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第五章 破滅を招くもの

402 海王:読売

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 乗車券を販売している係員は食事や飲み物も販売していたので軽く水分を補給しておく。
 水の魔具が入った荷物は勇者たちに渡してあるのでその分身軽だが、逆に言うと手元に何もないのだ。
 ウルスがある程度金を持っているので助かる。

「いやまぁ奢るけどよ。命の恩人になるわけだし」
「やっぱりウルスは商人だな。商人はみんなどんな正当な理由があろうと自分の金を出すのを嫌がる」
「そりゃあそうだろ。俺は増やすのが好きなんだ、減らすのは最悪だ」
「私は未だお金というものがよくわからないので、そういう考え方は新鮮」

 ウルスの話を聞いてメルリルが面白がっていた。
 森人の集落じゃ金なんて使わないからな。

「金がわからないとか俺にとっちゃそっちのほうが不思議だ。金がなきゃ文化的な生活は送れないだろ」
「そんなことはないぞ。金というのは価値観が違う相手との取引を円滑にするものであって、価値観がほとんど変わらないなら金は介在させずに物と物の交換で十分満ち足りた生活が送れる。森人は小さな集落だけで物流が完結しているから価値観の違いも生まれないしな」
「お前学者かなんかか?」

 ウルスに森人の暮らしに金が必要ないことを話したら妙な言いがかりをつけて来た。
 俺はあんな変人ではない。

 それにしてもこの常用列車というものはのんびりしたものだった。
 扉がなく入り口は開きっぱなし。
 人が走っているぐらいの速度で動いているので駅ではないところから乗り込んで来る乗客までいる。
 乗車券を列車のなかで売っているのも、食べ物などを販売しているのも、こののんびりとした走り具合なら当然かもしれない。

「これ、いつ目的地に着くんだ」
「いや、これで渦潮までは行かないぞ。この常用鉄道は一つの街の区間を行ったり来たりする路線なんだ。終点に着いたら乗り換える。次の渦潮行きが来るはずだからそれに乗る」
「なるほど。なんだか面倒くさいな」
「仕方ないだろ。あの駅に留まっているのは危険だったんだから。だが渦潮ならこっちのホームグラウンドだ。仕掛けて来たら逆に目にもの見せてやる」

 ウルスは研究所に拉致されて実験に使われようとしていたことや、さっき殺されかけたことなんかが重なってそうとう腹を立てているようだった。
 まぁこれで怒らないほうがどうかしているがな。

 仕方ないので俺はメルリルの隣に座って窓の外をのんびり眺めた。
 窓と言ってもこの列車は窓にも何も嵌ってなくてスカスカなので風がビュービュー入って来る。
 蒸気機関の列車は煙が酷い認識があったので、さぞや煙いだろうなと思ったが、さほど煙は流れて来なかった。
 ウルスに聞いたら窯の性能とスピードと客車の数の関係だろうということだった。
 帝国の列車は重い客車を多く引っ張って速度を上げて走るから旧式の窯に無理をさせているんじゃないかという話だ。
 そう言えば、蒸気機関の車もこの国ではあまり煙たくないな。

「風が邪魔なようなら避ける?」

 窓際で嬉しそうに風を受けていたメルリルが聞いて来たが、俺は頭を横に振る。

「むしろ涼しいから大丈夫だ。しかしあれだな、この地域は森も山もないな。あそこに見えるのは川か? 川があるのに植物が少ないのはなぜだ」
「風に塩の匂いがするからかも? 植物は塩が多い水では育たないから」
「海王は川に取り囲まれた土地なんだが、海から水が上がって来ることもあって、川の水に海水が含まれているんだ」

 俺の疑問にメルリルとウルスがそれぞれ答える。
 なるほど海の水では植物は育たないのか。
 どうもあまり海が身近でない分そういうところまで頭が回らないな。
 頭が回らないと言えば、俺の頭の上でまたフォルテが寝てしまった。
 くすんだマントにくたびれたシャツとズボンという姿に頭に鮮やかな青い帽子というのはやたら目立つようで、周囲がチラチラと俺の頭を見ている。
 せめて襟巻きぐらいに擬態して欲しい。

