匠も含まれているぞ」
「なんでだ!」
「東砦で記録されているから」
「あ……」

 ぬかった。
 俺は思わず歯ぎしりをしたが仕方ない。
 まさか王命に逆らう訳にはいかないのだ。

「ということは当然私も一緒だね」

 学者先生が穏やかに言った。
 俺ははっとして頭を下げる。

「巻き込んでしまって申し訳ない」
「いやいや。勇者殿の道連れとして招待されるなんて名誉なことだよ。ハッハッハッ、それにしてもその場合は当然陛下じきじきの謁見があるのだろうね。さてさて、以前作った礼服がまだ体に合えばいいが」
「うっ!」

 礼服と聞いて俺は言葉を失った。
 いや、まさか王様に俺もお目見えするのか? いや、ないだろ、従者として控室で待っていればいいだけのはずだ。

「あ、師匠、礼服とかなら気にしなくていいぞ。城には急な来客のための貸し出し用の着替えがあるはずだ。それを借りればいい。メルリルも。どうせ俺らも旅装しか持ってないんだ。礼服はいつも城からの貸し出しだ」
「……マジか」
「なるほど、そのようなシステムがあるのですね。私も陛下に直接お目にかかるようなことは今まで片手で数えられる程度ですからね。それも姿もわからないような遠くからだったので、そこそこの貴族下がりのお古の礼服を仕立て直して着ていましたよ」

 学者先生が城のシステムに感心したようにうなずいて言う。
 いや、お古の礼服を仕立て直して陛下に謁見する学者先生もなかなか肝が据わっていると思うな。

「ともかくまずは城に顔を出そう。連中自分たちがすべてにおいて優先されて当然と思っているから、後回しにするとへそを曲げるからな」

 勇者がフンと鼻で笑って言った。
 まぁ確かに王命を後回しにしたと知ったら絶対お偉いさんは怒るだろうな。
 やれやれ、仕方ないか。

「ダ、ダスター……わ、私も?」

 メルリルが真っ青になってがたがた震えている。
 
「大丈夫だ。森人は確かにこの国では珍しいが、迫害していたりもしないし、どちらかというと他の種族よりも親しみがある。城で邪険に扱われたりはしないさ。心配ならミュリアとテスタにぴったりとくっついていればいい。下手に俺の傍にいるよりも因縁はつけられないだろ」

 俺がそう言うと、テスタが後ろから足を蹴っ飛ばして来た。

「なんだ?」
「そういうときは、『俺が守ってやるから安心しろ』ぐらい言ったらどうよ?」
「あー……」

 言われて、改めてメルリルを見ると、なにやら青くなっていたのが今度は少し赤くなってモジモジしている。
 
「テ、テスタ……もう!」

 言いながらモンクの腕をぐいぐい押す。
 まぁメルリルが押したぐらいでびくともするようなモンクではないが、その顔にはニヤニヤ笑いが貼り付いている。

「まぁ確かにメルリルは俺のパーティ仲間だ。ミュリアやテスタに任せるのは違うか」
「そうじゃないでしょ!」

 モンクがまた蹴って来たので、今度は避けた。

「避けるな!」
「避けるだろ」

 俺はひとつ息を吐くとモンクに向かって言った。

「メルリルは女だから俺じゃあどこまでも一緒という訳にはいかんだろ。そういう意味でお前たちに頼みたいという話だったんだぞ。……別にメルリルを他人に任せてしまって平気ということじゃない」
「へえ? うん、悪くない答えだね。わかった。ダスターがいないときは任せといて。ミュリアと一緒に必ず守るさ」
「テスタ。お城ではわたくしのほうが勝手を知っていますよ。貴族の娘として最低限の礼儀はわきまえていますから」
「そ、そうです。私も守られてばかりではいません。お、お二人にお茶ぐらい淹れてあげられます」

 モンクの言葉に今度は聖女とメルリルが抗議した。
 うんうん、なかなかに頼もしいな。

「本当にいい仲間だね。勇者殿だけでなく、誰もが自ら考えて動くことが出来るのはとても大切だ。何があっても安心して任せることが出来る。そうだろう? 勇者殿、ダスター君」
「当然だ」
「なんで俺に振ったんです? まぁもちろんメルリルは信頼出来る仲間ですよ」
「ピャッ!」

 こういうときだけ自己主張をするフォルテが頭上で髪を引っ張った。

「はいはい。お前も信頼出来る仲間だよ」
「ガフン?」『僕は?』

 仲間外れが嫌なのか、勇者のマントの留め具に擬態している若葉がのそりと動いて尋ねる。

「知らん」「お前は早く家に帰れ」

 図らずも俺と勇者の声がハモったのだった。
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