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第六章 その祈り、届かなくとも……
528 花と鷹の物語
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「ああ、懐かしい。あの頃に戻ったようだ。いや、本当に結婚して家族を持って……もしかして全部が夢だった?」
爺さんの記憶がクリアになったのはいいが、何やら過去に出会った俺たちと今向き合っていることで、今がいつかわからなくなってしまったらしい。
正直俺も少々混乱している。
「いや、あんたの経験は全て本物さ。俺たちがあんたの昔の時間に迷い込んでいただけなんだ。ちょっとした事故でな」
「その話し方、昔の通りですね。あの頃あなたの語ってくれる外の世界にどれほど胸を踊らせたでしょう。その後起こったたくさんのことも。現実と言うよりは本当に夢のようなことばかりだった」
「そのことなんだが、俺たちが消えてから何があったか教えてくれないか? こっちからしてみればちょっと季節が変わった程度の時間でしかないんだ。その間に何もかも変わってしまった」
「なんと、精霊の時間感覚は独特ですな」
「いや、俺たちは精霊じゃないから。普通の人間だよ」
俺がそう言うと、その爺さんはカラカラと笑い飛ばした。
絶対信じてないよな。
「そうですね。何から話しましょう? そうだ。みなさん大巫女様……いや、ミャア様と仲がよかったですよね。あの方の人生をお知りになりたいのでは?」
「ああ、正にそれが俺たちの知りたかったことだ。それと鷹のダックだ。二人は結婚したと聞いたが、何があったんだ?」
「俺もそう話の上手いほうじゃないんで、順を追って説明しますね。ミャア様はその、裏切りを疑われて、そのときの処罰で手足が不自由になっちまったんですが、すぐに精霊の力を借りて動けるようになりました。不思議な光景でしたよ。スーッと、地面の上を滑るように歩くんです。何かを持つときも差し伸べた手にものが飛び込んで行くような感じでした」
「そりゃあすごいな」
「さすがは精霊の子ですよね。それに精霊の子は人として長く生きられないものなんですが、ミャア様は体のなかにある精霊のカケラと一体化することで問題を乗り越えられたんです。もともとおきれいな方でしたが、そっからはもう、神がかった美しさに成長なさいましたよ」
「ほう。それはさぞモテただろうな」
俺が言うと、爺さんは手を左右に振って軽く否定した。
「いやそれが逆に神々しすぎて嫁にしたいというようなことを言い出せる男はいなくなっちまって。十八まで相手が決まらなかったんですよ」
「それは……なんとも」
美しさも過ぎると近づき難くなってしまうんだな。
どうも聖女がそのタイプのように思えるんだが、将来は大丈夫なのかな? 今から不安だ。
「一方で鷹のダックさんは毒のせいで目が見えなくなっちまったんですが、明るさは感じるとかで、ものの形を精霊の力で認識出来るようにするってんで、ミャア様に相談に乗ってもらってたんですよ。ミャア様はミャア様で体をうまく動かす方法かなにかを鷹のダックさんに習っていたようです。そんな関係がいつの間にか鷹のダックさんがミャア様の従者のようなことになっていて。あの人すげえんですよ。目がほとんど見えないのに周りの動きが全部見えるみたいに前にも増して強くなっちまって。俺ら男連中はみんなあの人みたいになりたいって憧れましたね」
ミャアのことを語るときはどこか遠慮のようなものが見えた爺さんだが、鷹のダックの話となった途端、言葉に熱が入りだした。
どうやら若い頃の憧れが蘇ったのだろう。
しかし、目が見えなくなってからさらに強くなるとかとんでもない戦士だったなあの男。
「あ、そうそう結婚の話でしたね。そんな感じでお二人はその、男女の仲というよりは巫女とそれを守る戦士の理想形を体現したような雰囲気だったんですよ」
「じゃあ全然そういう雰囲気じゃないのに結婚したのか?」
「あれですよ。その頃は女は十八にもなって相手が決まってないといろいろ言われてしまってましたからね。それが大巫女様ならなおさらです。部族だけじゃない、俺たち精霊の民全体の代表なんですよ。それで適当に見繕ってよさそうな男と結婚してもらおうという話が出て……」
「まぁ!」
話を神妙な様子で聞いていたメルリルが急に大きな声を出した。
「あー、その反応。うちのカミさんや女連中はみんなだいたいそんな感じでしたよ。女には腹立たしい話だったんでしょうね。俺はどうもそういうのがピンとこなくってカミさんと喧嘩しちまって。今なら女だって結婚して子を抱くだけが幸せとも限らないとわかるんですがね」
爺さんはメルリルの反応を見て懐かしそうな顔になった。
もしかしたら亡くなったという連れ合いの女性を思い出していたのかもしれない。
メルリルもそれを察したのか、すぐに怒りをひっこめて話を聞く姿勢に戻る。
「そこで異を唱えたのが、なんと鷹のダックだったんですよ。『俺と戦って勝った者なら我が君の隣に在るのを認めよう』とか言い出して。むちゃくちゃですよね?」
「素敵……」
俺もむちゃくちゃな話だなと思ったのだが、メルリルはうっとりしたように呟いた。
そして俺をちらっと見る。
む? これは何を期待されているんだ?
