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第六章 その祈り、届かなくとも……

464 本神殿での報告

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 翌日、俺達は聖者様と会うことになった。
 以前本神殿の裏口から入って秘密裏に謁見したのとは違い、今回は正面から正式な手順の末の謁見である。
 朝っぱらから沐浴させられてまた修道者のようなローブ姿になった。

 昔貴族に会うとなって、自分だけじゃ着られないようなガッチガチの服を着させられたときに比べれば随分とマシだな。
 大聖堂は質素というか、人が出来るだけ自然に過ごすのが推奨されている。
 死んだ奴をあれこれ言うのはあんまりいいことじゃないが、以前の導師であったフォーセットの野郎はなかなかに華美な格好をしていたからな。
 ある意味、神の盟約に強く影響された兆候が出ていたんだろう。
 
 大聖堂では欲望は否定されない。
 ただし、その欲望によって他者を害してはならないというのが大前提だ。

「本神殿はなんていうか、質素だよな」
「ここは人のための場所ではないからです。神にとって人の考える贅沢は意味がありませんから」

 案内役には、以前も俺達の世話をしてくれたノルフェイデさんが付けられた。
 俺達というよりも、勇者担当なんだろうな。
 何を聞いてもすぐに返事が返って来るし、取り乱すようなこともない。
 大聖堂では世間一般のような権力構造とは違った位階を持っているらしいんだが、彼女も普通の神殿奉仕者のようでありながら、実は聖者にかなり近い立場なんじゃないだろうか?
 以前秘密裏に俺を本神殿の裏口まで導いてくれたしな。

 今回は全員勢揃いで来ている。
 勇者一行と、俺とメルリルとフォルテの七名だ。
 全員勢揃いと言えば、実は勇者達に聞いたんだが、勇者一行にはもう一人東方から着いて来たミハルが加わっているらしい。

 聖騎士であるクルスに弟子入りしていたのは知っていたが、その後の事情が酷かった。
 ただ彼女が魔力持ちだったというだけで、世間を憚って一族が自死していたというのだ。
 ミハルの受けたショックは想像もつかない。
 彼女自身にはなんの責任もないことなのだが、本人からすればそうも割り切れないだろうしな。

 そのミハルは、今は一人で門前町に留まっているとのことだった。
 門前町には神殿騎士や聖騎士を目指す若者達のための道場がいくつかあるらしいんだが、そこで修行をするようにと師匠であるクルスに言われたようだ。
 クルスには魔力がない。
 そのため、魔力持ちの戦い方を教えてやれないからという理由だ。

 やがて馬車が本神殿に到着した。
 入り口には大聖堂にぞろぞろいる神殿騎士ではなく、威厳のある聖騎士が一人立っていて、自然体で立ちながらこちらに手を振っている。
 あ、あれは隻腕の聖騎士か。
 あの聖騎士本当に愛想がいいな。
 以前裏口から訪れたときには橋を守護する聖騎士がいたが、さすがに日中はこっちには来ていないのだろう。

 本神殿に以前正面から入ったときには導師様とのいざこざがあったおかげで少々苦い思いもある。
 あのときは半分だけ開かれていた扉が、今回は全て開かれていて、全員が横並びで入っても問題なく入れる広さの間口となっていた。
 まぁもちろんそんな真似をすることはなく、勇者と聖女を先頭に俺とメルリルが一番後方に並んで進んだ。

「いらっしゃい。お疲れでしたね」

 いきなり玄関ホールで聖者様が出迎えてくれた。
 びっくりしていると、不意打ちが成功した子供のようにクスクスと笑う。
 清冷なる一片の雪ニア・ヤヌーヌ・ハイの名を持つ彼女は、相変わらず年齢不詳だ。
 年老いても見えるし、童女のようにすら見える。
 その振る舞いも、落ち着いているのか、無邪気なのか判断しづらいのだ。

 この大聖堂の主らしく、自然体であるという盟約の民をその身で体現しているということか。
 さて、今の挨拶は明らかに俺に向けてのものだったのだが、勇者や聖女を差し置いて俺が返事していいのか?

 いや、ここはそういう体裁を気にするような場所じゃないと言われていたか。

「まぁいろいろあったが、とりあえず依頼は果たせたと思う。調査というには少々深入りしすぎたがな」

 こういう口の利き方をして起こられないかヒヤヒヤものだったが、聖騎士もノルフェイデさんも全く気にしていないようだ。
 自然な振る舞いが好ましいというのは建前じゃないということなんだろうな。

「アルフレッド達にはいくらか東方でのお話を伺ったのだけど、あなたのことが心配だったみたいで詳しくは聞けていないのよ。だから今回はゆっくり出来るようにして、みんなからお話を伺いたいと思って」
「もちろん報告は雇われた者の義務ですから俺はかまいません」

 俺がそう答えると、勇者もうなずく。

「師匠と別れてからの話は俺が補う。それと、大聖堂の行いが全ての元凶だったということも、きっちりと記録に残しておいて欲しい。二度と同じことが起こらないようにな」

 勇者は厳しい声でそう告げた。
 勇者にとっての家であると公言している大聖堂に対してやや厳しすぎる物言いだが、東方諸国で行われて来たことは、たしかに他所事で済ましていい問題ではない。
 勇者召喚から延々と続く因果によって引き起こされた災いなのだというなら、その災いを再び起こさないためには、記録に残すことに意味があるのだろう。
 おそらくはそれが勇者の判断なのだ。

「わかりました。心してお聞きいたします。神殿司書を呼んで、筆記してもらいましょう」

 聖者様がそう言って傍に控えている従者らしい女性に顔を向けると、心得たようにその女性は奥に向かった。
 神殿司書という役職は初めて聞いたが、名前からすると記録を司る係なのだろう。

「さ、こちらへどうぞ」

 聖者様自らが先導して廊下を進んだ。
 そこは以前導師に会ったほうの廊下ではなく、違う場所から続く廊下だ。
 人が一人ようやく通れる狭さで、靴音が遠くまで響いている。
 それにしても本神殿はかなり複雑な造りをしているな。
 まぁ奥に神の盟約そのものが鎮座しているんだから当然と言えば当然か。

 通された部屋は例の盟約の場所に続く小さな部屋ではなく、少し広いゆったりと寛ぐための場所という感じの部屋だった。
 全体の色合いも優しげで、男性的というよりも女性的だ。
 聖者様のための部屋の一つなのだろうか?

 部屋にはテーブルや椅子などはなく、巨大なふかふかな毛皮が敷物として敷かれていた。
 これって魔物の毛皮だよな? 真っ白な毛皮を持った魔物は珍しい。市場に出ればかなりの高値がつくだろう。
 土足で足を踏み入れるのを思わずためらってしまう。
 さらに、椅子代わりなのか、いくつかの大きめのクッションが置いてあった。
 
「さ、居心地のいい場所に自由にお座りください」

 ニコニコとしながら聖者様に言われて、俺達は適当に腰を下ろした。
 俺の左隣にメルリル、メルリルの隣がモンクで、その隣が聖女だ。
 そしてなぜか俺の右隣が勇者で、その隣が聖騎士となった。
 俺とメルリルを中心とした弓なりの位置取りである。

 うーん。
 俺達が中心はおかしいだろうとは思うのだが、両端は聖者様にもっとも近い場所となるので、それはそれでどうかと思うしな。
 と言うか、勇者の位置と聖騎士の位置が逆だろ、普通。
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