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第六章 その祈り、届かなくとも……

538 縁は異なもの

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 市場バザールには西の国、つまり俺たちの国や二翼国、大公国などの商人が取り引きのためにひっきりなしに訪れている。
 そこで、俺は勘を取り戻すためにもミホムまでの護衛依頼を探すことにした。

 普通大きな商家の場合は専属の護衛がいるので冒険者に護衛など依頼しないのだが、大きな隊商キャラバンを組むときには全体をカバーするために外の冒険者に依頼を出すことがある。
 とは言え、もっとも冒険者と付き合いがあるのが中堅どころの商人だ。
 
 護衛を常に雇っておくのはかなり金が必要だ。
 そこで必要なときだけ信頼出来るギルド所属の冒険者を雇うのである。
 まぁ今回はそういう中堅どころの商人からしても俺たちはお呼びではないだろう。
 ギルドの保証がないからな。

 流れの冒険者が請けることが出来るのは、まだ自分の店を持たない行商たちが組む隊商キャラバンの依頼だ。
 彼らは金がないから信頼を金で買うことが出来ない。
 自分たちの目と勘で信頼出来そうな安い冒険者を雇って護衛にするのだ。
 そういう流れ者の何割かには盗賊の手先が紛れ込んだりしている。
 駆け出し商人と言うのはなかなかにリスクが高い時期だ。

 ただ、冒険者のほうも駆け出しでも成り上がりそうな商人とよしみを結んでおくと将来安定した雇われ護衛になれるかもしれないので、売り込みも多い。

「ん?」

 俺は馬車や荷車の溜まっている辺りをうろついた。
 売出し中の冒険者と違ってこっちはついでなのでがっついて雇い主を探す必要もないので、周辺をブラブラしている感じだ。
 そしてそこで懐かしい顔を見つけた。

「あれ? 学者先生?」
「おおっ、ダスター君ではないか、久しぶりだね」
「今はこちらで調査ですか?」
「ああ、荒野の生態系で少し面白いものが見つかったので、研究をね。今は集まった資料を持って戻るところなのだよ。ふむ、もしかすると、君もこれから戻りかな?」
「はい。俺もこれから拠点に戻るところです。護衛で少し小銭でも稼ごうかなと思いまして」
「ハッハッハッ、君は相変わらず実に堅実な冒険者だな。そこに引き連れているのはもしかすると勇者様ご一行ではないのかね?」
「引き連れている訳ではありません。たまたま行き先が一緒なだけです」
「俺はし……むぐっ!」

 何やら口走りそうになった勇者の顔を右手でがっしりと掴む。

「すまないクルス。こいつに何か美味いものを食わせてやってくれないか?」
「あ……はい、そうですね。そろそろ何か間食したほうがいい時間のようです」
「うう……むぐぅ……」
「勇者殿、何か美味しいものを見つけたら後で俺にも教えてもらえないでしょうか。俺も少し腹が減っているので」
「むう?……うぐぅ」

 どうやら抵抗が弱まったので手を離す。

「美味いものを見つけるのは得意だ」
「期待してる」
「お、おお! 任せとけ!」

 勇者は元気に走り出した。
 他人にぶつかるなよ。

「ダスター?」

 メルリルがどっちに行こうか迷っているようなので勇者に同行するように頼む。
 いざ何か面倒事が起こったときにメルリルがついていればすぐに合流が出来る。
 いろいろ試したのだが、メルリルの巫女メッセリの力を使うことで、フォルテと思考だけで会話が出来ることが判明したのだ。
 その力で当初からメルリルだけはフォルテの鳥語も理解していたという訳である。

 いや、ここで勇者たちを置き去りにしてもいいんだが、それをやると今後もっと酷いつきまといが発生しそうな予感がするので、とりあえず明確な別れを告げるまでは同行することにした。

 勇者たちが離れて行くと、学者先生、いや、ミホムの貴族であり歩き学者として高名なデアクリフ・ザクト師が笑い含みで俺に言う。

「すっかり勇者たちのお師匠様ぶりが板について来たじゃないか」

 あー、やっぱりとっくに気づかれていたか。
 そりゃあそうだよな。
 大森林の湖の迷宮調査のときに散々一緒にいたんだし、学者先生ほど敏い人に気づかれないほうがおかしい。

「よしてください。それよりも俺たちを護衛に雇ってもらうことは出来ませんか?」
「おいおい、いくら私が貴族になれたと言っても下賜される金などわずかなものだよ。ほとんどが研究のためのものだからね」
「さっきはああ言いましたが金はいいですよ。ミホムにただ戻るよりは冒険者としての勘を取り戻したかっただけなので。なんなら晩飯をおごってくれればそれでかまいません」
「ははっ、ちょっとおごるには人数が多いかなぁ」
「あいつらは自分で出しますよ。金なら教会からたっぷり……とは言い難いですがもらっていますからね」

 勇者たちは毎月教会を通じて大金貨十枚を活動資金としてもらっている。
 俺は最初、それをとんでもない大金だと思っていたのだが、一緒に旅をする内に、勇者という立場では高い宿に泊まるしかないこと、高品質な装備の手入れや騎獣などにかかる費用を考えると、実はそこまで大金でもないということに気づいた。

 何しろ勇者は自分たちで金稼ぎをすることを禁じられている。
 本来勇者ほどの能力があれば大金貨十枚分ぐらい自分たちで軽く稼げるはずだ。
 そう考えると、勇者たちの財源もあまり豊かとは言えない。
 いつも月末には資金が残り少なくなっていたからな。

 だがまぁ毎日美味い飯を食うぐらいは何の問題もない。

「何かおすすめの一品か、旨い酒でもおごっていただけたらありがたいです」
「それはすごいな」

 学者先生が耐えられないといった感じで笑い出した。

「勇者ご一行を雇うのにふさわしい一品か。なかなか難しい命題だぞ」
「先生……」
「ははっ、すまないな、別に君を困らせるつもりじゃないさ。だが、あの勇者殿はどうも君の言葉を神の啓示のごとく聞いていたぞ。君もなかなかどうして、数奇な運命の元にあるようだね。どうだ? 私の研究対象になってみるかね?」
「ご冗談を……」

 俺は大きなため息を吐く。
 だがまぁこの人は身分で相手に対する態度を変えたりしない。
 勇者が一緒でもやたら感動したり、逆に緊張したりしないありがたい人材なのだ。
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