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第六章 その祈り、届かなくとも……

487 天使の声は精霊に愛される

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 いくつかの農園に泊まりつつカ・ミラス神国を南下して行く。
 カ・ミラス神国は大きな川はないが小さな川がいくつも流れていて、水の豊富な土地柄だ。
 大きな川がないので橋は作らずに板や丸太などが川に渡してある。
 嵐の時期には流されてしまうが、すぐにまた設置出来るのが特徴だ。

「それにしてもあまり木がなくて草原が広がっている国ですね」
「ああ、そのためか牧畜が盛んな国なんだ。畑よりも放牧場のほうが広い。西部の北の国の衣服のほとんどはこの国の糸で作られていると言われるぐらいだな」

 一人だけこの国が初めてのメルリルに説明する。

「そうそう、だから織物も盛んでさ。うちの、……ええっと大公国の織物とはまた違った感じだね」
「織物?」
「大公国の織物は敷物とか壁掛けとかマントなんかによく使われるんだが、この国の織物は主に防寒用の服だな。大公国のほうは縦糸を並べたところに横糸をくぐらせる織り方だが、ここらのは棒を何本も使って少ない本数で仕上げるらしい。村の人達が着ているチュニックとかベストなんかがそうだな」
「帽子もだな。毛皮の帽子と同じぐらい温かいと聞いたことがある」

 モンクが大公国出身らしいレクチャーをしたので詳しく説明する。
 勇者も話に加わった。
 北の国では冬に帽子がないと生死に関わるとか言われているぐらい暖かさが違う。
 まぁ俺たち冒険者は基本的に毛皮で帽子を仕立てるが、庶民からすれば毛皮製の品物は贅沢だ。
 そこでこの国の糸を使った帽子をかぶる。
 値段的に毛皮の半分程度だ。
 ただし、俺たちの国のミホムまで来ると手間賃がかかって逆に毛皮製品のほうが安くなる。
 なんでも地元のものが安いということだな。

 勇者は元貴族だったのだから羊毛の服とか持っていたんだろう。
 とは言え、ミホムでは羊毛だろうが毛皮だろうが、おしゃれ以外で帽子はあまりかぶらない。
 年越し祭とかに着る一張羅の一揃いのなかにある程度かな?
 こっちでは成人済みの男はみんな帽子をかぶっている。
 気候と文化の違いという奴だな。

 さて、四日目にしていよいよカ・ミラス神国の中央、大教会がある都に到着した。
 さすがに歩きだけに時間がかかる。
 いろいろ挨拶回りをさせられた前回よりはずっと早いが。

「ふわああああああ!」

 メルリルが、大教会をその目で直接見ることの出来る場所に到着した途端に感嘆の声を上げた。
 その気持はわかる。
 俺も最初驚きのあまり大口を開けて見上げてしまったからな。

「あっ……」

 慌てて口に手を当ててこちらをチラチラと見るメルリルが大変可愛い。

「近くで見るとすごい迫力だろう?」
「びっくりした。この教会に使われている木材は全て古樹のもの。最低でも五百年程度のものが使われているみたい」
「そこに驚いていたのか。さすが森人目の付け所が違うな」

 俺がそう言うと、メルリルは顔を赤くしながら、言い訳のように続ける。

「もちろん大きさにも驚いた。小さな山ほどの大きさがあるのね」
「ああ、正直この国の人口から言って、こんなでかい教会は必要ないんだが、信仰心というものは凄いよな」

 尖塔の上にきらめく水晶環が太陽と同じぐらい高い場所に見える。キラキラと光を弾くさまを見ていると、それほど篤くない俺の信仰心も刺激されるようだ。
 それにこの大教会の見どころはそれだけでもない。

「太陽の位置的にそろそろかな?」
「はい。ちょうどよい時間に到着しました」

 俺の言葉に聖女が答えた。
 どうやらぴったりのタイミングだったようだ。

 尖塔の透き通った影が大教会の庭にある噴水の花の彫刻にかかり、虹のような彩りが流れ落ちる水に浮かぶ。
 すると大教会の尖塔にある鐘がカーン! と、甲高い音を一つ鳴らした。
 小山のような大教会はかなり複雑な造りで、外から眺めているだけではわからないテラスがあちこちにあるらしい。
 そのテラスに純白のフードをかぶった少年たちが姿を現した。
 そして詩を歌い始める。

 透き通った声が大教会に響いて、まるで天上から降り注ぐ天使の声のようだ。
 少年たちは聖人である。
 彼らの声は独特で、少女とも違う伸びやかで高い響きを持っていた。
 大人になれば消えてしまう声だ。
 聖人たちは聖女と違い癒やしの力として詩を使うものが多い。それはこの声に魔力が乗りやすいからと聞いたことがある。

 あまりにも神々しい歌声に、周囲に集まっていた人々がひざまずき祈りを捧げた。
 俺たちも詩の間目を閉じて黙祷する。
 夢幻のようなひとときは影の移動と共に終わりを告げ、聖人たちは大教会へと姿を隠した。

 周囲には感極まって泣いている人もいる。
 この瞬間を体験したくて遠い農園からここへと旅して来る者も多いのだ。
 大教会はこの国の者にとって大聖堂の代わりであるということが、ここに来るとよくわかる。

「驚きました」
「うおっ!」

 メルリルが泣いていた。
 
「今、目の前で起きたことを言葉で言い表す術がありません」
「そんなにか? 俺にも魔力の放射はわかる。癒やしの力が降り注いで来るんで最初聞いたときはびっくりしたものだが……」
「人だけではないんです。この建物に使われている古樹の精霊が一緒に歌っていました。空と大地に共鳴が起きて周囲の精霊を通じて見えない光の環が広がっているんです。ここの土地の豊かさは一つにはこの大教会の詩のおかげかもしれないですね」
「それは……すごいな」
「はい。凄いです。自然と涙が出てしまって」
「そうか」

 俺はそっとメルリルを抱き寄せて背中をさすってやった。
 気持ちを自分でコントロール出来ないときは子どもの頃に母親がしていたようにこうやって落ち着かせるのが有効だ。

「コホン。師匠そろそろいいかな? まぁ周囲も似たような状況なんでそうは目立ってないが」

 勇者に言われて慌ててメルリルから離れる。
 一瞬、メルリルの尻尾が離れがたいように足を撫でていった。

「ああ、悪かった」

 他のみんなを置いてきぼりにしてしまったようで謝る。

「いいお話を聞けました。この教会には特別なものがあると聖者さまもおっしゃっていましたが、精霊の力が満ちているのですね」

 聖女が納得したように言った。
 周囲では感動を分かち合うようにさまざまな人々が抱き合っている。

「あの、それで、……少し申し上げにくいのですが、今のでわたくしのほどこした幻惑の衣の魔法が剥がれかかっています。早めにここを離れたほうがいいかと」

 聖女がもじもじしながら言った。
 それはマズい。
 こんなところで勇者のパーティだと気づかれた日にはパニックが起きるぞ。

「わかった移動しよう」

 俺たちは感動もそこそこに急いで落ち着ける場所を探して移動するのだった。
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