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第五章 破滅を招くもの
438 喰らうもの
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俺たちは山の頂きを目指してひたすら登った。
魔物の数は多く、相変わらず異種族でありながら群れている。
そして、この魔物たちは明らかに普通とは違っていた。
巨大な岩がいくつもの小さな丘を作っている場所の一画で、一度休憩して対策を話し合うことにする。
「現在地が全くわからないが、それは最初の門のせいだと思う。門をくぐったときに先にくぐったはずの人が近くにいなかったし、次に来るはずの人も現れなかった。おそらくあの門は魔道具かなにかだろう。山のなかにランダムに転移させる仕掛けに違いない」
迷宮のなかには、ごく稀にだが強力な魔法使いが自分の研究のために住み着いて改造したものがある。
主である魔法使いが死んでしまった後でも、そこに仕掛けられた罠は可動し続け、調査や攻略を阻む。
そういった迷宮では転移の罠はポピュラーなものだ。
地味だが恐ろしいこの罠は冒険者の間では嫌われていた。
それと同じ臭いをあの門に感じた。
「なるほど。それで振り向いても門がなかったのですね」
聖騎士がうなずいて言った。
「元よりもどり道は無いということか。悪辣だな」
怒り心頭に発したらしい勇者は、ずっとギラギラとした目をしている。
邪神討伐の意識が高いのはいいが、感情が高ぶった状態では判断を誤りやすくなってしまうので、少し頭を冷やしたほうがいいだろう。
とは言え、さらに勇者を怒らせてしまいそうな話があるんだよなぁ。
「もう一つ、気づいたんだが」
俺はメルリルを見た。
メルリルは少しためらった後、言葉を選ぶように話す。
「ここにいる魔物は魔物ではありません」
「どういうことだ!」
勇者が反射的に怒鳴るように発言し、メルリルがびくっと体を震わせた。
「アルフ、落ち着け。そんな状態じゃ、倒せるものも倒せなくなるぞ」
「う……くっ」
勇者の怒りはわかる。
それは人として純粋な怒りだ。
そしてなによりも勇者として大切な気持ちに違いない。
とは言え、戦いには邪魔になる高ぶりであるとも言える。
「メルリルの言う通りだ。本来魔物というのは生き物が魔力を大量に取り込んで自然に変化したものだ。しかしここの魔物はあまりにも人間っぽい」
「食べることよりも殺すことを楽しんでる、ということですね」
真っ赤に泣きはらした目で聖女が言った。
さすがに気づいたか。
「つまりどういうことだ?」
勇者が苛立ちを隠さずに先を促す。
「本来、魔力と精霊と魔物は切り離されざるものです。しかしこの地には、魔力と精霊が存在しません」
「魔力が……存在しない?」
驚きと共にモンクが呟いた。
「つまりここの魔物は自然発生したものではない。外から追加されたものだということだ。感情がある、人に似た魔物……何か、覚えがないか?」
「っ! まさか!」
勇者が気づいて顔色を変える。
ここまでがすでに最悪だったのに、まださらに最悪があったということを理解したとき、俺も酷く嫌な気分になったものだ。
「ここの魔物は……元は人間、ということですか?」
聖女が蒼白な唇で言葉を紡ぐ。
俺はなかなか出ない言葉をなんとか発しようと腹に力を入れた。
「ああ。おそらくは、な」
「それはつまり、つまり、……どういうことなんだ?」
勇者が困惑したように聞く。
この悪辣な構図を理解出来ないのが、勇者のいいところなんだと思う。
「あの魔人の研究所で、連中は神に魔物を喰わせていると言っていた。喰えば神はその力を取り込むと。そして喰わせる魔物の質を上げるために、魔人と呼ばれる人を魔物化していた」
俺の言葉に一同がシンと静まり返る。
「つまり、この山の魔物は……」
「おそらく元は魔力を持った人間だったものなのだろう。自我がもうないみたいだが、知能や感情は人間らしさを残している」
