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第六章 その祈り、届かなくとも……

457 祭場へ

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 大祭礼は聖地で行われるとのことだった。
 聖地と言ってもあの夜に咲く花の生えている場所ではなく、聖地を横に走る渓谷の特別なステージ上でということだ。

 俺は全く気づいていなかったのだが、この大祭礼のために聖地である不思議な形の山の周囲にすでに各部族の代表が各々キャンプ地を作っているらしい。
 広大な中央荒野のあちこちに住む部族がこのために三年に一度集合するというのだからスケールの大きな祭礼と言っていいだろう。

 俺が風舞う翼の代表戦士として出場することに対して、不思議なほど部族の者からの反対がなかった。
 ナルボックなどは「本当は俺が出たいが、まだ俺じゃあ部族を守れねぇ。悔しいが、あんたに任せる」と言って、心底悔しそうにしていた。
 やはりこの祭礼での勝利は、その部族の命運を賭けたものという認識なのだ。

 名誉よりも勝利を願うという姿勢は、俺は嫌いじゃない。
 将来ナルボックはいい戦士になるだろう。

 それに対して族長は不満たらたらだった。
 そのくせ表立って何かをする訳でもなく、ただ、人を集めては、俺が非情な男で、集落の皆を守るために仕方なく従ったにすぎないといいふらしていたらしい。
 ちなみにこの情報は以前の見張りで仲良くなった少年達からもたらされたものだ。
 
 戻った当初は俺を怖がって距離を取っていた少年達だったが、段々緊張が薄れたのか、また俺達の天幕ゲルに入り浸るようになった。
 今度は見張りもいないので、出入りは自由だ。

 俺が無茶を通したことで、よかったことが一つあった。
 集落の人たちがミャアを許してくれたことだ。
 当の犠牲者である鷹のダックが「うかうかと毒を盛られた俺に恥をかかせる気か!」と族長を恫喝して、償いは済んだものとしたことと、俺の存在が刺激的すぎて、人々が今更ミャアを責める勢いを無くしたというのが大きいだろう。

 そこでメルリルとミャアも風舞う翼の集落に戻って、ミャアにきちんとした治療を受けさせることとなった。

「この子はね、精霊のカケラを持っているから、病気やケガには強いの。でも、その分短命でね。巫女の宿命のようなものさ」

 集落の人達の治療を一手に引き受けている呪術師の老女がそんな風に言っていた。
 なら巫女の宿命が消えたらどうだ? とは言わなかった。
 傍にメルリルもいたしな。

 被り物で顔を隠した二人の女性が足繁くミャアの様子を見に来ていたが、どうやらミャアの育ての母と義理の姉らしい。
 つまり族長の奥さんと娘さんということだ。
 この部族では既婚女性は顔を隠す風習なのだそうだ。

 逆に族長は一度も見舞いに訪れなかった。
 あいついつか痛い目に遭うぞ。

 ナルボックは二回程来て、息をしているのを確かめるとそっけなく出て行った。
 意外だったのは鷹のダックが毎日来ていたことだ。
 あいつ目が見えないし、筋力が衰えているのによくやるな。
 驚いたのは、あんなにデカくてヒゲだらけでおっさんくさいのに、あいつ二十四歳だったらしい。

 代々の戦士の家柄で、若い連中のアニキ的な存在なんだとか。
 ともかく被害者である鷹のダックがミャアを心配しているという様子を見せることで、周囲のミャアに対する風当たりはだいぶ和らいだのは確かだ。

 そんなこんなで大祭礼の当日となった。

「どうして?」
「ん?」
「どうして、私達の代表で戦うのですか? とても、怒っていらしたのに」

 出立前にミャアを見舞うと、不自由な体で身を起こして深く頭を下げながらそう問われた。
 ミャアは、あの日以来何度違うと言っても俺を精霊王の依代として認識してしまったようで、顔を見ると拝礼するようになってしまった。
 おかげで見舞いにもあまり来れなくて、久々の顔見せである。

「怒ったから、かな。何が変わるとも思えないが、何かが変わるかもしれない。やるだけのことはやるさ」

 俺の言葉を聞いて、ミャアはポロポロと大粒の涙をこぼした。
 ちょ、俺が泣かせたみたいなので勘弁して欲しい。

「どうか、民を見限らないでください。この地で必死に生きている者達に御慈悲をお願いします」
「見限るもなにも、精霊ってのは、世界のなかを巡る生きた魔力のようなもんなんだろ? 俺には精霊のことはあんまりわからないが、魔力のことなら多少は知っている。魔力はな、一つところに留めすぎると毒になるんだぜ。薬だって過ぎたら毒だ。ましてや人間は力の誘惑に弱いからなぁ」
「どういう、ことでしょう?」
「恨まれるかもしれないが、まぁ俺はよそ者だからな。その分気楽で卑怯なんだよ」

 俺の言うことがさっぱりわからないといった風のミャアを残して、俺とメルリルとフォルテは祭場へ向かった。

「何か変えちまう気なんだな?」
「うおっ!」

 いつの間にか鷹のダックが背後にいた。
 まるで最初に会ったときの再現だ。

「お前、本当に目が見えてないのか?」
「見えてないぞ。だが、見えないのにももう慣れたからな」
「呆れたな。今から戦っても勝てるんじゃないか?」
「ふん。何かもうバカバカしくてな。男ってのはさ、大きな獲物を狩って女子供を守る。それだけでいいんだよ。欲を出すときりがねえ」
「お前、俺よりもおっさん臭いぞ」
「言ってろ!」

 俺よりもずっと上にある顔を見てみる。
 視力を失った目は白く濁って全く動いてない。
 
「おもしれえ世の中にしてくれよ。もう見れないけどな! それでも聞いたり感じたりは出来るんでな!」
「やれるだけ、やってみるさ」

 実際の話、俺自身、自分がどれほどのことが出来るのかまだ知らないのだ。
 今回は勢いで走り出してしまったが、さてさてと言ったところだ。

「ダスターは運命を変える人。きっと、みんなを導いてくれる」

 メルリルが俺を持ち上げすぎてヤバい。

「へっ、羨ましいな。そこまで女に信じてもらえるなら男として最高だろう」
「俺には少々荷が重いがな」
「けっ!」

 悪態をつく鷹のダックと別れて、族長と長老、さらに次代の族長であるナルボックと数人の見届け役の老若男女を引き連れて花の撒かれた道を進む。
 祭場は、崖と崖の間に島のように出来上がった円柱のような岩場だった。

 両側の崖から飛び移ることが出来るが、どちらの崖にも接地はしていない。だいたい大人の男が三人手を広げて立てるぐらいの幅の楕円形。
 その端は崖になっていて、谷底まで目がくらむような高さとなっている。

 この上で戦うらしい。
 なるほど、死人が出るはずだ。
 というか、これはフォルテと共に戦ったら有利すぎて申し訳なくなるな。
 だが、ここはあえてフォルテとメルリルと三人で戦う。
 長年力によって勝者と敗者を決めて来た彼らは、力というものの本質を知っておく必要があるのだ。
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