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第六章 その祈り、届かなくとも……

465 神が人に望むこと

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「そうですか……」

 東方でこれまで行われて来たこと、そして始まった戦いに巻き込まれたこと、天守山の主が初代勇者の親だったらしいこと、初代勇者とドラゴンの盟約のこと、話す内容は多く、俺達自身にとっても旅を振り返るものとなった。
 長い長い話を、聖者様は遮らずに聞き、司書として紹介された男性はひたすらに書き記し続ける。
 そして、一応時系列に沿った話が終わると、聖者様は静かにうなずいた。

 その間すら惜しいように勇者が立ち上がり発言する。

「俺は今代の勇者として要求する! 大聖堂は東方諸国に無償奉仕を行え! 北冠に一人聖人を派遣しただけで、その後何の話し合いもしなかった。その怠慢を反省すべきだ! そもそもは初代勇者を召喚して犠牲にしたのが発端なら、それは正しく大聖堂の行いの結果だろ? そのツケを東方の民が支払うのはおかしいだろうが。大聖堂がもう少し積極的に介入していたら、少なくとも亜人と呼ばれて迫害された人達や魔人と呼ばれて犠牲にされた人達のいくらかは救えたはずだ。違うか!」

 勇者の表情には静かな怒りがあった。
 現在の聖者様に罪がある訳ではない。
 もしあるとしたら戦わなかったという罪だろう。
 だが、聖者様が戦いを決断していたら、東方と西方の泥沼のような戦いが始まっていたに違いない。

 そのことを勇者だって理解している。
 理解していながら怠慢を責めた。
 おそらくは、その怒りの大半は自分自身に向けられたものだろう。
 勇者は人々を救う存在だ。
 だが、東方では救えた相手はとても少ない。

 間に合わなかった者達があまりにも多すぎたのだ。

「わかりました勇者アルフレッドよ。勇者は神の子であり、現世での神の代理人です。あなたがそう望むのなら、わたくし共はその意に従いましょう」

 聖者様は、全く慌てることなく勇者の言葉を受け入れ、その望みを叶えると告げた。
 だが、勇者は納得しなかった。

「それじゃあ駄目だ! いや、俺を言い訳に使うのはいいだろう。そのための勇者だからな。だが、人を救うのは義務感で行ってはならない。人が人を救い、共に手を携えるのは、そこにしか豊かさがないからだ。神の盟約が示した未来をお前は知っているはずだ。人間は互いの手を離した瞬間にただの獣となる。俺はその事実をこの目で見たと言っているんだ! この大聖堂の存在理由を忘れるな!」

 聖者様の身体が揺れたように見えた。
 彼女はしばし目を閉じると、勇者に笑みを向ける。

「勇者様は、人と神の約束を識っておられたのですか?」
「識っていたという訳ではない。ただ、この勇者の紋章を受けたときから盟約は常に俺に囁き続けているんだ。その夢と理想と絶望をな。人は個々が変化を選び、互いの違いを受け入れることで世界に君臨した。神はそれを祝福し人に世界のバランス取る覇者であれと望んだ。それが人と神の盟約の始まりであり全てだ。人が他者の違いを悪とするとき、盟約は破棄され人の歴史は終わる。そうだろう?」

 勇者の言葉に俺は震えを感じた。
 俺の知っている人と神との盟約とは、人が神の望む通りに世界を調整し、神は人によって世界が成長する代わりに、人に魔法という加護を与えたというものだ。
 少なくとも俺達は教会でそう習った。
 要するに人は人であるだけで神様から加護をいただけるというような理解だったのだ。
 
 しかしそうではなかったんだ。
 そりゃあそうだ。そんな甘い話があるはずがない。
 いや、その教え自体は間違いではなかった。
 だが、もっと深い部分があったのだ。

 聖女と勇者があれほど東方で平野人以外を亜人と呼ぶことに対して怒っていたのは、それが人間という種族の終わりを意味しているからだったのだ。
 違いを受け入れ手を携える。
 変化し続ける存在であること、それこそが神が人に望んだこと。
 成長し、変化し、生と死を流転する神との盟約だったのだ。

 だからこそ魔を受け入れた魔王は隔絶した力を持ち、変化も成長もすることなく、それゆえに孤独で、人の敵となった。
 そして、だからこそ魔王は勇者に討ち滅ぼされなければならなかったのだろう。

 そう考えれば他者を差別する国を作った天守山の邪神は、真の意味での神の敵対者であり、人間への復讐者だったという訳だ。
 より大きな変化を求めて異世界から勇者を召喚し、それが巡り巡ってこの世界の都合で我が子を奪われた父親の復讐へと繋がる。
 因果とは本当に恐ろしいものだな。

「勇者アルフレッド様……」

 聖者様が深く腰を折り、両手を胸の前に重ねて敬愛を示す礼を取る。

「御身の御心こそが人の世の宝。我らはその慈愛を決して忘れませぬ」
「よせ。俺の出来たことなど何もない。もし世界を救った者がいたとしたらそれは師匠だ」

 ちょっと待て、天上人のやりとりとして遥かを望むような気持ちで聞いていた俺に突然話を振るな。
 その役割は一人のくたびれた冒険者には重すぎるぞ。

「もちろん、あなた様のお仲間全てにわたくし共は敬意を表します。あなた方を誇りに思うように、ダスター様やメルリル様、そしてフォルテ殿に大恩を感じているのです。我らは決してこの恩を忘れません」

 聖者様はふと微笑んだ。

「恩義を受けるばかりで返すことが出来ていないのが心苦しいばかりですけれど」

 下手な返事も出来ず、俺はひたすら話が終わることを願って頭を下げ続けていたのだった。
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