全員の目に理解の光が灯り、それと共に哀しみと怒りが浮かび上がるのが見えた。
と、そのとき、足元が大きく揺れるのを感じて思わず尻もちをつく。
「なんだ?」
「地震か?」
バキバキバキ! と、木々が擦れ倒れる音、獣じみた悲鳴、周囲が恐ろしいほどの喧騒に包まれる。
俺は咄嗟にフォルテの視界で自分を見下ろしてみた。
「っ!」
「師匠?」
「みんな、しっかりと地面にしがみつけ! ここは、奴の、邪神の体の上だ!」
「ええっ!」
立ち並ぶ岩と思っていたのはおそらくは鱗だ。
邪神の蛇体は山のなかに生きる魔物達を巻き込みながらゆっくりと移動する。
無意味に敷き潰される魔物の絶望の悲鳴は、ソレが元何であったかを理解すると、胸に響くものがあった。
『何かいるな?』
グワン! と、頭のなかを殴りつけられているような痛みと共に、何かの意識が直接響く。
『久々に我が糧となりそうなモノが紛れ込んだか? 腹の足しにもならぬ雑魚には飽いた。新しい力が欲しいものよ』
「ああっ!」
メルリルが苦しそうに倒れ込み、その拍子に揺れ動く蛇体から転がり落ちそうになる。
「メルリル!」
俺はメルリルの手を掴んで引き寄せると、ほかに危険な状態に陥ってる者はいないかと確認した。
勇者が必死に聖女を抱えて守り、聖騎士がモンクの装備をかろうじて掴んで抑え込んでいる。
『そんな下にいてはよく見えぬし食いに行くのが面倒だ。ここまで上がって来るがいい』
傲慢な声。
ふつふつと怒りが湧き上がる。
俺も勇者に何か言えたものではないな。
感情の堰が切れてしまいそうだった。
俺たちのいる邪神の体の一部は、ゆっくりと引き上げられるように上を目指している。
「どうやらお招きいただけるらしいぞ」
「そんな手間を掛けさせる訳にはいかないな!」
俺の言葉に勇者が答える。
俺たちは顔を見合わせてうなずき合うと、うごめく巨大な蛇体の上を走った。
鱗の向きを見れば頭の方向はわかる。
敵に招かれるよりも、そのまま頭まで攻め上がったほうがいくぶんか戦いには有利だろう。
どの程度足しになるかはわからないがな。
魔物の数は多く、相変わらず異種族でありながら群れている。
そして、この魔物たちは明らかに普通とは違っていた。
巨大な岩がいくつもの小さな丘を作っている場所の一画で、一度休憩して対策を話し合うことにする。
「現在地が全くわからないが、それは最初の門のせいだと思う。門をくぐったときに先にくぐったはずの人が近くにいなかったし、次に来るはずの人も現れなかった。おそらくあの門は魔道具かなにかだろう。山のなかにランダムに転移させる仕掛けに違いない」
迷宮のなかには、ごく稀にだが強力な魔法使いが自分の研究のために住み着いて改造したものがある。
主である魔法使いが死んでしまった後でも、そこに仕掛けられた罠は可動し続け、調査や攻略を阻む。
そういった迷宮では転移の罠はポピュラーなものだ。
地味だが恐ろしいこの罠は冒険者の間では嫌われていた。
それと同じ臭いをあの門に感じた。
「なるほど。それで振り向いても門がなかったのですね」
聖騎士がうなずいて言った。
「元よりもどり道は無いということか。悪辣だな」
怒り心頭に発したらしい勇者は、ずっとギラギラとした目をしている。
邪神討伐の意識が高いのはいいが、感情が高ぶった状態では判断を誤りやすくなってしまうので、少し頭を冷やしたほうがいいだろう。
とは言え、さらに勇者を怒らせてしまいそうな話があるんだよなぁ。
「もう一つ、気づいたんだが」
俺はメルリルを見た。
メルリルは少しためらった後、言葉を選ぶように話す。
「ここにいる魔物は魔物ではありません」
「どういうことだ!」
勇者が反射的に怒鳴るように発言し、メルリルがびくっと体を震わせた。
「アルフ、落ち着け。そんな状態じゃ、倒せるものも倒せなくなるぞ」
「う……くっ」
勇者の怒りはわかる。
それは人として純粋な怒りだ。
そしてなによりも勇者として大切な気持ちに違いない。