 常用列車の終点に到着すると、次の渦潮行きはそろそろ来るはずだという係員の話だった。
 乗り場はかなり狭く、屋根のある待合所には数人座れる場所があるぐらいだ。
 屋台などは当然ない。
 ただ、首に紐を掛けて板を支えながら、そこに物を乗せて売っている物売りの子どもはいた。

「読売~読売~」
「おい、坊主、一つ買おう」
「まいど!」

 ウルスが紙の束のようなものを購入した。

「なんだ?」
「読売だ。国で起こった事件なんかの情報を集めたものを紙に印刷して売っているんだ」
「ああ、新聞のことか」
「新聞?」
「帝国ではそう呼んでいたぞ」
「ふーん」

 帝国でも新聞による情報の共有は凄いなと思ったが、こいう風に誰でも手軽に情報を買えるという発想が面白い。
 と、読売を広げて読んでいたウルスの顔色が曇った。

「くそっ! そういうことか!」
「どうした?」
「うちの商会が乗っ取られかけている」
「どういうことだ?」
「囲い込んでいた工場のいくつかが北冠の商会に売却されている。これじゃ生産性が半分以下だ。くそっ! しかもその工場を買い取って北冠の商会がこっちに作った支店の責任者になっているのがうちの現場責任者だった奴だ」
「……つまり内部に裏切り者がいたんだな」
「……そうらしい」
「じゃあお前が連絡したあとすぐ怪しい奴に追いかけられたのも」
「内部にまだ入り込んでいる奴がいるんだろうな。商会の代表をやっているのは俺の弟なんだが、頭はいいが、人がよすぎる奴でな。他人を疑うのが苦手なんだ。そこを俺がカバーしてたんだが、いなくなった途端これか」
「お前がいたころからの身内じゃなかったのか? その裏切ったっていう奴は」
「信頼出来る相手からの紹介で入社した男だったんだが」
「ふーん」

 ウルスは地団駄を踏みながら、ぶつぶつ呟いていた。

「予知には引っかからなかったんだ。問題はないはずだった」
「能力に頼りすぎた弊害だな。予知は万能じゃない。優れた予知者ほど自分の予知をまず疑ってかかったというからな」
「くそっ!」

 ウルスは荒れているが、問題はそこじゃない。
 終わってしまったことは今更どうにも出来ないが、これからのことがある。

「それで、ホームグラウンドとやらは安心じゃなくなったのか?」
「……いや、この程度で揺らぐ程やわな人脈作りはしていない。連中に目にもの見せてやる」

 不安しかないがまぁ行くしかないよな。
 待ち合わせもしていることだし。
 それに、相手がウルスを消そうとしているということは、ウルスがいては問題があるからだ。
 人が多い場所で襲撃なんかすれば自分たちも危険なのにあえてそこでウルスを狙ったということはそれだけ相手にも余裕がないと考えることが出来る。

「ウルス、あんたが北冠とやり合うのは俺としては歓迎したいところだが、なにせ帰る場所を無くした子どもたち連れだ、まずは安全な滞在場所が欲しい」
「わかってるそれは先から考えていた。ローエンスとチェッチだっけ? 南海から攫われた子がいたろ? それをネタに南海の駐留大使の館に預かってもらおうと思う」
「南海の駐留大使?」

 ッエッチの名前が間違っているがあえて指摘せず、話をうながした。

「ああ、南海は海戦において最も優れた国なんだ。うちの国の沖合にも連中の軍艦が詰めている。北冠の連中が思想の噛み合わない南海と正面からやり合わない理由がそれさ。俺たちや北冠の船は海の魔物には無力だが、南海は海の魔物を飼いならしているんだ。敵対したくない相手だよ」
「そりゃ凄いな」

 俺は魔物を飼いならす国があるということに驚いた。
 世界というものは広いな。
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