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第五章 破滅を招くもの

396 海王:宝石店

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「師匠、お話があります」

 小さい子たちはリスにかまったり、フォルテと遊んだりしているし、勇者たちと年長組は独自に鍛錬を始めていた。
 メルリル、モンク、聖女、ネスさんの女性四人は今ある食料であとどのくらいやりくり出来るか相談しているようだ。
 そんななか、ッエッチ少年が俺に声を掛けて来た。

「どうした?」
「家に連絡を取りたいのですが……」

 おお、そう言えば海王に来れば家に連絡出来るとか言ってたな。
 手紙とか出すのかな?

「手紙を出すのか?」
「いえ、通信という技術があって、遠くと連絡が取れるのです。手紙より早くて確実です」
「便利だな。だが、それは利用するのに金がかかるんじゃないか? 正直あまり手持ちがないんだが」
「それについてもなんとかなると思います。それで、ここを離れることになるのですが、あの……」
「わかった。俺が一緒について行こう。今は俺も別にやることがないからな」
「ありがとうございます」

 ッエッチは、ほっとしたように礼を言った。
 本当は仲のいい勇者と一緒に出掛けたかったのかもしれないが、あいつはいざというときの対応力に未だ不安がある。
 だいぶ信頼して任せられるようにはなって来たんだけどな。

「俺はちょっとッエッチと出かけて来る。後は頼んだぞ、アルフ」
「おう! 任せろ!」
「俺たちが勇者のにーちゃんを見とくから安心して行って来いよ」
「私たちにまかせて!」
「おい、お前ら!」
「きゃー!」

 楽しそうだな。

「ピュイ!」

 フォルテが嬉しそうに子どもの手のなかでもがきながら抜け出そうとしている。

「フォルテ、子どもたちを頼んだぞ」
「ピャッ!」

 ガーン! と、ショックを受けたフォルテは楽しげな子どもたちにもみくちゃにされていた。
 うんうん、こっちも楽しそうで何より。

 公園の出口で守衛の二人に軽く会釈して、俺とッエッチは肩を並べて歩く。
 ッエッチは十七歳だが、すでに勇者と同程度の体格となっていて、そのせいで一緒に並ぶと俺のほうがやや貧相に見える。
 しかも彫りの深い男前なので、下手をすると若様と下男みたいに見えるかもしれないな。

「まずどうするんだ?」
「宝石商を探します。あの連中は捕らえた私たちをそのまま牢に放り込んで持ち物を調べることもしませんでした。ずさんというしかないですね」

 言って、ッエッチはポケットから小粒の宝石をいくつか出して見せた。

「いざというときのために服に縫い込んでいたものが本当に役立つときが来ようとは思いませんでした。あと、実はこのボタンもカバーを外すと宝石が出て来るんです」

 ッエッチは服の裾の解けた部分を見せながら説明した。
 シャツの合わせを留めるボタンは、見た感じ布でくるまれたものだが、なるほど、あの布の下は宝石なのか。
 金持ちが指輪なんかのバカ高い装身具を身に着けているのは非常用でもあるという話は聞いたことがあったが、目に見えない場所に仕込んであると言うことは、強盗対策とかなんだろうな。
 そこから考えるに、ッエッチ少年は常に護衛が張り付いているような身分ではないが、金持ちの家の子どもなのかもしれない。
 とは言え、俺たちの国とは常識が違うし、推測が間違っている可能性も高い。
 決めつけるのはやめよう。

「ご両親に大事に思われているんだな」

 俺がそう言うと、ッエッチは少し驚いたような顔をした後、「ええ」と笑顔で答えた。
 商店が軒を連ねている通りに出ると、ッエッチは慣れた足取りでより格の高そうな店舗を探す。

「ここにしましょう」
「ここ?」

 そこは分厚い扉だけがあり、看板には店の名前はなく何か複雑な模様が描かれている場所だった。
 そして扉の前には先程の守衛とは比べ物にならない頑強な守衛が立っている。

「頼む」

 ッエッチがその守衛に一言告げると、守衛がうやうやしく頭を下げてドアを開けた。
 そして明らかに場違いな俺に対しても不審な顔一つしない。
 ええっと、おい、ここってもしかして貴族とかが使うような店なんじゃ?