とは言え、戦いには邪魔になる高ぶりであるとも言える。
「メルリルの言う通りだ。本来魔物というのは生き物が魔力を大量に取り込んで自然に変化したものだ。しかしここの魔物はあまりにも人間っぽい」
「食べることよりも殺すことを楽しんでる、ということですね」
真っ赤に泣きはらした目で聖女が言った。
さすがに気づいたか。
「つまりどういうことだ?」
勇者が苛立ちを隠さずに先を促す。
「本来、魔力と精霊と魔物は切り離されざるものです。しかしこの地には、魔力と精霊が存在しません」
「魔力が……存在しない?」
驚きと共にモンクが呟いた。
「つまりここの魔物は自然発生したものではない。外から追加されたものだということだ。感情がある、人に似た魔物……何か、覚えがないか?」
「っ! まさか!」
勇者が気づいて顔色を変える。
ここまでがすでに最悪だったのに、まださらに最悪があったということを理解したとき、俺も酷く嫌な気分になったものだ。
「ここの魔物は……元は人間、ということですか?」
聖女が蒼白な唇で言葉を紡ぐ。
俺はなかなか出ない言葉をなんとか発しようと腹に力を入れた。
「ああ。おそらくは、な」
「それはつまり、つまり、……どういうことなんだ?」
勇者が困惑したように聞く。
この悪辣な構図を理解出来ないのが、勇者のいいところなんだと思う。
「あの魔人の研究所で、連中は神に魔物を喰わせていると言っていた。喰えば神はその力を取り込むと。そして喰わせる魔物の質を上げるために、魔人と呼ばれる人を魔物化していた」
俺の言葉に一同がシンと静まり返る。
「つまり、この山の魔物は……」
「おそらく元は魔力を持った人間だったものなのだろう。自我がもうないみたいだが、知能や感情は人間らしさを残している」
全員の目に理解の光が灯り、それと共に哀しみと怒りが浮かび上がるのが見えた。
と、そのとき、足元が大きく揺れるのを感じて思わず尻もちをつく。
「なんだ?」
「地震か?」
バキバキバキ! と、木々が擦れ倒れる音、獣じみた悲鳴、周囲が恐ろしいほどの喧騒に包まれる。
俺は咄嗟にフォルテの視界で自分を見下ろしてみた。
「っ!」
「師匠?」
「みんな、しっかりと地面にしがみつけ! ここは、奴の、邪神の体の上だ!」
「ええっ!」
立ち並ぶ岩と思っていたのはおそらくは鱗だ。
邪神の蛇体は山のなかに生きる魔物達を巻き込みながらゆっくりと移動する。
無意味に敷き潰される魔物の絶望の悲鳴は、ソレが元何であったかを理解すると、胸に響くものがあった。
『何かいるな?』
グワン! と、頭のなかを殴りつけられているような痛みと共に、何かの意識が直接響く。
『久々に我が糧となりそうなモノが紛れ込んだか? 腹の足しにもならぬ雑魚には飽いた。新しい力が欲しいものよ』
「ああっ!」
メルリルが苦しそうに倒れ込み、その拍子に揺れ動く蛇体から転がり落ちそうになる。
「メルリル!」
俺はメルリルの手を掴んで引き寄せると、ほかに危険な状態に陥ってる者はいないかと確認した。
勇者が必死に聖女を抱えて守り、聖騎士がモンクの装備をかろうじて掴んで抑え込んでいる。
『そんな下にいてはよく見えぬし食いに行くのが面倒だ。ここまで上がって来るがいい』
傲慢な声。
ふつふつと怒りが湧き上がる。
俺も勇者に何か言えたものではないな。
感情の堰が切れてしまいそうだった。
俺たちのいる邪神の体の一部は、ゆっくりと引き上げられるように上を目指している。
「どうやらお招きいただけるらしいぞ」
「そんな手間を掛けさせる訳にはいかないな!」
俺の言葉に勇者が答える。
俺たちは顔を見合わせてうなずき合うと、うごめく巨大な蛇体の上を走った。
鱗の向きを見れば頭の方向はわかる。
敵に招かれるよりも、そのまま頭まで攻め上がったほうがいくぶんか戦いには有利だろう。
どの程度足しになるかはわからないがな。
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