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第五章 破滅を招くもの

430 洞窟の終わり

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 川のある広い洞窟部分から枝分かれした洞窟は狭かった。
 いいことと言えばあのトカゲのような魔物が潜む空間が存在しないことだろう。
 荷物を背負った状態で、体をうまく入れ替えながら隙間を通って行く。

 そうやって進む内に少しだけ広い場所に出た。
 ピチョン、ピチョンと水滴が滴り落ちているので、思わずあの魔物を警戒したが、今度のは自然な水滴だったらしく、水が落ちる先に浅いくぼみと水たまりが出来ている。

「よし、今日は一旦ここで休もう」
「うえっ、狭い」

 背が高い勇者が常に腰をかがめるようにしていなければならない状態に不満を漏らした。
 俺や聖騎士だって窮屈なんだぞ。

「この先にこれ以上広い空間があるかどうかわからんし、閉鎖空間では消耗が早い。早めに休んだほうがいい」
「わかりました」

 聖騎士がこくりとうなずく。
 ほかのメンバーも了解したようだった。

 本来は探索する予定ではなかったのであまり本格的な装備は持って来ていない。
 いつも持ち歩いている冒険者キットがあるのでまぁそれほど問題はないが。
 鍋が小さいからスープだけでは腹は膨れまい。
 
 俺は料理用のストーブと、その周りに風防を兼ねた鍋置きを立てて水場の傍に設置した。

「アルフ、魚を出せ」
「おう!」

 嬉しそうでなにより。
 魚は全部で八匹という微妙な数だった。
 とりあえず全部ワタを出して鱗を取り、かたくて歯が立たなくなったパンを削った粉を纏わせる。
 鍋に薄く油を引いて二匹ずつ焼いて行く。
 七匹焼き終わった時点で残った一匹を細切れにして鍋で少し炒めてから水を入れ、岩塩を削って塩味のスープにした。
 焼いた魚は一匹ずつ、スープは各自カップ半分程度の粗末な夕食だが、食えるだけマシだろう。

「自分たちで獲った魚だ。しっかり味わって食えよ」
「はい!」「ありがとう」「謹んで頂く」「ピャ!」

 魚ばかり注目している者と無言でうなずいた者二名。
 聖女の祈りに唱和してから食事をとった。

 夜は聖女の結界があるので全く不安がないのは助かる。
 全員が自分のマントや毛布にくるまり、ゴツゴツした地面に文句も言わずに横たわった。
 こういう野営もだいぶ慣れて来たな。

 睡眠は深く短めに取り、起きたところで水と干し肉を配って出発だ。
 出発のとき、聖女がクスクスと笑っていたので、なにかと聞いたら。

「こんな窮屈な場所で、ご飯もほんの少しだけなのに、最高に美味しくて楽しいのが不思議で……」
「うんうん、そうだろ。楽しいよな」

 聖女の言葉に勇者が同意する。
 こういう状況を楽しめるとか、こいつらほんと大物だよな。

「お前達、ここが地下だから実感がないんだろうが、ここは既に敵地だからな? 地上は邪神を崇める天杜あめもり国だ。気を抜くんじゃないぞ」
「はい。すみません……」
「え~、お師匠さま、そんな風に言わなくてもいいじゃない。気楽に行こうよ。偵察なんでしょ?」

 聖女が謝るのを遮るようにモンクが俺に意見する。
 
「まぁ緊張しすぎても駄目だが、気楽というのもおかしくないか?」
「平常心が大事ということだな!」

 アルフがうんうんとうなずきながら一人納得していた。
 それはそれで正しいような気もするな。

 手前の場所で休んでおいてよかったと改めて思うほど、そこから先は狭く不安定な道のりだった。
 あの広い洞窟は水が地面や壁を削っていたからなめらかな状態だったんだろう。
 今進んでいる洞窟はどちらかというと、硬さの違いによる崩落によって出来た空間のようだ。
 なんというか、平らなところがない。

 全員手足をフル活用しながら進んだ。

「止まれ」

 かなり進んだところにまた広い空間があった。
 踏み出した足元の瓦礫が転がり落ちて、カラカラと音を立てる。
 落ちた距離がそれなりにある。
 高さがあるな。

 足元には崩れた瓦礫によって出来たやや急角度の斜面があり、滑り落ちることは可能だった。
 暗視で闇を透かして見ると、見える範囲には危険は無さそうだ。

「先に下りる。合図したら地面に尻をつけたままゆっくりと滑り下りるんだ」
「はい」

 メルリルの返事を聞いて先に滑り下りる。
 ふと、草の匂いがした。

「下りて来てくれ」

 瓦礫を盛大に崩しながら全員が下りると、メルリルに頼む。

「外の匂いがするような気がするんだが、どうだ?」
「あ、外の風の精霊メイスがいますね。緑の精霊メイスも」

 どうやら出口らしい。

「フォルテ、外の様子を見て来てくれ」
「ピルル!」

 狭い穴のなかで鬱屈してたのか、フォルテは喜び勇んで飛び出して行く。
 洞窟の先、上のほうに細長い穴がある。
 フチのほうに草が生えていて、そこに日が差しているようだ。
 キラキラとした光が眩しい。

 外は広々とした高原のようだった。
 周囲にわずかな木立があり、少し離れたところに広い草地がある。
 そしてその草地のところにはふんわりとした毛皮の羊に似た動物がいた。

「放牧か?」

 これが人間の飼育している獣なら、近くに必ず人間がいるはずだ。

「お、いた」

 洞窟の出口があった場所から草原を挟んで反対方向に小屋があり、その近くに子どもが数人と大人が一人いる。
 子どもと言っても十代半ばぐらいか。
 大人が本を読んで、それを子どもたちが座って聞いている。

 今度は遠くを確認する。
 ぐるりと周囲を見渡すと、少し遠くにやたら目立つ山が見えた。
 まるで大地に生えた大きなトゲのようなその山は、山頂がはるか雲の上で見えなくなるほど高い。

 俺は地図を取り出した。
 地図には東方北部で最も高い山と記されている。

「あれが天守山か」

 東方の守り神であり、人に技術と迫害を教えた異形の者、「国護りの天の主」という何モノかが棲む場所が目前にあった。
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