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第六章 その祈り、届かなくとも……
553 王国の暗雲
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問題の荷車の持ち主である農民の親子は地面にべったりとひれ伏して勇者を伏し拝んでいた。
当然ながらそこで詰まって後ろから来る馬車や荷車の流れが悪くなっている。
歩きの旅人らしき者たちや、自分の背負った荷物だけの行商人などが何事かと勇者を囲む一画を眺めながら通り過ぎて行く。
「そのように這いつくばるのはやめろ!」
俺に一度土下座をして弟子入りした勇者が偉そうに農民親子に言った。
いや、言ってることは正しいと思うんだが、どうしてもお前が言うのか? という気持ちが伴ってしまう。
俺もまだまだガキっぽいってことか。
とりあえず勇者の足りない部分を俺が補うことにしよう。
「天下の街道をそんな風にふさいでいると門衛が何事かとやって来るぞ。そうなればせっかくの勇者さまの助けが無駄になってしまう。さ、せめて道の端に避けよう」
「は、あの……」
「ああ、俺は縁あって勇者さまの従者をやっている冒険者だ。お偉いさんじゃないから安心しな」
農民の親父はホッとしたように俺に頭を下げると言われた通り道の端に避け、自分たちの荷車と馬に触れて、またうれし泣きを始めてしまった。
「父ちゃん。クロもケガしてないよ。よかったね!」
父親と違って娘のほうはことの重大さがいまいち飲み込めていないようだ。
年齢的には十歳前後か? もうだいたいの世の中の理はわかっている頃だが、農村育ちなら貴族の危険性が実感としてないのは仕方ない。
俺たちが農民親子を落ち着かせている間に、聖騎士が関係ないのに勇者のマントの紋章を見て拝んだり、何かを勇者に申し出たり、せめて勇者に触ろうとするような連中を追い払った。
ここにさらに聖女がいると知られたら大変なことになる。
幸い聖女はフードをしっかりと被ってモンクにぴったりとくっついているので安心だ。
なにしろ聖女や聖人はその体の一部ですらお守りになるという迷信がはびこっているので、傷つけられはしなくても、髪の一本ぐらい抜こうとする商売人がいても驚かない。
今は離れているから連れとも思われていないだろう。
さすがに勇者の冷徹な目つきと聖騎士の巌のような態度に、徐々に人は散り始めた。
場所も場所だしな。
王都の門前で騒ぎを起こしたら、それだけで牢屋行きのこともあるのだ。
「それにしても街道の真ん中は通っちゃいかんというのは常識だろう? どうしてまたど真ん中にいたんだ?」
「へい、それが馬の手綱取りを娘に練習させているところだったんで。しかも周囲の馬車に押されちまって、気づいたらいつの間にか真ん中に……」
恐縮しきった農夫に事情を聞いて、ため息をつく。
「練習はもっと混んでないところでやるんだな。王都近くは一刻も早く都入りしたい商人や、急ぎの貴族の馬車なんかも普段から行き交っている。さすがに早馬は滅多にないだろうが、気をつけな」
「へい。もうこりごりです」
「私がもう一人前だって言って無理に手綱を預かったの。父ちゃんは悪くないよ」
ペコペコしている父親を見て怒られていると思ったのか、娘が割り込んで来た。
「こら、お前は荷車のそばにいなさい」
「だって……」
「まぁ俺たちも無駄に説教をするつもりもないさ。こっちも護衛なんでな。じゃあ、気を付けて行けよ。神のご加護を」
「へい。ありがとうございます! 勇者さま方にも神さまのご加護を」
神の子たる勇者に神の加護を願ってくれるのはああいう純朴な農民ぐらいだろうなと思いながらフード付きのローブを被りなおした勇者と共に学者先生の荷車とうちの山岳馬たちの元へと戻る。
勇者が伝令の騎士殿に物申したときに学者先生とメルリルたちには少し離れて道の端に避難しておいてもらったのだ。
何かあっても勇者の近くには必ず聖騎士がいる。
二人で収まらないもめごとになったときのためには俺もいたほうがいいだろう。
だがそれ以上はかえって問題を大きくしてしまう可能性があった。
こういう場合は荒事向きの俺たちだけで対処したほうがいいと思ったのである。
周囲を見回してほかに勇者に注目している者がいないか探る。
数人の商人が何か縁を作る機会をうかがっている風ではあったが、今は機ではないと思ったのか、やがて王都へと向かい出した。
