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第五章 破滅を招くもの

406 海王:再会と出発と

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「そう言えば駅に伝言板がある。あれに何かメッセージがあるかも」

 無駄に市場をうろついた後にウルスが思い出したようにそう言った。
 勇者たちがこの駅に到着したであろう時間はざっと四時間以上前になる。
 それほどの時間、小さな子ども連れで駅に居続けることは難しいだろうとは思っていた。
 通常なら連絡係を一人残してほかは宿に移動するという手順を取るだろうが、あの人数ではその宿を見つけることすら難しいはずだ。
 それに土地勘がないのにバラけるのは悪手である。

 さてどうしたものかと思っていたときの発言だ。

「伝言板?」
「ああ、駅で待ち合わせする奴は多いからな。用事が出来たり移動する必要が出て来た場合に伝言を書いておく場所だ」
「言い出すの遅くないか?」
「いや、一通り探してからじゃないと行き違いになったら悪いだろ」

 とりあえず文句を言っていても仕方がないのでその伝言板とやらの場所に移動する。
 掲示板のある場所は駅のホールにあたる部分の奥まった柱の影だった。
 大きな木の板に黒っぽい塗料を塗ったものに白い文字がいくつも書かれている。
 木の板の下に細長いトレーがあって、そこに白い石のようなカケラがばらばらと置いてあった。
 触ってみると柔らかな石といった感じだ。

「この白墨でこの板に文字を書くんだ。一日置いたら朝には布で拭いて消す」
「なるほどね」

 書かれているほとんどの文字はこっちの文字であまり読み取れなかったが、一つだけ俺たち西方の文字があった。

『師匠、子どもたちが走り回ったり泣いたりして面倒事が起きるので移動する。階段の下』
「階段?」
「あれかも?」

 俺が首をひねっていると、メルリル何かを思いついたようにまた駅舎の外へと向かった。
 駅舎を出て市場を通り過ぎるとすぐに右手側に水路があり、そこに階段状の橋が架かっている。
 水路を覗き込むと、案の定、丁度橋の下の橋脚手前のところに勇者たちが揃っていた。
 みんな思い思いに座って何か食っているようだった。

「どっから降りるんだ? まぁ飛び降りることが出来ない高さじゃないが」
「おい、やめろ、そんなところから飛び降りたら自殺かと思われるだろ。こっちに降り口がある」

 俺が水路の壁面を伝って下に降りようと縁に登ったら、ウルスが慌てて止めて来た。
 大人三人を縦に重ねたぐらいの高さの石積みの壁面だ。
 少しは足がかりもあるし、降りるのは難しくなさそうだったが、降り口がちゃんとあるならまぁ無理することはないか。

 とりあえず俺たち三人とフォルテは、無事勇者たちと合流した。

「師匠!」

 勇者が泣きそうになりながら走って来る。
 いや、あいつ泣いてないか?

「お前見苦しいぞ。何泣いてるんだ?」
「師匠酷い! そろそろ暗くなるし、師匠たちが来なかったらどうしようかと途方に暮れてたんだぞ」

 勇者の後からやって来た聖女も涙目だ。

「……そうか、悪かったなミュリア」
「無事でよかったです」
「いや、師匠、俺をまず褒めようよ。大変だったんだぞ! 子どもたちは泣き出すし、食べ物の匂いにつられて勝手に走って行こうとするのがいるし」

 勇者がげっそりとした顔をしている。
 そうこうしているうちに子どもたちもバラバラと近寄って来た。

「勇者のにーちゃんすごかったんだぞ。見えない壁を作ったんだ」
「動けなくなってびびった!」
「ほー、そんな精密なコントロールが出来るようになったのか。前は自分の体の周りに自動で一瞬展開するようにしていたアレだよな?」
「そう、アレだ。師匠が便利だから自分で任意に使えるようにしろって言ってたろ」
「さっそく役立ったようでよかったじゃないか」
「え、師匠、こんなことに使うために魔法の鍛錬したんじゃないよね?」
「何言ってるんだ。臨機応変に魔法が使えるのが理想だろ。いいことじゃないか」
「お、おう。そう、だよな。俺は凄いよな」

