上 下
302 / 885
第五章 破滅を招くもの

407 海王:廃墟の子どもたち

しおりを挟む
「メルリルは会話を拾って、ウルスの名前や魔人とかの言葉が出て来たら教えてくれ」
「わかった」

 今メルリルは認識阻害の魔法で平野人の女性の姿に見える。
 この状態になってからそれなりに時間が経つが、未だに目に映った女性が誰だったか一瞬戸惑ってしまう。
 早く元の姿に戻って欲しい。

 ウルスは街の大通りを避けて、ごみごみとした裏道を進んで行く。
 子ども連れで入り込むような場所じゃない。
 周りには酒場や呼び込みの女なんかも立っているし。
 そいつらが俺たちを不思議そうに見送っていた。

「おいウルス大丈夫か? ここじゃ俺たち目立ちすぎるぞ」
「大丈夫だ。この辺じゃ他人に関わり合いを持つのはご法度だから、少々おかしな人間がいても気にしない」

 もくもくと先へ行く。
 やがて廃墟のように崩れた建物が続く場所に出た。

「ここは昔津波があって、再開発を諦めた場所なんだ。泥とか船とか岩とかが転がっていて、それをどけるのに使う費用と開発後の見込み利益が見合わないってことでな。ただ、自分たちで住めるようにするなら住むのは自由だ。新しく家を建てない限り住居税もいらない」
「それは、貧民街が出来上がるだけだろ」

 ウルスの説明に俺はうなった。
 領主が領地を管理することを放棄したようなもんだ。
 まっとうな場所に住めない奴らがやって来て住み着くに決っている。
 西方だったら間違いなく盗賊の住処になるだろう。

「その辺は事情があってな。この街は極端に孤児が多いんだ。行政がその面倒を見きれないんでここに放り出してるのさ」
「うそだろ?」
「この国では金を持たない奴は価値がないんだ」

 呆れた話だ。
 確かウルスはこの国は民衆が自分たちで治めていると言っていたが、弱い立場の者同士で助け合うための制度じゃなかったのか?

 すっかり夜も深まって来て周囲も暗く闇に沈んでいる。
 だが、ところどころに灯りが見える。
 よく見ると焚き火のようだ。
 何か焼いているところを見ると、かまど代わりか。
 廃墟の間の道の片隅には人が手で掘ったような溝があり、そこにちょろちょろと水が流れている。
 まさかこれを飲んでる訳じゃないだろうな?
 子どもたちも動揺して怯えている。

「爺さん」

 ウルスが一人の老人に近づく。
 ん? なんか見覚えが……あ、駅前でフルーツを売ってた爺さんか。

「あ? ウルスお前さんもうここには戻って来ないって約束だっただろうが。弟のとこには顔を出したのか?」
「いや、ちょっと事情があって、今晩だけ俺とそいつらを休ませて欲しいんだ」

 爺さんはウルスと俺たちをじろじろと見ると、諦めたように首を振り、顎で背後にあるでかい廃墟を示した。

「四階なら空いてるよ。子どもたちを怖がらせるなよ」
「ああ、すまないな。朝にはさっさと出ていくから」
「全く。せっかく成り上がったんだからうかつなことはするもんじゃないぞ。ここにだってお前たち兄弟みたいになるのが夢って子もいるんだ」
「うへえ。商売の世界はいやらしいぞ」
「お前が言うのか? ったく漁は嫌だ、船乗りにはならないとか泣きべそかいてた坊主が商売で成功したと思ったら、こそこそ裏道を歩くような生活に逆戻りとか」
「そういうんじゃねえから。じゃあ借りるぞ」

 くどくど言われて辟易したのか、ウルスは逃げるように建物のなかへと入った。
 ほかの連中もそれに続く。

「あの、爺さん。昼間はありがとう。また世話になるみたいでなんか返せるものがあればいいんだが」

 俺は立ち止まってウルスの昔なじみらしい爺さんに礼を言った。
 フルーツももらった上に宿まで借りるとは、ちょっと借りが多すぎるな。

「気にすんな。別に俺の家って訳じゃねえんだ。ここはな、腕っぷし自慢だが家にはいるところのない爺共の終の住処なんだ。海の男は無茶して死ぬ奴が多くてな。残された嫁と子どもは借金まみれになって嫁は働きに出されることになって子どもは取り残される。嫁だって長生きはしねえ。そんで家がなくなったガキ共がなんとか生きれるように俺らがまとめて面倒見てる訳よ」
「それはなかなか出来ることじゃないだろ」
「よせやい。そんないい話じゃねえんだよ。昔な、孤児になったガキどもを養ってくれるっちゅう奇特なお方がいてな。俺らは喜んでほいほいそのお人に子どもたちを預けたんだ。そしたら、その子どもたちは、北の国で奴隷になってるって言うじゃねえか。北の船の底で日の目を見ないまま死ぬまで働かされてたんだよ。それ以来、俺らは美味い話には乗らずに自分たちで出来ることをするようになっただけなんだ。ここのほうがマシかどうかもわかんねえのにな」

 お爺さんは鉄の容器の中で燃える火を長い棒でかき回しながらポツポツと語った。
 苦渋に満ちた声だ。

「船乗り仲間の家族をよ、助ける甲斐性もねえんだよ」
「ウルスもここで?」
「おいおい、奴の仲間なんだろ? 奴のことは奴に聞け。さあさ、行った行った」
「それもそうだ。根堀葉掘り聞いてすまなかった。借りを返すどころの話じゃなかったな」
「へ、老い先の短え俺に返す必要はねえよ。ウルスや、その子ども等に利子をつけて返してやればいい」

 俺は爺さんにぺこりと頭を下げると、カウロとヒシニア、そしてメルリルと共にウルスの後を追った。

「四階とか言っていたが、えらく大きな建物なんだな。しかしボロボロなんだが、大丈夫か?」
「狭い場所は嫌い」

 メルリルが暗い通路を歩きながら言った。
 今はヒシニアを抱き上げている。
 俺もカウロを抱えあげて、足場の悪い通路を進んだ。
 意外と頑丈そうな階段が見つかり、登って行く。
 途中の切り替え場所に寝ている子どももいて、迷惑そうに俺たちを見ていた。

「しかし、本当にあんまり他人を気にしないんだな」

 妙に感心していたら、メルリルの腕のなかでヒシニアがぐずり始めてしまった。

「暗くて何も見えない。怖い」

 そう言って泣き出してしまう。

「大丈夫よ。私もダスターも見えているから。ヒシニアちゃんもきっと見えるはずよ」
「本当?」
「もちろんよ。魔力があるんだし」
「どうしたらいいの?」
「見たいと思って見るの」

 メルリルの説明もざっくりしているな。
 まぁ階段を上がっているときに詳しい話も出来ないだろうが。

「あ、本当だ、見える」
「え? 本当に? 凄いやヒシニアちゃん」
「カウロは出来ないの?」
「僕には無理だよ。ケガや病気しか治せないんだ」
「それって凄いことじゃない。しかとか言って、バカじゃないの?」
「うえ……」

 今度はカウロが元気になったヒシニアに煽られて泣き出した。
 子どもって本当に大変だな。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。