「よし、なんとか面倒そうな連中は先に行ったようだ。まぁ先に行ったということは噂がばらまかれた可能性もあるが、そこは仕方ないだろ」
「それにしても早馬とはな。どこかに凶悪な魔物でも出たか」
勇者がもう気持ちを切り替えたのか、早馬の理由を気にし始めていた。
農民親子が素直にこちらの気持ちを汲んで必要以上に勇者を祀り上げなかったので、いら立ちも少なかったようだ。
「俺たちの来た東のほうじゃないことは確かだな。この東門の主街道には王国東部の南北の街道も合流しているし、そっちからの伝令だろう」
「南だったらうちの森のほうで何かあったということ?」
メルリルがそわそわして言う。
メルリルの帰ることの出来ない故郷である森人の森は王都よりやや東寄りの南に位置している。
故郷のことだから気になるのは当然だろう。
「まだ何もわからない。だが、騎士の伝令が出るということは王国にとっての一大事だから、森に何かあったということじゃないと思うぞ」
勇者がメルリルに説明した。
「それならいいけど……あ、いえ、大変なことが起こっているのだからよかったというのは違うね。ごめんなさい」
「誰だって自分の身近なものが一番だ。とりあえずはよかったと思っていてもいいだろ」
勇者の言葉はそっけないが、優しさが感じられる。
今の勇者にはその名にふさわしい貫禄があるな。
だいぶ流れてしまった王都入りの列に並びなおして、ゆっくりと歩きながらそれぞれの意見を交わす。
学者先生はあまり早馬については興味がないようだ。
まぁ争いごとは学者先生みたいな研究者にとって面倒なだけだしな。
王都入りの列はゆっくりとではあるが、着実に進んでいる。
王都の門には門衛はいるが、荷物の検査などは行われず自由に出入り出来るので停滞がないのだ。
王都に至るまでに東砦のような場所で必ず厳重なチェックを受ける流れになっているので、王都ではいちいち荷検めや人検めを行っていない。
「民に危害が及ぶようなら俺が出る必要があるが、大きな貴族家同士の争いということもある。貴族連中からしてみれば魔物の被害よりも大貴族同士が争うほうが大事件だからな」
勇者は立場的に伝令の内容が気になるようだったが、とりあえず王城に立ち寄らなければ何もわからない。
出来れば城に寄るのは無しにしたい気持ちだったらしい勇者も、これで覚悟を決めたようだ。
がんばれ。
当然ながらそこで詰まって後ろから来る馬車や荷車の流れが悪くなっている。
歩きの旅人らしき者たちや、自分の背負った荷物だけの行商人などが何事かと勇者を囲む一画を眺めながら通り過ぎて行く。
「そのように這いつくばるのはやめろ!」
俺に一度土下座をして弟子入りした勇者が偉そうに農民親子に言った。
いや、言ってることは正しいと思うんだが、どうしてもお前が言うのか? という気持ちが伴ってしまう。
俺もまだまだガキっぽいってことか。
とりあえず勇者の足りない部分を俺が補うことにしよう。
「天下の街道をそんな風にふさいでいると門衛が何事かとやって来るぞ。そうなればせっかくの勇者さまの助けが無駄になってしまう。さ、せめて道の端に避けよう」
「は、あの……」
「ああ、俺は縁あって勇者さまの従者をやっている冒険者だ。お偉いさんじゃないから安心しな」
農民の親父はホッとしたように俺に頭を下げると言われた通り道の端に避け、自分たちの荷車と馬に触れて、またうれし泣きを始めてしまった。
「父ちゃん。クロもケガしてないよ。よかったね!」
父親と違って娘のほうはことの重大さがいまいち飲み込めていないようだ。
年齢的には十歳前後か? もうだいたいの世の中の理はわかっている頃だが、農村育ちなら貴族の危険性が実感としてないのは仕方ない。
俺たちが農民親子を落ち着かせている間に、聖騎士が関係ないのに勇者のマントの紋章を見て拝んだり、何かを勇者に申し出たり、せめて勇者に触ろうとするような連中を追い払った。
ここにさらに聖女がいると知られたら大変なことになる。
幸い聖女はフードをしっかりと被ってモンクにぴったりとくっついているので安心だ。
なにしろ聖女や聖人はその体の一部ですらお守りになるという迷信がはびこっているので、傷つけられはしなくても、髪の一本ぐらい抜こうとする商売人がいても驚かない。
今は離れているから連れとも思われていないだろう。
さすがに勇者の冷徹な目つきと聖騎士の巌のような態度に、徐々に人は散り始めた。
場所も場所だしな。
