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第六章 その祈り、届かなくとも……

550 旅人を泊める農場にて

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 学者先生に食べてもらうために特別な干しナツメを出したが、当然ながら人間用だ。
 まぁフォルテと若葉は仕方ないので人間側にカウントしているが。
 なのでロバと山岳馬リャマたちには普通の干しナツメを食べさせてやった。
 とは言え、彼らからすれば十分ごちそうだ。
 本来こういう使役獣にあまり贅沢を覚えさえてはいけないのだが、まぁだいぶ苦労させているからな。
 特に山岳馬リャマのリンとトンとシャンの姉弟は身分け山からずっとなのでかなりの距離を荷物を運んでもらっている。

 さすが辛抱強いと評判の山岳馬リャマだけあって、平気そうだが、動物は人と違って苦痛を訴えないので、油断しているといきなり倒れたりするので注意が必要だ。

「ほら、頑張ったご褒美だぞ」

 ロバは相変わらずヒンヒン言いながら意外と豪快にぱくついて口をモグモグさせていた。
 山岳馬リャマのリンは俺の手の上からおずおずと上品に食べる。

「あ、お師匠さま、トンとシャンにはわたくしがあげてよろしいでしょうか?」

 俺がリンに干しナツメを与えているのを見て、聖女が申し出た。
 特に反対する理由もないし、聖女は身分け山からずっと山岳馬リャマたちとは仲がいいので俺も納得して干しナツメを手渡してやる。

「ほら、指をかじられないようにな」
「は、はい!」

 うん、ものすごく緊張しているな。
 大丈夫か?

「トンさん、シャンさん、お二人とも、ずっとわたくしを守ってくださり、ありがとうございました。あ、あの、リンさんも、感謝しています」

 それに対してリンは「ヒャン」というような変な声で答え、トンとシャンはすりすりと聖女に頭をこすりつけた。

「あ、ありがとうございます。ほら、これ、お師匠さまからあなた方にご褒美ですよ。お姉さまはもうお先にいただいたみたいですから遠慮なさらずにいただいてください」

 使役獣に対してばかっ丁寧だが、まぁ聖女さまだからな。
 他人に見られても評価が上がることはあっても下がることはあるまい。
 そう思って放っておいた。

 トンは一気にバクッとシャンはちびちびと食べる。
 同じ山岳馬リャマでも個性があるんだなと思う。

「さて、この上がり下がりが激しい丘越えの道が終わったら農耕地帯だ。旅人を泊めて小銭をかせいでいる農場もあるからそういうところで一泊しよう」
「農場が人を泊める商売をしているのか? 確か二重に仕事を行うことは禁じられているのではなかったか?」

 勇者がなにやら几帳面な役人のようなことを言い出した。

「建前上は難儀している旅人を泊めてやってその礼金を受け取るって形だ。ただ農場は収穫が安定しない仕事だからな。出来るだけ複数の稼ぎ口を持っておきたい気持ちがあるんだ。副業なんてどこもやっていることだ」
「そ、そうなのか? 安定しないとは?」
「農耕は自然まかせの仕事だろう。どれだけ頑張っても収穫がほとんどないときだってある。貴族さまだってそういうときのために数年分の貯蔵をしているんだろ」
「うむ。だが、そういう収穫が少ないときには国が取り立て分を減らして生活に配慮することになっているはずだが」
「多少減らそうとないものはないんだから困窮することに変わりはないだろ? こないだほら、大聖堂の門前町に甲冑イナゴの群れが襲って来ただろう。ああいうのが農耕地を襲ったらひとたまりもない。……そういえばあれの被害はこっちではなかったのかな」
「あれは確か去年の夏……だったか? 東に出立する前だったな。だが、あれは北の果て、大聖堂での話だ。ここはずっと南だしさすがに関係ないだろう」
「ああ、そう思いたいが甲冑イナゴはかなり飛ぶと聞いたことがある。西方の国の被害によっては国が荒れている可能性もあるな」
「そこまでか?」
「食い物がないというのは命に関わるからな。みんな必死になる。そして争いが起こるんだ。まぁ砦では何も言っていなかったし、大丈夫だったんだろう」

 俺たちはそんな話をしながら再び出立した。
 いくつかの丘を越え、太陽がかなり傾いて来た頃に農耕地帯に到達する。
 まだ麦の芽が出たかどうかという時期なので、耕作地はまだ土の色のほうが多い。
 とはいえ合間合間に野菜などを作っている畑も見える。
 また、麦畑の周りにも自家用に作っている豆類やハーブなどが植えられているので、緑が全くないということはなかった。

 畑で作業している人に尋ねて旅人を泊めている農場を教えてもらい、宿を乞う。

「こんな時期にどこまで行ってらしたんね?」

 農場主はやや飽きれたように言ったが、快く受け入れてくれた。
 それと山岳馬リャマが珍しかったらしく、子どもたちが集まって来た。
 集まって来ると今度はフォルテも気になる子が出て来る。
 しばらくそんな子どもたちの相手をしなければならなかった。

 普段から旅人に慣れているだけあって、人を泊めるための部屋がきっちりと用意されていてありがたい。
 収穫時期に臨時雇いをする者たちのための部屋でもあるらしかった。

 ベッドは藁を敷いた上にシーツを被せただけのものだったが、十分である。
 大部屋を二つ、男女で分けて使う。
 夕食は食堂で全員で食べるということだった。

「鳥さんに触っていい?」

 子どもたちも大きい子は労働力としてあてにされているので遊んでいる時間は短いが、小さい子はそういう作業もない。
 俺たちを囲んだうちの一番小さい女の子が、部屋にまで俺たちを……正確にはフォルテをおっかけて来た。

「キュルル……」

 フォルテは相手をするのが面倒なのか俺の頭に座り込んで寝たふりを決め込んでいる。

「あー、鳥さんは疲れているからまた今度な」
「……えー」

 断ったのに一向に去らない。
 小さい子はほんと、扱いが難しいよな。
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