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第六章 その祈り、届かなくとも……

530 精霊王の宿

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 オアシスの周囲にある大連合の街の一つ、風舞う翼という、昔俺とメルリルとフォルテが滞在した部族の街、その中心にひときわ目立つ建物がある。
 俺たちはそこを目指して歩いた。
 そこで先に行かせた勇者たちや大巫女様と合流する予定だったのだ。
 だが、近づくにつれ、何やらただならぬ雰囲気が漂っているのがわかる。
 ……嫌な予感しかしない。

「いらん! 俺はここで師匠を待つ。信じられない相手の本拠地などに入れるか!」
「西方の勇者殿、おぬしが私をどう思っているかはこの際問題ではない。そのような態度は自分自身の行動を縛るであろうと言っておるのだ」
「何をさかしげに」

 人混みをかき分けて建物へと続く階段の近くまで行くと、勇者と大巫女様が怒鳴り合いに近い言い合いをしていた。

「おおう……」

 思わず顔を覆う。

「あれは誰だ?」
「何やら西方からの客人らしいぞ」
「ほう、大巫女様と対等に言い合いをするとはなかなかやるなあの男」
「大巫女様が勇者と呼んでいらしたよ?」
「ほほう……もしや噂の西方の勇者か? ふむ、大巫女様、あいつと術くらべでもなさらないかな? 久々に本気の大巫女様が見れるかもしれんぞ」
「またあんたったら不謹慎な」

 周囲の部族の人たちは、意外と自分たちの大巫女様と言い合いをしている勇者に嫌悪感を覚えてはいないようだ。
 それどころかなにやら戦いを期待している者までいる。
 昔戦士同士の戦いで土地を取り合っていた名残があるのか?
 そもそも血の気が多いからああいう方法に落ち着いたというのが真実のような気もして来た。

「おい、アルフ。何の騒ぎだ」

 俺は嫌々人混みから抜け出して、注目の的となっている勇者を諌めにかかる。
 っと、おいおい勇者の背中から若葉が興味深そうに大巫女様を見ているぞ。
 まさか食うつもりじゃないだろうな?

「あ、師匠。待ってた。この女が一緒に閉鎖された場所に入ろうと言ってうるさいのだ」
「何を誤解されるようなことをおっしゃるのだ!」
「は? 事実だろ?」

 お前、それ、傍から聞いたら女が男を誘ったように聞こえるぞ。
 大巫女様の立場を考えろや。

「俺たちはご招待いただいている身だぞ。お前がお招きを拒絶する意味がわからん。……大巫女様、お赦しください。この者はその、少し愛想が悪いのです」
「少し?」
「招かれたのは師匠であって俺ではない。それなら師匠を待ってから招きに応じるのが礼儀だろう」

 大巫女様のツッコミを聞こえないフリでスルーする。
 そして勇者が何かもっともらしいことを言っているぞ。

「それを大巫女様に説明したのか?」
「なんで知らない奴に説明する必要があるんだ?」
「もういいわかった。それより……」

 俺は勇者に近づいて小さくささやく。

「若葉を抑えろ。大巫女様を何やら吟味しているように見えるぞ」
「こいつ、あの女の魔力の質がどうとか言ってたぞ。まぁ人間を食ったら俺が討伐するときつく言ってあるから大丈夫だろう」

 若葉には以前人間を食べたりしないように言ってあるから大丈夫と勇者は感じているんだな。
 勇者はいろいろ性格に難はあるが、相手の言葉を判断する勘のようなものは優れている。
 勇者が大丈夫と判断したのなら大丈夫なのだろう。

「あの……」

 大巫女様が困ったように俺を見た。
 周囲に人が集まりすぎているし、大巫女様も立場的にこういういざこざのようなものは問題になるのだろう。
 そもそも俺たちが聖地に行かせてくれと頼んでいる立場なんだから、大巫女様を困らせる訳にはいかない。

「困らせてしまって申し訳ない。こちらの建物はどういった場所なのでしょうか?」
「あ、はい。こちらは祭事を行うときや、大勢の人を集めるときなどに使う建物です。私がこの街に戻ったときに身を落ち着ける場所でもあります」
「つまり大巫女様のお家のようなもの、ですか?」
「私の家というのは少し違いますね。本来はここは精霊王様の宿なのです。そこに王にはべる者である私がお待ちしているということです」
「……精霊王……さまの、宿、ですか……そんな大切な場所に入れていただいてもよろしいのですか?」
「もちろんです。大祖母様は、お客人は王の友としてもてなすべしというお言葉を遺されました。その後を継ぐ者はその言葉に従います」

 にこりと笑う。
 うーん。
 これ、バレてないんだよな。
 どうも大巫女様は感情を表に出さないからわかりにくい。
 とりあえずこれ以上外で騒ぐのはよくないことだけは確かだ。

「それでは遠慮なくお邪魔させていただきます」
「歓迎いたします。我ら風舞う翼の民、青き翼をお迎えするのと同じに、遠くからのお客人をおもてなしいたしましょう」

 幅広い階段には青い絨毯のような敷物が敷かれている。
 そこを踏んで高い場所にある巨大な建造物に入った。
 勇者ももう文句を言うことなくそれに続く。
 さっき勇者の後ろでひたすらあわあわしていた聖女様もほっとしたようにその後に続いていた。

 勇者はあれだな、俺を立てるために自分が先に招かれる訳にはいかないと考えたのだろう。
 そういうところは徹底しているからな。
 貴族らしい几帳面さとはまた違って、勇者には目上と定めた者に対しての考え方が独特なところがある。
 自分の決めたことは絶対に譲らないしな。
 
 建物の正面は垂れ幕によって仕切られている。
 なかにはさらに段差があって、水桶を持った少女たちが待っていた。

「こちらでお履きものを脱いでいただけますか? 足はその娘たちがお洗いします」
「え? あ、はい」

 神聖な建物だから外の土を入れないとかそういうのだろうか?
 建物のなかは一面美しく織られた敷物が敷き詰められていて、素足でも問題なさそうだった。
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