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第六章 その祈り、届かなくとも……

466 やるべきこと

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 聖者様から恩義だなんだと過剰な言葉が飛び出したものの、特に具体的な話はなかったので安心した。
 うっかり称号とかもらったら大変なことになるからな。

 安心したと言えば、貰った水の魔具と世界地図についてだ。
 仕事を終えたので戻せと言われるかと思って一応聞いてみた。
 いや、前渡しの報酬代わりにアイテムを渡されたものの仕事が終わったらやっぱり返せと言われることがたまにあるので、一応ご意向を伺っておくべきだと思った訳だ。

 しかし聖者様はそこらのケチな貴族とは全く違って、「差し上げたものですから」と苦笑されてしまった。
 その上、仕事の達成報酬として一人大金貨百枚とか言い出したので驚いたが、断るのもおかしな話なので頂戴することにした。
 ただし、そんな大金を持ち歩くことは物量的にも安全面でも無理があるので、相談したら、割符をもらった。

「師匠とお揃いだ!」

 と、勇者が喜んでいたが、これを見せれば各地の教会で金を引き出せるという便利なものなのだそうだ。
 全額いっぺんに引き出しても、必要な金額だけ引き出してもいいが、地方の教会の場合は手持ちが足りないので、全額払いの場合は国の首都にある教会で頼むと言われた。

 ぜってえ全額なんか引き出さないから大丈夫だ。
 というか、一生かかっても使い切れないんじゃないか?
 普通大金貨一枚あれば贅沢しなければ死ぬまで食っていけるぞ。
 冒険者を続ける場合には装備の補充やなんやかやで大金貨一枚で一生は無理だろうが、それでも十枚あればゆったり暮らせる。

 これはあれだな、もう冒険者を引退してのんびりしろという神の啓示という奴だな。

 俺は一人で納得して大金貨百枚の価値がある割符を恐る恐る首に下げた。
 ちなみにメルリルとフォルテの分もあったんだが、同じ割符で使えるようにしてくれと二人が要望したので、実質大金貨三百枚分の割符だ。
 国の予算かよ。

 ちなみに勇者一行には特に報酬はない。
 金銭で動かないのが勇者だからだ。
 これは勇者という立場が政治や欲のための道具にされてしまわないためでもあるらしい。

 と言うか、勇者達はもともと活動資金として教会を通じて毎月大金貨十枚貰っているんで、しばらく離れている間に五十枚ぐらいは溜まっているはずだ。
 確か帝国で一度引き出してからは手つかずだからな。

 でもこいつら、立場上都市部に滞在するときには最高級の宿に泊まることになるんで、ガンガン使っちまって手元に金が残らないんだよな。
 一泊大金貨一枚とか頭おかしい宿もあるから、偉いさんの金銭感覚には驚くしかない。

 都市部に長期滞在する場合には大貴族の屋敷に転がり込めとは教えておいたんだが、勇者が貴族嫌いなんであまり居心地はよくないらしい。
 野宿のほうがマシとか甘いこと言っていたが、冬場の野宿とか死ぬからな。

「よく考えたら、もう一緒に行動する理由はないじゃないか」

 聖者様との謁見を終えて部屋に戻った俺は、はたと思い至ってつい口にしてしまった。

「え? 師匠、俺は一緒に行くからな」
「いや、お前らは暖かくなるまではここに滞在すればいいだろ? 年越し祭ももうすぐあるし、お前らがいたほうが盛り上がるだろ?」
「師匠が出立するなら俺も行くぞ。祭の主役は祝い年の子供達だし、俺がその晴れの舞台を奪う訳にはいかないからな」

 お、こいつけっこう口が上手くなって来たな。
 確かに年越し祭の主役は今年十五歳になる男女だ。
 勇者がいると、どうしても主役が霞むのは間違いないだろう。
 とは言え、当の祝い年の少年少女にしてみれば勇者からの祝福を貰えるのは嬉しいはずだ。

「師匠、俺達を出し抜こうと思っているだろう。絶対そうはさせないからな」
「わかった。勝手に出立はしない。ただし、俺達は門前町に移動する。ミハルも遠くから来て一人で心細いだろうし、俺はここに滞在するのは気詰まりだ」
「じゃあ俺も門前町に行く」
「バカ言え、勇者が大聖堂に来ていながらなかに留まらないとか、大聖堂側との確執が疑われるだろうが。絶対に駄目だ」
「なら師匠もここに留まればいいだろ!」

 俺達が互いに譲らないでいると、苦笑しながら聖騎士が提案した。

「ミハルをこっちに呼びましょう。確かに私も考えが至りませんでした。あの娘はまだ子供と言っていい年頃ですし、故郷を失ったばかり。修行は大聖堂のなかでも可能ですからね」
「うぬぬ……うん? 待てよ。そう言えばミハルの年、いくつだったかな?」

 聖騎士に巧みに押し切られてしまい、大聖堂の宿泊房から逃げ出せない気配が濃厚になってしまった。
 その会話のなかで、俺はふと、ミハルの年齢を思い出そうとした。
 そう言えば、あの娘祝い年じゃなかったか?