なぜか冷や汗が出るんだが。
「それで勝てる奴がいないから鷹のダックが自分で名乗り出たのか?」
それはそれで呆れた話だと思ったのだが、そうではなかったらしい。
「それがですね。ミャア様が『責任を取りなさい』って、鷹のダックさんに迫ったらしくて……」
「……ほう」
なるほど。
結局男と言うものは、女のわがままには敵わないということだな。
口に出してしまうとメルリルに怒られそうだから言わないが。
爺さんの記憶がクリアになったのはいいが、何やら過去に出会った俺たちと今向き合っていることで、今がいつかわからなくなってしまったらしい。
正直俺も少々混乱している。
「いや、あんたの経験は全て本物さ。俺たちがあんたの昔の時間に迷い込んでいただけなんだ。ちょっとした事故でな」
「その話し方、昔の通りですね。あの頃あなたの語ってくれる外の世界にどれほど胸を踊らせたでしょう。その後起こったたくさんのことも。現実と言うよりは本当に夢のようなことばかりだった」
「そのことなんだが、俺たちが消えてから何があったか教えてくれないか? こっちからしてみればちょっと季節が変わった程度の時間でしかないんだ。その間に何もかも変わってしまった」
「なんと、精霊の時間感覚は独特ですな」
「いや、俺たちは精霊じゃないから。普通の人間だよ」
俺がそう言うと、その爺さんはカラカラと笑い飛ばした。
絶対信じてないよな。
「そうですね。何から話しましょう? そうだ。みなさん大巫女様……いや、ミャア様と仲がよかったですよね。あの方の人生をお知りになりたいのでは?」
「ああ、正にそれが俺たちの知りたかったことだ。それと鷹のダックだ。二人は結婚したと聞いたが、何があったんだ?」
「俺もそう話の上手いほうじゃないんで、順を追って説明しますね。ミャア様はその、裏切りを疑われて、そのときの処罰で手足が不自由になっちまったんですが、すぐに精霊の力を借りて動けるようになりました。不思議な光景でしたよ。スーッと、地面の上を滑るように歩くんです。何かを持つときも差し伸べた手にものが飛び込んで行くような感じでした」
「そりゃあすごいな」
「さすがは精霊の子ですよね。それに精霊の子は人として長く生きられないものなんですが、ミャア様は体のなかにある精霊のカケラと一体化することで問題を乗り越えられたんです。もともとおきれいな方でしたが、そっからはもう、神がかった美しさに成長なさいましたよ」
「ほう。それはさぞモテただろうな」
俺が言うと、爺さんは手を左右に振って軽く否定した。
「いやそれが逆に神々しすぎて嫁にしたいというようなことを言い出せる男はいなくなっちまって。十八まで相手が決まらなかったんですよ」
「それは……なんとも」
美しさも過ぎると近づき難くなってしまうんだな。
どうも聖女がそのタイプのように思えるんだが、将来は大丈夫なのかな? 今から不安だ。
「一方で鷹のダックさんは毒のせいで目が見えなくなっちまったんですが、明るさは感じるとかで、ものの形を精霊の力で認識出来るようにするってんで、ミャア様に相談に乗ってもらってたんですよ。ミャア様はミャア様で体をうまく動かす方法かなにかを鷹のダックさんに習っていたようです。そんな関係がいつの間にか鷹のダックさんがミャア様の従者のようなことになっていて。あの人すげえんですよ。目がほとんど見えないのに周りの動きが全部見えるみたいに前にも増して強くなっちまって。俺ら男連中はみんなあの人みたいになりたいって憧れましたね」
ミャアのことを語るときはどこか遠慮のようなものが見えた爺さんだが、鷹のダックの話となった途端、言葉に熱が入りだした。
どうやら若い頃の憧れが蘇ったのだろう。
しかし、目が見えなくなってからさらに強くなるとかとんでもない戦士だったなあの男。
「あ、そうそう結婚の話でしたね。そんな感じでお二人はその、男女の仲というよりは巫女とそれを守る戦士の理想形を体現したような雰囲気だったんですよ」
「じゃあ全然そういう雰囲気じゃないのに結婚したのか?」
「あれですよ。その頃は女は十八にもなって相手が決まってないといろいろ言われてしまってましたからね。それが大巫女様ならなおさらです。部族だけじゃない、俺たち精霊の民全体の代表なんですよ。それで適当に見繕ってよさそうな男と結婚してもらおうという話が出て……」
「まぁ!」
話を神妙な様子で聞いていたメルリルが急に大きな声を出した。
「あー、その反応。うちのカミさんや女連中はみんなだいたいそんな感じでしたよ。女には腹立たしい話だったんでしょうね。俺はどうもそういうのがピンとこなくってカミさんと喧嘩しちまって。今なら女だって結婚して子を抱くだけが幸せとも限らないとわかるんですがね」
爺さんはメルリルの反応を見て懐かしそうな顔になった。
もしかしたら亡くなったという連れ合いの女性を思い出していたのかもしれない。
メルリルもそれを察したのか、すぐに怒りをひっこめて話を聞く姿勢に戻る。
「そこで異を唱えたのが、なんと鷹のダックだったんですよ。『俺と戦って勝った者なら我が君の隣に在るのを認めよう』とか言い出して。むちゃくちゃですよね?」
「素敵……」
俺もむちゃくちゃな話だなと思ったのだが、メルリルはうっとりしたように呟いた。
そして俺をちらっと見る。
む? これは何を期待されているんだ?
なぜか冷や汗が出るんだが。
「それで勝てる奴がいないから鷹のダックが自分で名乗り出たのか?」
それはそれで呆れた話だと思ったのだが、そうではなかったらしい。
「それがですね。ミャア様が『責任を取りなさい』って、鷹のダックさんに迫ったらしくて……」
「……ほう」
なるほど。
結局男と言うものは、女のわがままには敵わないということだな。
口に出してしまうとメルリルに怒られそうだから言わないが。
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