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第六章 その祈り、届かなくとも……

541 料理は知識と経験である

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 キノコという食材は俺たちミホムの民にとって馴染み深いものだ。
 森を中心に生活している俺たちは季節ごとの森の恵みを収穫して市場に並べる。
 もちろん自分で食べるために獲ることもあるが、冒険者は探索の合間に人気の食材を集めて業者に卸すということもやるのでわりと詳しいのだ。

 そんな俺の知識からすると、キノコを一番美味しく食べる方法は焼くことだ。
 ただ、すぐに焦げてしまって焼きにくいものもある。
 それとキノコは香りと食感はいいのだが、意外と味自体は淡白なものが多い。
 だからちょっと濃厚なタレをつけるのもおすすめだ。

「と言うことで、まずはタレを作る」
「ダスターのやる気に火がついた」

 うんうんうなずきながらメルリルが嬉しそうに言った。
 いやいや俺はいつでもやる気に満ちているぞ?

 俺は市場バザールに取って返すといくつかの香辛料スパイスと独特の風味の岩塩、そしてこの辺りで採れる穀物とヤギ乳を手に入れた。

香辛料スパイスと岩塩はわかるけど、穀物とヤギ乳はなに?」

 料理を覚えようと熱心なメルリルが聞く。

「いくら美味くてもキノコだけじゃ腹は膨れないだろ? ましてやあの量じゃな。食事には穀物かイモか豆を必ず入れるようにするんだ。長丁場には肉だけじゃ持たない。肉は一気に力が出るが、穀物や豆は長い間頑張れる」
「すごい。ダスター、そんなことも考えているんだ」
「冒険者だからな。体を管理出来ない冒険者はすぐに潰れる。一度病気になったら長期間収入が激減するんだ。下手をすると死んじまう。体を作るのは食べ物だ。食べ物をいい加減にする奴は長生き出来ない」
「わかった」

 メルリルがキラキラした目で俺を見ている。
 そう正面から尊敬していますという顔をされると照れるんだが……。

「それとこの穀物は食感はいいんだが香りや味がない。あの奇跡のキノコとやらと相性がいいはずだ。そしてヤギ乳はちょっと癖があるが舌触りがいい。その癖もあのキノコがカバーしてくれる」
「ほわあ」

 メルリルが大聖堂に訪れる求道者のような目になって来た。
 いや、俺はそんな特別なことを言ってたりしてないからな。
 家庭で毎日食事を作っている奥さん連中はもっとすごいぞ。

「さすが師匠。なるほど、戦いだけじゃなく、食事もまた綿密な計画性が大切ということか。勉強になる」

 荷物持ちとして付いて来た勇者がまた訳のわからない感心の仕方をする。
 まぁいいか、気にしないことにしよう。

「あと野菜だな。と言ってもこの辺りはまともな野菜が採れないらしいからこの根元の白い長草とか言うのを買ってみた。シャキシャキとして味は淡白らしいからちょうどいいだろう」

 何しろ七人と二匹分だ……イテッ、はいはい、八人と一匹だな。
 
「……ガフッ」『何やら仲間はずれの気配を感じた』

 若葉、なんでお前俺の思考を察してるんだよ。
 わかった、九人分な。
 お前ら人間じゃないだろうが、ややっこしいんだよ。

「ふう。出来たぞ」
「待ってました!」

 調理中周囲をうろうろしていた勇者が駆け寄って来る。
 やめろゴミが入るだろ。

「おとなしくなかで待っていろ。運んで行くから」
「でも、勇者さまが匂いに寄って来る人や生き物を睨んで追い払ってくれたから、役に立ってる、はず」

 コトコトと煮込んでいるミルク粥をじっと見つめていた聖女が勇者を庇う。
 むう、確かにそれは助かった。

 量が多いので天幕ゲルのなかにある炉ではなく、外のかまどで料理を作っていたのだが、奇跡のキノコの匂いにつられて人間や動物が集まって来たのだ。
 そのたびに勇者が睨みつけて退散させていた。
 本気の勇者の覇気は尋常じゃないので一発でみんな逃げ出すんだよな。