「ミハルは十五歳になったところのはず」

 メルリルが言うと、モンクもうなずく。
 さすが女性陣はよく覚えているな。

「ん? あれ? そう言えば、ミュリア」

 なにやら聖女がそわそわしているのでふと思い出した。

「十五にもうなっているよな? 確か」
「わ、わたくしは、その、聖女の間は成人出来ないので……」
「えっ、待て、逆じゃないか? 成人したら聖女を辞められるんだよな?」
「聖女は、その、成長が遅くなるのです。だから、わたくし、まだ成人の儀は受けられません」

 俺は思わず勇者を振り向いた。
 勇者はなんでもないことのようにうなずいた。

「待った。それっておかしくないか? 神の盟約の聖女なんだろう? なんで成長が遅れるんだ? 逆ならわかるが」

 ついさっき勇者が言っていたことが事実なら、神の盟約の力とは成長と変化だ。
 その力を使う聖女が成長しなくなるのは変だ。
 そう言えば、聖者様も年齢不詳だし。

「それは、神の御力を我が身を依代に行使するからです。その反動で成長が遅れるのです」
「そう、なのか」

 俺は納得した訳じゃなかったが、聖女や聖人、それに聖者について詳しく知っている訳じゃない。
 神の盟約に触れたことがあるが、確かに人の身で受け止めるにはかなりキツイ力であることは確かだ。
 だが、それって大丈夫なのか?
 今までそういうものだと思っていたが、聖女や聖人の行使する癒やしの力や結界などの加護は普通の魔法とは全く違う。
 あの力を得るために成長しなくなるほどの負荷が身体にかかっているってことだよな。

「なぁミュリア。その力、もしかして負担になってないか?」
「いえ、……いえ、確かに負担がないとは言いません。しかし、それは時間をゆっくり進めているようなものなのです。一生続けるようなことをしなければ問題はありません」
「……そうか」

 聖女や聖人は、物心がついたばかりの幼い頃に集められて、癒やしの力で人を救う力を得るための修行を行う。
 とは言え、奴隷のように拘束される訳でもなく、魔王の血筋以外は拒否権もある。
 普通に考えれば無理強いはされていないはずだが、ミュリアはその例外の魔王の血族だ。
 本当に無理をしていないのか心配ではある。
 だが、本人が心を決めていることを俺がどうこうは言えない。
 しかし、な。
 それとこれとはまた別問題だ。

「身体的なことはともあれ、ミュリアは今十五歳なんだよな?」
「……実は、年越し祭を過ぎると十六になります」

 ミュリアはおどおどと答えた。
 は? ということは、ミハルより一つ上なのか。

「え? それじゃあ祝い年の儀式は?」
「わ、わたくしは授けるほうになりますから……」
「そういうのはよくないぞ。だが、そう言えば俺達、今年の年越し祭は参加してないな」
「国をまたいで移動中だったからな」

 俺の言葉に勇者が同意した。

「よし、年越しが来る前に、ミュリアの祝い年の儀式を身内でやろう。なに、貧しい地方じゃ輿とか作れないから単に祝いの言葉と贈り物をもらうだけだ。本当は故郷で大々的にやるべきものだが、年を越すのもなんだしな。その後、年越し祭でミハルも祝ってやろう」
「え? え? その、わたくし……」

 聖女が困ったようにオロオロする。
 
「素晴らしいよ、ダスターさん。私もうっかりしてたな。やろうやろう!」

 最初に乗ったのは当然のようにモンクだ。

「私は平野人の祝い年のことはわからないけど、手伝う」

 メルリルも乗り気である。

「いいですね。そういう祝い事は運気を上げると言いますし」

 聖騎士は意外と験を担ぐほうらしい。

「俺は当然師匠に賛成だぞ。いいじゃないか。ミュリアはもう大聖堂の聖女じゃなくて俺達の仲間だろ? 大聖堂のやり方ではなく、俺達の流儀でやればいい」

 勇者が自信満々に言い放つ。
 こいつ最近いい事言うな。
 勇者らしいというか、頼もしくなって来た。

「クルルルル!」

 まぁフォルテは訳がわかってないだろうけどな。
 っ、イテッ! だから髪を引っ張るのをやめろと言っただろうが!

「え? え?」

 そんな具合に、聖女が戸惑っている間に話はすっかりとまとまってしまったのだった。
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