王都の門前で騒ぎを起こしたら、それだけで牢屋行きのこともあるのだ。
「それにしても街道の真ん中は通っちゃいかんというのは常識だろう? どうしてまたど真ん中にいたんだ?」
「へい、それが馬の手綱取りを娘に練習させているところだったんで。しかも周囲の馬車に押されちまって、気づいたらいつの間にか真ん中に……」
恐縮しきった農夫に事情を聞いて、ため息をつく。
「練習はもっと混んでないところでやるんだな。王都近くは一刻も早く都入りしたい商人や、急ぎの貴族の馬車なんかも普段から行き交っている。さすがに早馬は滅多にないだろうが、気をつけな」
「へい。もうこりごりです」
「私がもう一人前だって言って無理に手綱を預かったの。父ちゃんは悪くないよ」
ペコペコしている父親を見て怒られていると思ったのか、娘が割り込んで来た。
「こら、お前は荷車のそばにいなさい」
「だって……」
「まぁ俺たちも無駄に説教をするつもりもないさ。こっちも護衛なんでな。じゃあ、気を付けて行けよ。神のご加護を」
「へい。ありがとうございます! 勇者さま方にも神さまのご加護を」
神の子たる勇者に神の加護を願ってくれるのはああいう純朴な農民ぐらいだろうなと思いながらフード付きのローブを被りなおした勇者と共に学者先生の荷車とうちの山岳馬たちの元へと戻る。
勇者が伝令の騎士殿に物申したときに学者先生とメルリルたちには少し離れて道の端に避難しておいてもらったのだ。
何かあっても勇者の近くには必ず聖騎士がいる。
二人で収まらないもめごとになったときのためには俺もいたほうがいいだろう。
だがそれ以上はかえって問題を大きくしてしまう可能性があった。
こういう場合は荒事向きの俺たちだけで対処したほうがいいと思ったのである。
周囲を見回してほかに勇者に注目している者がいないか探る。
数人の商人が何か縁を作る機会をうかがっている風ではあったが、今は機ではないと思ったのか、やがて王都へと向かい出した。
「よし、なんとか面倒そうな連中は先に行ったようだ。まぁ先に行ったということは噂がばらまかれた可能性もあるが、そこは仕方ないだろ」
「それにしても早馬とはな。どこかに凶悪な魔物でも出たか」
勇者がもう気持ちを切り替えたのか、早馬の理由を気にし始めていた。
農民親子が素直にこちらの気持ちを汲んで必要以上に勇者を祀り上げなかったので、いら立ちも少なかったようだ。
「俺たちの来た東のほうじゃないことは確かだな。この東門の主街道には王国東部の南北の街道も合流しているし、そっちからの伝令だろう」
「南だったらうちの森のほうで何かあったということ?」
メルリルがそわそわして言う。
メルリルの帰ることの出来ない故郷である森人の森は王都よりやや東寄りの南に位置している。
故郷のことだから気になるのは当然だろう。
「まだ何もわからない。だが、騎士の伝令が出るということは王国にとっての一大事だから、森に何かあったということじゃないと思うぞ」
勇者がメルリルに説明した。
「それならいいけど……あ、いえ、大変なことが起こっているのだからよかったというのは違うね。ごめんなさい」
「誰だって自分の身近なものが一番だ。とりあえずはよかったと思っていてもいいだろ」
勇者の言葉はそっけないが、優しさが感じられる。
今の勇者にはその名にふさわしい貫禄があるな。
だいぶ流れてしまった王都入りの列に並びなおして、ゆっくりと歩きながらそれぞれの意見を交わす。
学者先生はあまり早馬については興味がないようだ。
まぁ争いごとは学者先生みたいな研究者にとって面倒なだけだしな。
王都入りの列はゆっくりとではあるが、着実に進んでいる。
王都の門には門衛はいるが、荷物の検査などは行われず自由に出入り出来るので停滞がないのだ。
王都に至るまでに東砦のような場所で必ず厳重なチェックを受ける流れになっているので、王都ではいちいち荷検めや人検めを行っていない。
「民に危害が及ぶようなら俺が出る必要があるが、大きな貴族家同士の争いということもある。貴族連中からしてみれば魔物の被害よりも大貴族同士が争うほうが大事件だからな」
勇者は立場的に伝令の内容が気になるようだったが、とりあえず王城に立ち寄らなければ何もわからない。
出来れば城に寄るのは無しにしたい気持ちだったらしい勇者も、これで覚悟を決めたようだ。
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