「確かにミュリアの言う通り、アルフも役に立ってくれた。料理を運ぶ手伝いをさせてやろう」
「やった!」

 半ば冗談で仕事を押し付けたのだが、勇者はものすごく喜んだ。
 お前の単純さに涙が出そうだ。

 勇者に手伝わせて天幕ゲルのなかに運んだ料理は、スライスした奇跡のキノコと鳥肉の炙り焼きにスパイスと岩塩とハーブを合わせたソースを添えたもの。
 それと穀物とスライスした奇跡のキノコのミルク粥に岩塩とスパイスで味つけをしたものだ。
 これに焼いた鳥肉を少しだけ脂として加えてある。

「おお、ほんのわずかなキノコがこれほどたっぷりな料理になるとは!」
「先生、キノコだけ使っている訳じゃないですからね」
「ふむ。まるで魔法のようだな。ダスター君、君やはり魔法を使えるのでは?」
「何言ってるんですか。料理は魔法ではありませんよ」
「師匠、どうでもいいから早く!」

 俺が先生と変な問答をしていると、しびれを切らした勇者が騒ぎ出した。
 はいはい。

「あー、ミュリア。食前の祈りを頼む」
「はい! 神の御心に守られ今日の美味しい糧を頂けることを感謝いたします」

 糧のところが美味しい糧にクラスアップしていた。
 まぁいいか。

「感謝します」

 皆で唱和して食事に取り掛かる。
 まずはキノコの本来の味わいを楽しめる炙り焼きだな。
 うん、焼いたらあのいい香りがさらに美味そうになった。
 口に含むとその香りが鼻から抜ける。
 食感はふんわりとしているが、噛むごとに旨さを感じるな。
 で、ソースをつけてみる。
 おっ、やっぱりソースがあったほうがいいな。ちょっと甘味もある辛味がぴったりだ。
 そして鳥肉。
 この鳥肉は淡白だが脂が多いと聞いて買ったんだよな。
 うん、脂が美味いな!
 キノコの淡白さにこの脂とソースの辛味で完璧な組み合わせだ。

「ああっ、もうない!」

 しばらく全員無言で食べていたが、勇者の嘆き声が静寂に響く。
 お前、かっこむからだろ。

 まぁいい。
 さて、ミルク粥だ。
 ヤギ乳は癖があるからどうかなと思ったが、ふむ、思った通りキノコの香りのおかげで気にならないな。
 それとこの小粒だがプチプチという食感の穀物がいいな。
 野菜も煮込んでもシャキシャキ感が残っていていい感じだ。
 思いついて炙った鳥の肉を小さく裂いて入れてみたが、鳥の脂が全体を濃厚な味わいにしている。
 美味い。

「ダスターはすごい」

 メルリルが食べながら俺をうっとりした目で見ている。
 
「俺の師匠だから当然だな」
「美味しいです……」
「冒険者やめて店を開けば?」
「このような贅沢は貴族でも出来ないものでしょうね」

 勇者たちが口々に言う。

「クルルルル……」
「ガフン」

 ちゃっかり自分たちの分を要求したフォルテと若葉も満足したようだ。
 量は少なめだが、そもそもあいつらこういうのを食う必要ないんじゃないかという疑惑があるからな。
 味がわかればそれでいいっぽい。
 
「ダスター君には本当にいつも助けられたものだよ。食べ物は美味いし、片付けは的確だし、森に詳しい。自由な冒険者でなければ助手に欲しいぐらいだな」

 どうでもいいが冒険者としてよりも雑事の評価が高いのはそれはそれで複雑な気持ちになるぞ?
 まぁ俺は単純だから何でも褒められればうれしいけどな。
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