 店内は宝石店というよりも、貴族の応接間のような雰囲気だった。
 ほかに比べる場所を知らないのでそればっかりだが、大聖堂の喫茶室に似ている。
 入り口近くには貴族の召使いのようなすらっとした感じのいい男が立っていて、丁寧に礼をすると席まで案内してくれた。

 ヤバイ、これは勇者に同行させるべきだったかもしれない。
 俺は明らかに場違いだ。
 とは言え、おどおどする訳にもいかず腹を決めてどっしりと椅子に腰を下ろす。
 すぐに女性がお茶と茶菓子を運んで来て、俺たちそれぞれの前に置いた。

 こんな場所で取引して本当に大丈夫なのだろうか?
 不安しかない。

「おまたせいたしましたお客さま」
「いえ、美味しいお茶を頂いていましたから」

 現れた貴族のような男性に対して思わず立ち上がりかけた俺だが、ッエッチが座ったままそう挨拶するのを見て思い留まった。

「この度はどのようなご用件でしょうか?」
「ささいな用件で手間を取らして申し訳ないが、こちらの換金を頼む。保証はこれで」

 ッエッチは、ポケットのなかの宝石をテーブルの上にあった金属のトレーに並べ、最後に自分の袖口のボタンをちぎって添えた。
 店の人は一切顔色を変えることなく、まずボタンを検めると、うなずいて次に宝石を一つ一つ丁寧に見ていった。
 そしてポケットから小さな紙片を取り出すと、ペンでサラサラと何かを書く。

「こちらでよろしいでしょうか?」
「だいぶ相場が変わったみたいだね」
「今、この瑠璃石の相場が上がっています。幸運の護り石として人気が高くなっているのですが、産出量が少ないので」
「わかった。あなたのお店が損をしていないのならそれで構わないよ」
「ありがとうございます」

 そしてかなりの金を持って来ると、サービスと言って、その金を入れる上等な財布も貰った。
 俺たちは全員に頭を下げられ、丁寧に見送られて店を後にしたのだった。

「おどろいた。いい家の人間だろうなとは思っていたが、お前そうとうに上流の家柄だな」
「それほどでもないと謙遜するのは却って下品でしょうね。我が家は南海ではそれなりの家柄です。とは言え、古いということだけが自慢で昨今ではあまり実績はないのですが、この古いということが、世間では信用に繋がるのです」
「それはわかる。長く続いているというのはそれだけで信じる根拠になるからな」

 俺がうなずくと、ッエッチはくすくすと笑った。

「師匠は不思議な人ですね。身分が高い相手とわかっても卑屈になったりしないし、相手を利用しようとは考えない。勇者殿が心酔しているのもなんとなく理解出来ます」
「いや、俺はそんな立派な人間じゃないぞ。単なる俗物だ。それとお前が師匠と呼ぶのはなんか違うだろ」
「ではダスター殿と?」
「それもなんか違うよなぁ。ただのダスターでいいぞ」
「そういう訳にはいきません」
「なんでだ?」
「命の恩人ですからね」
「うぬう、俺は依頼をこなしただけだぞ」
「依頼だからと事実が変わる訳ではないでしょう。感謝しています」
「よせよせ。俺なんかに感謝するより今後のことを考えるのが先だろ。で、次はどうするんだ?」

 話がこそばゆい方向に進んだので本来の目的に戻す。
 ッエッチはニコニコ笑いながら答えた。

「次は通信塔を探してください。背の高い、頭に太い針のようなものが付いている建造物です」

 だいぶ特徴的な建物のようだ。
 建物の屋根や看板が張り出している場所だと上を見るのも大変なので、俺たちはなるべく広い道路を探して移動する。

「あ、あれです」

 ッエッチが示すのを見ると、なるほど尖った細剣を先を上にして立てたような建造物が遠目に見えた。
 通信塔か、名前からして通信とやらを行う場所なのだろう。
 手紙よりも早くて安全なその連絡方法を楽しみにしながら、俺はッエッチと共に目立つ建造物を目指したのだった。
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