 よほど精神的にまいっていたのか意気消沈気味だった勇者が気持ちを立て直したようだ。
 なんというお手軽な奴だろう。

「しかしなんでここに?」
「平面の場所でどう動くかわからない子どもたちを管理するのは無理だと思いまして、私が勇者に提案させていただきました」

 聖騎士が軽く会釈をしながら説明した。
 なるほどね。
 ここなら片方は浅い川、片方は高い壁になっているので管理しやすいと思った訳か。
 それに橋の下ならもし雨になっても濡れないしな。

「伝言板に伝言を書いたのは? あれは俺たち西の人間には思いつかないだろ」
「私です」

 と、手を挙げたのはッエッチだった。
 
「うちの国の駅にも伝言板があって学生時代はよく利用したものです。そちらにはウルスさんがいらっしゃるのできっと気づいてくださるだろうと思っていました」
「助かったよ。一人だけ駅に残すのは不安だっただろうしな」
「そうなんです。あの襲撃を見て、みんな怯えてしまって」

 勇者たちは俺たちが襲撃を受けている間に先に列車で出発してもらったが、あの爆発音を聞いて怖くなったんだろうな。

「おっちゃん!」「おししょう!」

 子どもたちがわらわら寄って来る。
 和むが、いつまでも和んではいられない。
 勇者が言ったようにもうそろそろ日が暮れる時間なのだ。

「ウルス、今晩はどうする? 宿を取るか?」
「いや、言っただろう。俺の古巣に行く。見た目はあんまり上等じゃないが、一晩ぐらい我慢してもらうしかない。それで、チェッチだっけ?」
「はい」

 ッエッチが名前を間違われていても気にせず返事をした。

「風原で家に通信を入れたんだって?」
「はい。そろそろ連絡が届いている頃だと思います」
「なら話は早い。明日南海の大使の駐留所に行って保護を願い出てもらえないか? 出来ればほかの子どもたちも。俺のほうはちとごたついてお前らまで保護してやれねえんだ。悪いな」
「いえ、最初から私は南海の大使に助けを求めるつもりでした。船が使えれば安全で便利ですから」
「お、おう。そうだな。よろしく頼む」

 ウルスは最後のほうは押され気味に話をまとめていた。

「えらい賢いガキだな。いや、もう自立している年か。そう考えればまぁ、有りって感じか」

 なにやらッエッチの丁寧な物腰に子ども相手と思っていた態度を改めることにしたらしい。

「じゃあ、全員ついて来い」

 ウルスがそう言って歩き出す。
 おいちょっと待て。

「ウルス。このままバラバラ全員で動くとはぐれたら終わりだ。グループ分けするからちょっと待ってろ」
「おい、早くしろよ」

 俺は手早く大人や自分でしっかりと判断出来る年頃の者に子どもを一人から二人任せる形に配置した。
 
「ネスさんは双子をお願いします」
「はい」

 我が子に会えない悲しみを抱えながら、不幸な実験の犠牲となった双子の面倒を見ているネスさんはすっかり表情にたくましさが現れている。
 母は強しというところか。

「クルスはミハルとブッカを頼む」
「お任せを」
「テスタはイチカとミュリアを頼んだ」
「わかった」

 子どもとひとまとめにされた聖女が何やら言いたげだったが、そこは納得してもらうしかない。

「ヌマシダは同じ国出身のエイエイを頼んでいいか?」
「ああ、俺にまかせとけ」
「ッエッチも同じ国のローエンスを頼む」
「はい」
「アルフは全体を見て問題が発生したときに自分で判断して行動してくれ。俺はカウロとヒシニアを連れて行く」
「おう!」

 とりあえずこれで行くか。

「ウルス案内頼む」
「おう、急ぐぞ!」

 水路からぞろぞろと上がって行く。
 あれだな、傍から見たら複数の家族が川辺に涼みに来ていたような感じに見えるんじゃないか?

「カウロ、ヒシニア、よろしくな」
「は、はい」
「……うん」

 カウロは俺の右手を遠慮がちに、ヒシニアは人形を片手に抱いて俺の左手をぎゅっと強く握った。
 なんとしてもこの子たちが笑顔で暮らせる場所を探さないとな。
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